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No.75 |
「心不全からあなたを守るには」
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北海道大学大学院 医学研究院 循環病態内科学教室
教授 安斉 俊久 氏
心不全というと、非常に怖い病気だと思われる方が多いと思いますが、よく知らないので怖いと思われることもあるのではないでしょうか。そこで本日は、まず心不全とはどういう病気なのか詳しく説明したいと思います。
心臓は、1日約10万回、収縮と弛緩を繰り返し、ポンプとして全身に血液を送り出しています。このポンプの機能が低下することによって起こるのが心不全です。心不全の原因としては、高血圧、心筋梗塞、弁膜症、不整脈など様々なものがあげられますが、これらの多くは高齢者にみられるため、社会の高齢化に伴い心不全の患者数は年々増加しています(図1)。
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心不全が怖いのは、ひとたび症状が出現すると、その後は悪くなるばかりで、やがては入退院を繰り返すようになり、最終的には生命を縮めてしまうという点です。では、どのように心不全が進行するのかをステージ分類といわれるもので説明します(表1)。この分類では、高血圧など心不全のリスクを有するだけのステージA、心肥大や弁膜症、心筋梗塞などを発症しながらも心不全の症状を有さないステージB、息切れなどの心不全症状が出現するステージC、さらに進行して難治性となるステージDに分けられます。このステージはAからDに向かって一方向性に進んでいきます。どうすれば心不全を予防できるかというと、このステージA、Bの段階における対応が非常に重要になりますが、AからCに至る直前までは症状なく進行してしまうため、予防はしばしば難しくなります。
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では、なぜ症状なく進行するのかを心筋梗塞後に心不全を発症する過程を例にとって説明します。まず、心筋梗塞の急性期には、冠動脈の閉塞に伴い胸痛などの症状が出現します。これに対しては、閉塞した冠動脈をカテーテル治療などによって開けば、症状は消失し、心臓のダメージを最小限に食い止めることができます。しかし、そのような治療を行っても、心筋の一部は壊死に陥り、それによって脆弱化した心筋は引き伸ばされ、心室瘤といった合併症が1か月以内に生じることがあります。その後は、梗塞部だけでなく、ほかの健常な領域の心筋にも障害が起こり、心臓がだんだん大きくなり収縮機能が低下してしまいます。怖い点は、心筋梗塞初期には胸痛などの症状があるものの、その後の過程においては、症状がないまま病状が進行してしまうことです。
なぜ症状が出ないのかというと、心臓は全身に血液を送り出す大事な臓器なので、ダメージを受けても、様々な代償機構が働くからです。これを図で示すと(図2)、まず、心筋梗塞により心臓から全身に送り出す血液の量が低下すると、交感神経活性とホルモン分泌の亢進が生じます。交感神経の活性化は、心拍出量の低下に対して、心臓の拍動回数を増やし、収縮力を増強させて、心拍出量を維持する方向に働きます。そして、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系と言われるホルモンが分泌され、循環血液量を増加させるとともに心臓を肥大・拡張させ、1回の収縮当たりの拍出量を増やすような代償機構が働きます。心不全の病態は、坂道を登っている馬車でよく例えられますが、心筋梗塞後における交感神経活性化やホルモン分泌亢進は、痩せ馬に鞭を打って無理矢理、坂道を登らせているという状況を意味します。このような状況が長く続くと、やがては馬も疲れて、ちょっとしたことをきっかけにして無理が続かなくなってしまいます。そのきっかけとは、心臓に過剰な負荷が加わることです。例えば、塩分、水分の摂り過ぎやストレスなどがあげられます。これは、痩せ馬に鞭を打って坂道を登っている馬車の荷台にさらに荷物が加わるような状況です。これによって無理がきかなくなると、むくみや息切れなどの症状が出現するようになり、心筋はさらに障害され、やがては心拍出量がむしろ低下してしまうという悪循環に陥ります。
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では、このような心不全の発症、進行を予防するためにはどうすればよいでしょうか(図3)。ご自身でできる重要なポイントは、塩分を控える、禁煙、肥満を防ぐ、過労、ストレスを避ける、適度に運動するということになります。減塩は、日常の食事において汁物を1日1杯までにするとか漬物を控えるといったことだけでも十分な効果があります。塩分を摂り過ぎると塩が水を引いてくるように体内の血液量が増加します。血液の量が増加すると血圧が上昇し、心臓の負担も増え、心不全の発症につながります。
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2番目に禁煙です。たばこは様々な悪影響をもたらします。例えば、たばこを吸うということは、直接、一酸化炭素を吸い込むことに他なりません。これによって、赤血球の酸素を運搬する働きが十分ではなくなります。また、たばこの中にはニコチンが含まれ、その作用で血圧が上がり、心拍数が増えます。これも心臓の負担増加につながります。さらに、たばこの煙の中には、非常に多くの有害物質が含まれています。それらが直接、心血管系の機能を障害することがわかっています。
3番目のポイントは肥満の防止です。内臓脂肪が1kg増えると毛細血管は延べにして3kmも伸びます。すると、血管3km分の循環血液量が増え、心臓の負担を増加させます。また、過剰に蓄積した内臓脂肪からは、交感神経活性を高めるホルモンが分泌され、血圧を上昇させ、心臓の負担が増加します。
4番目は過労とストレスを避けることです。精神的なストレスで不安や抑うつなどを抱えると、常に交感神経が活性化した状態になり、ストレスホルモンの分泌が亢進します。これらによって、心血管系の障害は助長されてしまいます。これを避けるには、日中でも疲れたら横になり、夜は十分な睡眠を取ることが大切です。
5番目は適度に運動することです。歩数でいうと1日当たり7,000歩以上、理想的には1万歩程度の歩行運動が有効です。運動する際には楽しく会話できるぐらいのペースで大体1回30分以上、週3回がちょうどよい有酸素運動になります。心不全になると筋肉が萎縮し、運動能力の低下をきたすことがあります。これに対して、適度な有酸素運動を行うことで、筋肉の萎縮を防ぐとともに精神面でも良好な効果が期待できます。運動は、薬を使わずに交感神経活性ならびにホルモン分泌を抑制するという意味では、非常に安上がり、かつ有効な治療法といえるかも知れません。
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