高血圧があると、脳、心臓、動脈、腎臓の病気、どれも起こりやすくなります。日本人は脳卒中が欧米人に比べて多いし、心臓病は割に少なかったのですが、生活の欧米化とともにコレステロールが上がり、糖尿病が増え、そのために心臓病も増えています。動脈の病気も腎臓の病気も増えています。特に糖尿病があると腎不全が起きやすく、命に関わるか一人前の生活が出来にくくなる状況が起こりやすくなる病気ですので、予防が非常に大事です。先ほど筒井先生が心臓のお話をされましたので、私はあとから高血圧と脳卒中の関係のお話をさせていただこうと思っております。動脈瘤とか腎臓の話も重要ですが、きょうは割愛させていただき、予防に重きを置いて、どのように血圧をコントロールするかを引き続きお話します。
「人は血管とともに老いる」という有名な言葉があります。しかし、暦の年齢と老化は必ずしも比例せず、個人差が相当にあります。歳とともに高血圧の人は増えますが、100歳まで生きた方々の血圧データによれば、高血圧は非常に少なくて、血圧が上がっていない人は長生きし、血圧が歳とともに上がる人は平均年齢前後で亡くなる、ということがいわれています。血管の老化も年齢とともに進む人と、そうでなくて老人期を過ごしている人がいる事実を知っておく必要があります。
老年医学会の会長などをされた名古屋の田内先生の本に書かれている、沖縄県の100歳老人の血圧のデータを紹介します。2000年当時ですから、正常は上が140以下、下が90以下で6割がこれに該当します。境界域は上が140〜160まで、下が90〜95までで3割強がその範囲にありました。高血圧の人は非常に少ないわけです。境界域という言葉は、今はもう使わないことになっています。境界域などといういい加減な言葉は使わないで、高血圧として取り扱ったほうがいい、という考え方からです。男性62人の平均血圧は132/71、女性も殆んど変わらず279人の上が130台、下が70台です。東京都の100歳老人を調べたデータでも同じような成績で、上は平均が140未満、下は70台です。これはもう若い人の血圧とかわりません。高い人は少ない、高い人が少ないから長生きしている、長生きした人はそういう血圧が多い、ということをはっきり示しています。外国にはこのようなデータはあまりありません。日本人の寿命が長く、世界一長寿国になっておりますので、こういうデータが段々でてくるようになりました。
岡部先生という九大の先生が30年以上前に研究されたたデータに「脳動脈硬化ゼロの頻度」があり、その後こういう研究をした人がいないので、それを紹介します。血管を輪切りにして動脈の閉塞の程度を調べる方法がありますが、これで脳底部22ヶ所の血管を調べました。九州大学の病理学教室を中心にして調べられた1016例のデータです。その後、同じようなことをこれだけの数で調べたデータはありません。70歳代で6%、80歳代で2%と少数ではありますが、動脈硬化がゼロといってよい人がいました。一方、10歳代で92%がゼロで、8%はなんらかの病変がありました。脳動脈硬化も加齢とともに平等に進むものでないことをはっきり示しています。早い人は10歳代で始まるし、70、80歳になっても脳動脈硬化の病変がない人が、少数ですけどいるという報告で、欧文誌にもこの成績は発表しております。暦の年齢と必ずしも比例しないのは、血圧もそうですし、動脈硬化もそうであるということです。
生活習慣病は大まかにいって、半分は遺伝で、親からもらった素因が関係します。顔形や姿形は親に似るし、身長も似ます。親子は似るのが当たり前です。残る半分は環境です。食べ物、運動、仕事、家庭生活などの取り巻く環境です。遺伝と環境で生物のすべてが決まりますが、高血圧も、糖尿病も、高脂血症も、例外でありません。ただし、個人差は相当にあります。遺伝素因の強い人と、遺伝素因はあまりないが環境が悪くて病気が起きる場合です。高血圧、高脂血症、糖尿病を起こしやすい生活をしていると、遺伝素因があまりなくても病気は起こり得るわけです。大まかには半々といわれていますが、個人差が相当に大きいことも確かです。
親も兄弟も血圧が高く、両親とも脳卒中で亡くなったというような人は、血筋で自分も脳卒中になりやすいだろうとは、よくいわれることです。がんについても似たようなことがいわれます。遺伝的に素質のあるのは起こりやすいわけですが、遺伝がすべてを決めているわけではありません。遺伝素因が強く働いている人は、より用心しなければいけないということです。相当きちんとした生活をしているにも拘らず血圧が高いとか、糖尿病になるとかいう人は、遺伝素因が強く働いています。そのつもりで用心するほうがよいわけです。
最近、高血圧の人はそれほど増えていません。高齢者が増え、診断基準が厳しくなったために増加しているようになっていますが、実際はそれほどでもありません。高脂血症も一時急速に増えましたが、今はそれほどではありません。ところが、糖尿病はどんどん増えています。環境が強く影響しています。糖尿病が増えているのは深刻な問題です。糖尿病があると動脈硬化が進みやすいし、腎臓もやられやすいし、脳卒中も心筋梗塞も起こりやすくなります。高血圧もそうです。糖尿病の人とそうでない人を比べると、糖尿病の人には高血圧が2倍ぐらい多く、高血圧と糖尿病は合併しやすいことがわかっています。そのために生活習慣病という名前ができたといってもよいでしょう。成人病や老人病だと、成人期以後に病気が起こるのは仕方がない、と年齢のせいにしやすいので、生活習慣病に改めたほうがいいと10年ほど前に厚生省の会議で決まりました。そんな病名は世界中どこにもないと最後まで生活習慣病に反対した人もいました。しかし、成人病という病名も外国には余りない。成人病を英語に直したら誤解される病名になるというようなフランクな意見のやり取りがありましたが、予防を重視するなら生活習慣病にするのがよろしいということになりました。