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急性・慢性心不全ガイドライン2017年改訂版 後編
〜心不全の診断について〜
(2/2)
北海道大学病院臨床研究開発センター
横田 卓氏
4.慢性心不全に対する治療
慢性心不全の治療目標は、心不全ステージの進行を抑制することです。ステージAでは心不全の原因となる器質的心疾患の発症予防、ステージBでは器質的心疾患の進展抑制と心不全の発症予防、ステージC(心不全ステージ)では生命予後の改善と症状軽減、ステージD(治療抵抗性の心不全ステージ)では症状軽減を目的とした緩和医療に主眼をおきます。ステージCにおける治療方針は(図3)、左室駆出率(LVEF)に応じて選択されます。なお、LVEFによる心不全分類については、(表1)を参照してください。
図3:心不全治療のアルゴリズムACE阻害薬;アンジオテンシン変換酵素阻害薬、ARB;アンジオテンシン受容体拮抗薬、MRA;ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬、ICD;植込み型除細動器、CRT;心臓再同期療法、HFrEF;LVEFの低下した心不全、HFmrHF; LVEFの軽度低下した心不全、HFpEF;LVEFの保たれた心不全
急性・慢性心不全ガイドライン2017年改訂版
(日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン)表1:LVEFによる心不全の分類LVEF(左室駆出率):心臓のポンプ機能の重要な役割を担っている左室の収縮能の指標で、心エコーで評価することが可能であり、一般にVEF50〜55%以上が正常と考えられています
急性・慢性心不全ガイドライン2017年改訂版
(日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン)左室収縮能指標であるLVEFの低下した心不全(HFrEF)では、交感神経系、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン(RAA)系が賦活化され、進行性の左室拡大と収縮性の低下、すなわち左室リモデリングが生じ、死亡・心不全の増悪などにつながるため、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬またはアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)、およびβ遮断薬を導入することが推奨されます(表2 ・3)。
表2: HFrEFにおける推奨クラスごとの治療薬
(推奨クラスIおよびIIaのみ掲載)推奨クラスT;手技・治療が有効であるというエビデンスがあるか、あるいは見解が広く一致している。推奨クラスUa;エビデンス・見解から有用・有効である可能性が高い。NYHA心機能分類:ニューヨーク心臓協会による心機能分類
急性・慢性心不全ガイドライン2017年改訂版
(日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン)表3: HFrEFの薬物治療:薬剤名と用法・用量急性・慢性心不全ガイドライン2017年改訂版
(日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン)なお、β遮断薬については、心不全増悪に注意しながら少量から漸増が必要であり、忍容性がある限り、心機能回復や予後改善のために増量(カルベジロール20 mg/日またはビソプロロール5mg/日程度を目安)を試みることが推奨されます(表3)。また、LVEF < 35%の場合はミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)を追加し、うっ血を認める場合は心不全症状改善のため利尿薬の内服を開始します(表2 ・3)。
さらに、心不全症状があり、なおかつ心電図で完全左脚ブロックまたはQRS幅が150msec以上の心室内伝導障害を認める場合は、非薬物治療(デバイス治療)として、左室中隔と左室自由壁を同時にペーシング(両心室ペーシング)する心臓再同期療法(CRT)の適応がある可能性があり、専門医に紹介することが推奨されます。
一方、LVEFの保たれた心不全(HFpEF) やLVEFが軽度低下した心不全(HFmrEF)については、まだエビデンスが十分ではなく、個々の病態に応じて治療方針を判断することを提唱しています(図3)。
近年、人口の高齢化に伴いHFpEFの患者数が増加傾向となっていますが、高血圧などの併存症を有するケースが多く、心不全症状軽減を目的とした利尿薬の投与に加えて併存症に対する治療をしっかり行うことが推奨されます。
ステージDでは、最適な薬物・非薬物治療を行っても心不全増悪を繰り返す、あるいは心不全症状が改善せず日常生活に大きな支障が生じている場合、現行の治療の見直しとともに心臓移植の適応がないか検討の余地はありますが、同時に終末期医療として緩和ケアの強化を考慮しなくてはなりません(図3)。
緩和ケアは癌やエイズに対する終末期医療として発達してきましたが、最近では心不全においても考慮すべきと認識されており、身体的のみならず、心理社会的な苦痛などを早期に発見し、的確なアセスメントと対処を行うことにより、苦しみを予防し和らげ、生活の質(QOL)を改善することを目的としています。
実際には、心不全入院などのさまざまな場面で、患者さんやその家族が望む治療と生き方を医療者が共有し、終末期を迎える前に関係者で対話しながら計画するプロセスを指す『アドバンス・ケア・プラニング(ACP)』を定期的に実施し、心不全発症早期より多職種チームが家族とともに患者本人の意思決定を支援する仕組み(shared decision making)を構築することが推奨されます。
また、終末期には緩和ケアの比重が大きくなり、呼吸困難に対しては酸素・利尿薬・血管拡張薬を使用し、治療抵抗性の場合は少量のモルヒネなどのオピオイドの使用を考慮します。不安感など精神的要素の関与が強い場合は、ベンゾジアゼピン系抗不安薬の投与を考慮します。最後に、心不全における緩和ケアは、治療をあきらめるものではなく、患者さんやその家族のQOLを改善させるためのものであり、通常の心不全治療と並行して行われるものであることを付け加えさせていただきます(図4)。図4:心不全における緩和ケアのあり方緩和ケアは終末期医療と同義ではなく、心不全が症候性となった早期の段階から実践し、心不全の治療に関しては最後まで継続されます。
急性・慢性心不全ガイドライン2017年改訂版
(日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン)5.さいごに
心不全は、進行性の病態で生命を縮める病気と定義されていますが、近年の薬物・非薬物治療の発展に伴い、個々に最適な治療・ケアを実践することによりQOLの改善、さらには寿命の延長が期待できるようになりました。
さらに、心不全を発症したことがない方にとっても心不全の発症を予防することは大切であり、食事・運動療法は必要不可欠です(運動療法については、すこやかハート2017『心血管病を予防するための運動療法』をご参照ください)。
詳細を知りたい方は本ガイドラインを一読していただきたいですが、本稿を通して読者の皆様の心不全に対する知識向上・健康増進に少しでもお役に立てられればうれしく思います。