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No52 |
命を見つめる
(4/7)
旭山動物園園長、ボルネオトラストジャパン理事
さて、ちょっと生き方というか、僕らの暮らしって何なのかなということを話したいと思います。人間って何か面倒くさいじゃないですか。僕が獣医に なったのは、獣医だったらあまり人と関わらないで生きていけるのかなと思って獣医になったので、僕は人前に出るのはすごく嫌だというか、苦手なんです。嫌だったんですけど、仕方がないじゃないですか。たまたま園長にもなってしまったし、どうしようもない状況になっていたんです。でも最近何か吹っ切れたのは、よく人も動物だと言うじゃないですか。サルの一種だなということなので、サルだと思えば平気なんだということに気付いたんです。サルに話しているんだなと思ったら、変わったサルがいるなぐらいに、何かすごい気楽に話せるようになって、最近ちょっと吹っ切れているんです。サルとして生きているのに、でも環境と一緒には生きられなくなってしまって、自分たちだけの生き方を選んで、それがどう見ても崩壊のほうに向かっていっていると思うんです。生きるって何なのかなということで、オランウータンの子育ての話をしたいと思います。
考えてから行動するオランウータン
結構有名になったオランウータンの施設がありますが、これは人に奇をてらって高いところをというのではありません。動物園にいる動物が幸せというのはどこか絶対うそです。やっぱり人のエゴでつくった場所に命を閉じ込めている場であって、だけど僕らは命を預かっている以上は、やっぱりその動物らしく一生を送らせてあげたいという思いがあるんですね。だから、見た目ということではなくて、暮らしということで、彼ららしく暮らしてほしいということでこの施設はできています。平成13年位にできていますが、その当時いたのがリアンという今お母さんになっている雌です。
人、オランウータン、チンパンジー、ゴリラは人科の動物なんですね。見た目の差はありますが、遺伝子が本当に 1 %も違わないような差です。 飼育していて思うのは、彼らは言葉という伝え方をしないですけれども、現代人と比べると、多分心とか感情とか、そういうものの豊かさというのは、ずっと生き物同士、その個体同士の関わりを持って、コミュニケーションをとって生きています。オランウータンだけがあまり群れをつくらないんですね。すごく変わった生き方をして、密集していないというか、個体同士はわかっているんだけど、それぞれ距離をとって暮らしをします。ジャングルの中でもそうです。
このリアン、もう10年位前ですけれども、当時10歳でした。繁殖適齢期で、人間的に言うと20歳位になるんですが、ちょうどお姉ちゃんになりましたよぐらいのところでした。相手を見つけましょうということになったんですけど、当然自然の中にいるわけではないので、自分で見つけるということはできません。誰か見つけてやらなければならないんですけど、オランウータンは、飼育下では繁殖がすごく難しいとされている動物です。雄と雌の体格差がすごくあるんです。雌が40〜50キロ、雄が100キロを超えるんですが、その100キロを超える体重を指 1 本で簡単にぶら下がる。だから、指 1本に100キロ以上の力があって、握力は400キロ、500キロと言われているんです。本当にばか力です。
結構ねちねちした性格をしていて、考えて考えてから行動するんです。例えば閉鎖された環境の中で大人同士を一緒にした場合、雄が圧倒的に強いんです。だから、気に入ったらいいんですが、気に入らなかった場合、ちょっと本気になってぐっと力を入れてしまうと、雌は簡単に死んでしまうんですね。だからペアリングが難しいとされている動物です。
飼育下でよくやるのは、すごく不自然なんですが、小さいときに雄と雌の飼育を始めて、そのままいいなずけのように大人になって、ペアになってもらう。だけど、相性が合わなかったりとか、本来はもっと親と一緒にいなければならないときから子ども同士 で大人になっていくので、例えばちゃんとした交尾ができないとか、色々な障害があって、繁殖しないことが多いんです。
色々探したのですが、なかなか同じ年ごろが見つからずに、やっと見つかったのが、今は父親になっているジャックでした。これは東京の多摩動物園で生まれて、いいなずけと一緒にいて大人になったんですが、交尾ができなかった、乱暴だったと。雌が先に死んでしまったのですが、この個体と誰かを一緒にしようという発想を持たないので、転々として、最後広島の安佐動物園というところにいたのです。
でも、うちはこれしかいないから、これでいこうということになったんです。当時ジャックは20歳、人間的な感覚で言うと、40過ぎ位のちょっと中年のおっさんになりかけみたいなところでした。ジャックにしたらいいかもしれないけど、リアンにしたらとんでもない相手だみたいなところですけれども、まあこれでいこうと。
ただこれは、普通動物園界ではあり得ない組み合わせなんですね。何故これにしたかというと環境なんです。オランウータンらしく、自分らしく体が使えること。自分らしく何か感覚的なものがとらえられるときって、物の見方とか考え方とか感性とかがどんどん変わりますよね。リアンは立体的な施設の中で、自然とまでは言わないけれども、色々なものが少し開放されています。オランウータンらしくという部分で開放されています。だから、物事の見方、考え方、組み立て方というのがすごくオランウータンらしくできるだろうと。ジャックは20年間、 2次元の平面的な生活なんですね。ああいう立体的な施設は当時なかったので、20年間平面で生活しています。オランウータンは、おもしろそうだからやってみようは絶対しないんです。本当に自分の中で考えて、理屈を立てて、大丈夫だと判断しないと行動に移さない生き物です。それは本当にすごいですよ。
ちなみに、ま逆なのがチンパンジーです。チンパンジーはやってから考えます。やっちまった、どうしようと。人間も何かチンパンジー型とオランウータン型がいるような気がします。オランウータンのジャックはあの施設に入れたからといって、すぐに登ってみようは絶対にしないだろう。環境の中で雌のほうが圧倒的に優位なうちに一緒にすれば、リアンがリードする形で一緒になる可能性があるんじゃないかということで決めたのです。
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