![]() |
NO.9 |
心血管病を予防するための運動療法
― 運動療法の効果について ―(前編)
(1−1)
北海道大学大学院医学研究院 循環病態内科学 横田 卓氏
はじめに、皆さんは以下に挙げるオリンピックメダリストのうち、どちらの競技選手が長生きする確率が高いと思いますか?
@ウエイトリフティング選手
Aマラソン選手どちらの選手も長生きする可能性がありますが、答えはAです。全種目のオリンピックメダリストの平均寿命は一般人より約2.8年長いことがわかっています。中でも持久系スポーツ選手は他の競技スポーツ選手と比較しても平均寿命が長いことが報告されています1)。
近年、『健康寿命』に関する話題が雑誌やテレビなどのメディアでしばしば取り上げられるようになりましたが、元気に長生きするためには持久力が向上することがとても大切です。持久力があるということは、運動をしても骨格筋に乳酸がたまりにくく疲れにくいことを意味します。このため、日々の運動により、日常生活に必要な筋力を維持しつつ、エネルギー産生に関わるミトコンドリアの豊富な筋肉の割合を増やし、持久力が向上するように努めましょう。
前編ではおもに運動療法の心血管病予防効果について、後編では心血管病予防のための安全かつ効果的な運動療法についてご説明します。
1 .持久力の評価
持久力(運動耐容能または有酸素運動能)の評価には、心肺運動負荷検査(CPX; cardiopulmonaryexercise test)がしばしば用いられます(図1)。CPXでは専用のマスクを装着し、呼気ガス分析器を使って運動中の酸素摂取量(VO2)をリアルタイムで測定することができます。
中でも最大酸素摂取量(peak VO2)はCPXで最もよく用いられる持久力の指標で、最大運動時に空気中に存在する酸素を利用して体内(おもに骨格筋)でATP(筋肉を動かす時のエネルギー源となる物質)を産生できる能力を意味します。一般にpeak VO2が高いほど持久力が高いと考えられます。また、CPXでは運動強度が少しずつ増えていく漸増負荷という方法を用いるのですが、最大運動に到達する前に、嫌気性代謝閾値(AT; anaerobic threshold)という純粋な有酸素運動の限界点を評価することができます。
低強度の運動負荷中は有酸素運動のみですが、ATを超えた時点で乳酸がたまる無酸素運動が加わり始めます。心臓や血管に負担の少ない運動として有酸素運動が推奨されており、ATは個人の最適な運動強度を決める際の重要な情報となります。
CPXは日本心臓リハビリテーション学会が心臓リハビリテーション実施施設として認定している多くの医療機関(HP http://www.jacr.jp/web/everybody/hospital/)で受けることができます。
その他の簡便な持久力評価の方法として、6分間の歩行距離(メートル)を測定する方法があります。
![]()
2 .持久力と寿命の関係
一般に心血管病患者では健常者と比べて持久力が低下していることが知られていますが、健常者のみならず心血管病患者においても持久力の低下は寿命短縮につながることが知られています(図2)2)。
また、慢性心不全患者においてもpeak VO2が低いほど死亡率が高くなることが報告されています3)。さらに肥満や糖尿病といった生活習慣病患者でも運動耐容能が低下しており、持久力の低下が寿命短縮に関与することが報告されています4)。VO2は肺・心臓・血管・骨格筋などの全身の機能に左右されるため、これらの臓器の機能のうちいずれかが低下した場合、理論上peak VO2は下がります(図3)。
また、酸素を全身に運ぶヘモグロビンが不足する貧血の存在もpeak VO2の低下につながり、疲れやすくなる原因となります。一般に心血管病患者は心機能の低下がpeak VO2の低下に関わっていると考えられる傾向がありますが、運動中のVO2を規定する重要な因子は骨格筋機能であり、心機能のみならず骨格筋機能の低下がpeak VO2の低下に多大な影響を及ぼすことが知られています。
![]()
![]()
3 . 運動療法で期待される効果
健常者のみならず生活習慣病や心血管病患者にとって持久力の低下は寿命短縮につながる重大な問題です。持久力を向上するためには、運動療法が最も効果的です。一般に心筋梗塞を発症した患者の生存率は一般住民よりも低いことが知られておりますが、退院後に在宅で定期的に運動療法を行った場合、生存率は一般住民と同等のレベルにまで改善することが報告されています(図4)5) 。
また、通院中の慢性心不全患者に定期的な運動療法を行った場合、生活の質(QOL:quality of life)を改善し、心不全悪化による入院リスクや死亡率を減らすことが報告されています6)。運動療法の効果として、骨格筋機能の改善、持久力の向上、血管機能の改善、高血圧・脂質異常症・インスリン抵抗性・肥満といった生活習慣病の是正、精神面の改善などが挙げられ、これらは心血管病の予防につながるとともに、QOLの改善や寿命の延長に寄与することが期待されます(図5)。
![]()
![]()
![]()

