立派な活動をしておられる北海道心臓協会から講演のご招請をいただき、大変光栄です。また、たくさんお集まりの方々の前でお話させていただくことを、大変うれしく存じております。私は長く高血圧の予防、治療に携わってまいりましたので、「高血圧の予防と治療」という、私にとって一番話しやすい題にさせていただきました。
現在、60歳以上の日本人の半数以上は高血圧です。60歳を超えると、血圧が高い人が多く正常血圧の人が少ない、という状態になっています。医学の常識では、多いほうが正常で少ないほうが異常ということになるのですが、血圧だけは逆です。高血圧の診断基準値が時代とともに段々厳しくなってきているからです。厳しくなってきたのは、血圧は高くないほうがいい、というデータが世界中で次々に出てきたからです。健康寿命を伸ばすのが医学の大きな目標です。多いほうが当り前という考えであれば、平均寿命で死ぬのが当り前、長生きするのは異常ということになりかねませんが、健康寿命を引き伸ばすことは人類の幸福につながることです。このような観点から、高血圧の基準は現在非常に厳しくなっている、ということを最初に申し上げておきます。
私が医者になった50年以上前には、血圧の治療は殆んどできませんでした。降圧薬はまだ世の中に出ていません。血圧の高い人には、瀉血といって、血をどんどん抜いて血液量を減らし、血圧を下げるようなことをしていました。私が医師免許証をもらったころは、血圧が非常に高くて入院した人には、瀉血して鎮静剤を与え、安静にさせましたが、少し位血圧の高い人には何もすることがありませんでした。東京大学で血圧の治療をしている方々の話を聞くと、首の周りに蛭を吸い付かせて血液をとった時代もあるそうです。現在はそれが嘘のような時代になりました。いい降圧薬が次々にでき、血圧のコントロールはそう難しいことでなくなりました。ですから、基準を相当厳しくしてもその目的に近づけると世界の専門家が考えるようになったわけです。
先ほど、筒井先生から高コレステロール血症を中心にしたお話がありましたが、高コレステロール血症も高血圧も症状がないのが特徴です。頭が痛いとかの症状があるのは相当進行した状態で、大部分の人は高血圧であっても症状がありません。糖尿病、これも初期には症状は全くありません。検診してみないとわかりません。がんも早期には症状は全くありません。生活習慣病には症状がないのが特徴です。進行しないと症状が出ませんから、症状のない時が一番大事です。これをどうするかというのが、循環器の領域でも非常に重要な課題です。「高血圧の予防と治療」と題を掲げたのは、そういう趣旨からです。
びっくりされるかもしれませんが、一番望ましい血圧は、年齢を問わず上が120で下が80です。上が140で下が90以上はすべて高血圧と扱います。昔は年齢に90を加えた値が正常だといっていました。年齢に90を加えるのを普通と考えたように、上の血圧は加齢とともに上がりやすいのですが、それを放置してはいけないという考え方になってきました。年齢を問わず基準を非常に低いレベルに設定すべきだ、ということで世界の高血圧専門家の考えが一致してきたわけです。日本の高血圧学会もそれに準拠し、殆んど同じ基準になっています。昨年改訂された高血圧診療のガイドライン(JSH2004)もそうなっています。
血圧が高くても症状は殆んどなく、症状が出た時には具合が悪くなっていることが多く、一度出た症状はなかなか元に戻らないので、予防と治療が何よりも大事なわけです。血圧は、血管の壁に当たる流れる血液の圧力です。心臓の収縮時には圧が高く、拡張して血液が心臓に流れ込む時は圧が下がります。上の血圧を収縮期血圧、下の血圧を拡張期血圧といいます。昔は前者を最大血圧あるいは最高血圧、後者を最小血圧と呼んでいました。ご承知のように、心臓は1日に約10万回収縮と拡張をくりかえし、止まることがありません。生まれてから亡くなるまで、生命がある限り心臓は働き続けます。その間ずっと血管壁には圧が加わっています。上が120とか130、高い人は160、180、非常に高い人は200とか、そういう血圧が年がら年中血管壁にかかっているわけです。血圧が高いと心臓に負担がかかるし、血管壁も傷みやすくなります。水道管に水を流す場合も、高い圧で流すより低い圧で流したほうが水道管の損傷が少ないのと同じ理屈と考えてよいでしょう。
高い血圧が長く続くと血管が損傷しやすくなります。動脈の壁にいろいろな病変が起きます。動脈硬化といわれる病変です。コレステロールが沁み込む、潰瘍ができる、石灰化が起こる等々。脳の場合は脳卒中、心臓の場合は心筋梗塞や狭心症、それが進むと心不全になって生活機能の低下とさらには死亡につながります。動脈瘤ができることもあるし、足の血管の動脈硬化で血液が流れにくくなり、間歇性跛行といって、暫く歩くと足が痺れたように痛くなって休む、暫く休むとまた歩けるようになるというような状況になることもあります。腎臓の血管が硬化すると腎機能不全となり、血液透析(人工腎臓)が必要になったりします。