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No.35 |
高齢者の体と心〜元気に老(ふ)けたい〜 (3/6 )
とかち健康フェア2004の講演から(平成16年11月21日・帯広市とかちプラザ)
痴呆について
次は痴呆の話です。痴呆になる人の割合は、65歳以上の方の大体5%と言われています。逆に言うと95%の人は痴呆にはなりませんので数字だけで見ると痴呆の割合は多くはないと考えられます。ただ、年齢別にみると高齢になるほど痴呆になる率は高まり、85歳を越えると4、5人に一人は痴呆となってしまわれるようです。痴呆になってしまった場合、その高齢者本人もその方を介護される方も含めて生活状況に大きな影響が出てきますので、痴呆の方に対しては早目の診断をして、供給可能な介護サービスを早めに手配する必要があります。
「最近、物忘れが激しい。痴呆ではないだろうか」など、よく仲間内で話題になるかもしれませんが、ここで物忘れと痴呆の記憶障害の違いをはっきりさせておきましょう。「朝ご飯は食べたけど、そう言えば、おかずは何だったかな」ということがよくあると思います。特に、前日の夕方のことになると完全に忘れてしまい、例えばご主人の場合、食事を作ってもらっている奥さんに申し訳ない気持ちになってしまいます。われわれがよく言う物忘れとはこういったことです。これに対し、痴呆の記憶障害では朝ご飯を食べたこと自体を忘れてしまいます。食べた朝ご飯のメニューを忘れているのではなく、食べたということ自体を忘れてしまいます。痴呆の方にまつわることでよく聞く話ですが、朝ご飯を皆で食べて少したったあと、おじいちゃんがやってきて「ご飯まだ出てないじゃないか」と怒りだす。このようにイベント総てを忘れるのが痴呆の記憶障害のひとつの特徴です。
痴呆の症状
痴呆の症状には中核症状と周辺症状があります(図4)。中核症状は頭の障害が生み出す症状で、周辺症状は中核症状にその人の個性や生活環境が関係して生じる症状です(「痴呆を生きるということ」(小澤勲著 岩波新書)参照)。中核症状のひとつが先程お話した記憶障害で、痴呆の初期の時期に現れるものです。痴呆の中期以降に現れるのが見当識障害です。これは、時間、場所、人を認識する力が障害されるのですが、順番として、まず時間、次に場所、最後は人を認識する力がなくなるといわれています。この見当識障害になると、今日の日付、自分が今いる場所がわからなくなります。さらに今まで見知っていたはずの相手のことがわからなくなります。
周辺症状の一つとして有名なものに「物盗られ妄想」があります。これは中核症状の記憶障害の結果、例えば大事なものを置いた所を忘れ、「ない、ない」と探し回っている間に、ないのではなくて盗まれたのではないかと考えるようになり、自分の介護者に向かって「お前が盗ったのだろう」と決めつけるようになります。よりによって介護者を盗人呼ばわりするとは、介護者からみるとたまったものじゃありません。これは痴呆の初期によくある「物盗られ妄想」という状況です。これでみてわかるように「物盗られ妄想」という周辺症状は、記憶障害という中核症状から派生したものであることが理解できると思います。
中核症状の中の時間の見当識障害の結果、今現在が何時ころか分からなくなります。そうすると、夜中に起きて家の人に食事しようと言い出す、あるいは、こんな時間なのにどうしてみんな寝ているのだ、と家中の人を叩き起こしてしまう。こういった周辺症状を引き起こします。場所の見当識障害、これも中核症状ですが、その症状の結果、自宅にいても「帰る」「行く」と言う。どこへ、と周囲は不思議がるのですが、要するに、そういう人は自分が自分の家にいるのか他人の家にいるのか分からなくなるのです。それで、「帰る」「行く」と出て行ってしまい、徘徊することになります。近所を歩き回る、迷子になって警察のお世話になる…。このような周辺症状を生じてしまいます。以上のように周辺症状というのは、中核症状が元になって具体的に起こした行動のことを言います。
痴呆の病期
痴呆は大きく分けて三つの時期に別れます。初期の段階では記憶障害が中心です。同じことを相手にきいても、きいたことを忘れてしまうので何度も同じことをきくひとがいます。ものを買っても、買ったことを忘れてしまうので同じものを何度も買うひともいます。前に説明したように、置き場所を忘れて探し回っているうちに、盗られてしまったと思いこむ物盗られ妄想が周辺症状としてよく認められます。中期になると見当識障害を起こすようになります。時間、場所、人が分からなくなります。場所がわからないため、徘徊するようになります。また時間がわからないため、夜中に起きて騒ぐひともいます。そして知人の顔がわからなくなり、ついには家族や伴侶の顔さえも分からなくなります。終末期になると意識障害が進み、終日ぼんやりした状態になり、寝たきりなります。自分で排尿や食事が出来なくなってきます。
痴呆の原因の70%はアルツハイマー病と脳血管障害です。残念ながらこれらで生じる痴呆の大半は治療困難です。アルツハイマー病については進行を遅らせることができる薬はありますが、アルツハイマー病そのものを治す薬は残念ながらありません。残り30%の痴呆は適切な治療で治る可能性があります。例えば、甲状腺の働きがおちることによって痴呆のように見えることがあります。このような病気は薬を使えばすぐ良くなります。こういう治る可能性のある痴呆を見落とさないのは我々医師の役目です。
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