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No52 |
命を見つめる
(5/7)
旭山動物園園長、ボルネオトラストジャパン理事
自分達の気持と感性の中で築く関係
檻越しに何日間かお見合いをして、もういきなり一緒にしました。初めての日、リアンはまさかこんな化け物みたいなのが出てくると思わないので、びっくりして逃げます。でも、ジャックにするともう何年ぶりの雌だみたいなことがあるので、必死になって追うんですけど、でも追い詰めることができないんですね。例えば追い詰められる環境だと、雄が自分の思いどおりにしようとするわ けです。ところが、追い詰めることができなくてどうしたかというと、いじけたんですよ。そうすると、リアンはすごい気になるんですね、何でこの人いじけちゃってるの。それで一番自分が優位な場所から見ます。でも、いじけたということは、自分の思いどおりにならなくて、頭の中が変わったんですね。どうしたら自分を見てくれるだろうという気持ちに変われたということです。優しくなれたということだと思います。自分の思いどおりではなくて、どうやったら自分のほうを向いてくれるのかという気持ちになれた。こういうふうに変わるんだと本当にびっくりしました。
たまにちょっといらいらっとして暴れると、やっぱりリアンはびっくりして向こうへ渡っていなくなってしまうので、なりふり構わず地面にぺったんこになります。ぺったんこになるとやっぱりすごい気になる。檻の隅っこでどうせおれなんかみたいな態度になると「あら、またこの人どうしちゃったの」。そうしたら、本当に吸い込まれるようにリアンが来ました。
僕らも中に入ると簡単に殺されちゃうので見ているしかないんです。ここでリアンは恐る恐るさわって、ここからがすごかったんですけど、ジャックはちっちゃくなって、「いや、僕は何もしないよ」みたいな顔をして、これで肌と肌がちょっと触れて、本当に同居というんですか、ペアリングですね。最初の出会いが成功したんです。
今までは、こういう非常にリスクが高い組み合わせのとき何をするかというと、トランキライザー、精神医薬を使うんですね。個体同士の関係というよりも、それをごまかして一緒にしていこうと。そして、だんだん薬を抜くというやり方をするんですが、これは本来ではないですね。自分たちの気持ちとか感性の中で折り合いをつけていくというのではなくて、ごまかして一緒にしていくので、結局最後はうまくいかないんです。だんだん薬を抜いていっても、じゃあそこから本当の関係がつくれるかといったら、絶対そうはならない。
うちの動物園はホッキョクグマだとか、そういう本当に大事故につながりかねない動物でも、今は一切そういう薬を使わずに、本人の気持ちの中でちゃんと関係をつくらせるというやり方をしています。今は、小学校位の子どものときからそういう薬に頼ってみたいなことをよく聞くんですけれども、これは本当にどうなっちゃうのかなと思うことが多いですね。
ちなみにこのペアリングのときに見ていて本当につくづく思ったのは、やっぱりこのジャックすげえなと思ったんですけど、やっぱり男は背中なんですね。背中に何か色々なものを背負っている。そこに何かふっと引き寄せられるような、そういう生き方をしなきゃいけないとつくづく思いました。さて、このとき何もしないよ自分達の気持と感性の中で築く関係みたいな顔をしていたんですけれども、それがちゃと 2カ月後に交尾もできました。絶対できないと思っていたんです。こういうのって、20年間できなかったものが、自分たちの関係をつくる中でやっぱりできるようになるんですね。
子育ては見返りを求めない愛
次に出産になっていくんですが、チンパンジー、オランウータン、ゴリラになるとほとんど人と一緒です。例えば性周期28日ごとに排卵があって、途中生理がある。ただ、決定的に違うのは、子どもが生まれると排卵が止まります。その子が少し目を離しても一人で生活できる、自分のことは自分でできる位になるまで排卵が止まるんです。それが大体 4 歳、5歳位です。4歳位になったら次の排卵が始まって、交尾をして弟、妹が生まれるので、 5 、6年置きにしか子どもを生まないんです。だから、ある一定以上数が減るともう回復しないということになります。人間が子育てに一番時間をかけると思ったらとんでもないことかもしれないです。彼らの子育てを見ていると本当にすごいです。愛情というのは何だろう。見返りがあるものではなくて、注ぎ続けるものなんですね。一方的に注ぎ続けていって、命をつないで、動物はみんな命をつなぐということでエネルギーを使います。命をつないだら、もう自分は引いていくという、そういう生き方をみんなしています。
ただ、リアンは自分が弟、妹を見ない年齢のときにうちの動物園に来てしまっていたんです。必ず 1回は自分が育てられるのと、自分の弟、妹に関わるということがあって、初めて子育てはできるんだろうと。その弟、妹を見ていないので、子育てができるのかという心配をしていました。それに対応できるような飼育をしながらだったんですけれども、出産を迎えました。
出産したときは、遠隔カメラで別の部屋からモニターしました。赤ちゃんがピーピー泣いています。リアンは、何か出てきたのはわかっているっぽいんですけれども、「あら、私から何か出てきました」「これ何かピーピー言うんですけど、どうしたらいいんですか」みたいにうろちょろうろちょろしていたんです。でも最後やっぱりだめなんです。もう最後は袋にすっぽり入り、私無理ですということになりました。完全な引きこもり状態に入って、もう待てど暮らせど出なくなりました。このまま放置すれば当然赤ちゃんは死んでしまいます。一番簡単で安易な方法は人工保育という、人が育てるということです。このくらいの動物になると、育てることはそんなに難しくはないです。だけど、その赤ちゃんは人とコミュニケーションをとろうとします。人になろうとしてしまいます。でも、大きくなったら、僕らは一緒にいられないんです。大きくなって、じゃあおまえはオランウータンなんだからと言っても、今度はオランウータンとコミュニケーションがとれない。もう本当に孤独な50年、60年になるので、うちは人工保育はしないと決めていました。じゃあ何をしようと考えたかというと、介添え保育ということを考えていました。
介添えとは何かというと、僕らは哺乳類です。哺乳類はおっぱいを飲んで育つ生き物なんです。だから、そのおっぱいを飲むということができるような、赤ちゃんをおっぱいに吸いつかせることができるような関係をつくっていきました。引きこもっていたリアンを袋から出して、赤ちゃんをおっぱいに吸いつける。チュッチュッチュッとするということですね。最初はとまどっています。何でこれ私にひっつけるんですかみたいな、もう目が上を見て、どうしていいのかわかりませんみたいな顔しているんですけど、おっぱいを吸われるというのは母性のスイッチですね。ほかの哺乳類でも、ここまでできると、かなりの確率でちゃんとお母さんになれるんです。スイッチが入ります。とまどっているんですけど、地面に置かなくなるんです。どうにか持っていようとするようになります。
やっぱり抱っこというのが基本なんですね。サルの仲間だけが抱っこをして子育てをする生き物です。犬も猫も牛も抱っこはしないですね。もう絶妙にできていて、おしりにふっと手を添えて持つと、赤ちゃんの口が胸元に来て、吸いつけるという距離になるんです。常にお母さんの胸から景色や色々なものを見ながら、お母さんの体温を感じてずっと育っていく。それが基本です。
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