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No46 |
命あるもの みな美しく
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3年前の今日3月16日に生まれたアザラシの赤ちゃんの出産後初めての授乳の時、お母さんが「もっと後ろだよ」という風に手でパタパタってやっていました。赤ちゃんがおっぱいに吸い付くというのは、これは本能で吸い付きます。それから、初日に赤ちゃんを腰にくっつけて泳ぎに出ちゃったのです。これは正直言って私は驚きました。泳いでいるというよりも、溺れているという感じで…。私はこの時、職員にドライスーツを着ていつでも救出に行ける様にしておけと言っておきましたけど、でも、ちゃんと陸に上がりました。3日目にはもう上手に泳げるようになるのですが、お母さんが後ろに付いています。まだ息を吐く場所がわからないので水の中で息吐いちゃいますけど。その内に手をかけてもう上がりなさいと言われます。アザラシのお母さんは結構口うるさいです。7日目になるともう自分であの筒の中に入ってくるんです。見に来るんですね。お母さん心配して付いてくるのですが、子供の方はなんかおかしな生き物居るなと思って見に来ているのだと思います。好奇心で見たいのでしょう、ジーっと見ています。8日目には、魚を追いかけたりしますが、テトラポットの中に逃げられてしまいます。自分で息吐いて、もう余裕です。しなやかに遊んでいるのです。でもお母さんとこの関係が続くのはたった20日間位です。
それからホッキョクグマですが、ホッキョクグマというのはやっぱり水中が一番美しいというのは誰しも認めるところだと思います。冬はなんといっても彼らの生活の全てです。野生では冬以外ではアザラシが食べられないので、冬が彼らの活動期になります。なんといっても水の中での白銀色の毛の揺らぎ、これがホッキョクグマの最も美しい瞬間だと思います。陸上に上がってしまうともうあの毛の美しさは見えません。また、自分で結構遊びます。何年前かは赤いボールでよく遊んでいたんですが、最近は黄色いボールで遊んでいます。これ変な話ですけど、遊んだら楽しくなると私達はずっと思っていたのですが、どうも違うみたいですね。楽しくなければ遊べないみたいです、動物は。そういえば自分自身もそうだなと思うのです。楽しくないと遊べない、遊んでから楽しくなるものじゃないですね。うちの動物なんか見ていてもそうだなと。だから動物達が遊んでいる姿を見ると、楽しく生きていてくれているんだなとちょっとホっとします。
ダイビングなどをして、冬はなぜ活発になるのでしょうか。元々クマですから体温はあるのですが、例えば北極圏だと−50度になってしまうところで彼等は暮らしているわけで、それを寒い寒いと言っていたら暮らせないわけです。即ち彼等は断熱装置が身体に出来ているわけです。それが暴れてしまったら当然身体は熱を帯びて、それが冷えなければオーバーヒートを起こして熱中症になるわけです。だから夏は恐ろしくて暴れる事ができない。でも冬は暴れても水も冷たいし、外も冷たいし、熱くなったら雪にベターっと身体を付けて、さらに深雪の時には体中雪ダルマにして身体を冷やすのです。これが出来るから思い切って暴れて遊ぶ事が出来るのです。これが出来るのは北海道、旭川の動物園だからだなと私はいつも思っているんですが、冬こそ北国の動物達が元気一杯で、ホッキョクグマはその一番の代表だと思います。冬は実に美しいクマであります。
オランウータンは素晴らしい「ヒト」
次にオランウータンですが、このオランウータンも木の上で暮らすのが非常に美しい生き物です。メスの50キロのオランウータン、リアンと言いますが空中散歩をします。旭山動物園に行った事がある人はわかると思いますが、お客さん真下に入れます。このオランウータンが落ちたらどうするという事ばかり言われていたのです。私は「いや、落ちませんから」と言っていましたが、「絶対に落ちないのか?」と。その時に私は「そんな事ありません」と例に出したのが先ほどの筒井先生の講演でもありましたが、「もしもここで突発性心筋症が起きたらドンと落ちるでしょ?」と話したのです。でもそんな事考えたらこれは絶対出来ません。ここに来た途端に突然心停止なんか起きて、なんとか細動というのが起きたらパタっと落ちてしまいます。そしたらもうこれやめなければならない。でも、そういう事というのは考えておかなければならないと思いますが、生きているというのはそういう危険性が常にあるという事です。
140キロのジャックというオスがいます。多摩動物園で生まれて千葉の動物園に移ったのですが、ついていなくてその千葉の動物園にいたメスがダメになってしまい、さらにメスがいた広島に移籍したのです。いわゆる女房運が悪い男です。旭山動物園に来た時は20歳でした。うちにはリアンという絶世の美女がいました。台北動物園で生まれた、正直言って非常に美しいメスです。うちはどちらかというと美男美女を集めているんです。
みんな誰もジャックは塔を登れないだろうと言っていました。なぜかと言うと20年間一度もジャックは3メートル以上上がった事が無いのです。そういう暮らしをしていてどうして突然17メートルの所に登れるの?という話をしていました。私も正直言って駄目だと思っていました。それを登らせたのはリアンだと思います。これはいくら人間が行けと言ったって行く訳がありません。リアンが一言「アンタ行かないの?」と言ったからスっと行ったんです。これは明らか。
横に張ったロープが2本あります。下のロープは何の為に張ったか解りますか?上のロープを掴んで移動している時、万が一途中で手を滑らせてもこれだけ身体の大きな動物ですから、真下のロープに必ず引っかかるので、絶対に掴まるから下に落ちないという事です。もし落ちたらもうどうしようもないですね。ところが、リアンは下のロープを掴んで渡り始めたのです。でも、渡り方が4本手でしっかりと安全確保しています。途中で2本になります。なぜなら万が一落ちても下にジャングルジムがあるからと、彼女はちゃんとそういう事を考えているのです。誰だって死にたくないですから。そこがチンパンジーや人とオランウータンとの違うところなのです。チンパンジーと人というのはお調子者で、ついつい調子に乗ってバカな事をやってしまう。だからチンパンジーをこの施設で飼ったら恐らく半年後には事故を起こしているでしょう。ついつい不注意に渡って、ドンと落ちたりします。オランウータンはそんな事は絶対にありません。万が一の時にはこうしようという事を考えて渡っているのだと思います。
それでこのジャックとリアンですが、渡り方が色々ありまして、初めて渡った時は3点支持でずうっと渡って行きました。だんだん慣れてくると先ほどビデオでお見せしたように腕渡りで渡るようになるのです。そして遊び心が出てくると、ロープなど使わずにH鋼のヘリに足をかけてパタパタっと渡って行ったりします。ジャックも最初の頃は慎重でした。H鋼の穴に手を入れて安全確保して渡って行きます。そのうちにリアンが上手く渡って行くものですから、自分も出来る事を見せたいのですね。腕渡りもやったんですよ、ついに。リアンの時は万が一落ちたら受けようと思いましたけど、ジャックの時には万が一落ちるかもしれないから避けてくれと皆に言いました。
オランウータンというのは単独生活する生き物です。常に雄雌バラバラに生きていてペアでも一緒になりません。単独生活しているという事はお互いに助け合う事は絶対にありません。頼るという事もありません。ところが非常にビックリした事があります。ジャックがやってきました。そして殻付きピーナッツが3個あったんです。それを食べようと思った瞬間にリアンがスッと降りてきました。その時に目がフッと上に行ったので、池に2個落としてしまいました。ここが問題です。140キロと50キロです。オランウータンは基本的に泳げないので、水には絶対に入りません。当然のように落とした2個を取りにいけない訳です。多分ジャックはこう考えたと思います。「ボクが支えてあげるから君取りに行ったら?」多分そうだと思うんです。そしてジャックが支えてリアンが2個拾いました。その時に皆さんならどうしますか?とりあえず雄は確保してくれています。選択肢は三つしかありません。「2つ食べてしまう」「1つ分ける」「後が怖いから2つともやる」。答えは2つとも食べちゃったのです。殆どの皆さんが考えた通り2つとも食べました。さぁその後です。ジャックはそれに対してどうしたか。自分がここで支えているから取れたのです。なおかつ自分は1個しか食べていない。これも選択肢が三つあります。「まぁいいじゃない、ボクさっき1つ食べたんだから君が食べなさいよ。おいしかったでしょ」と喜んであげるというのが一つです。それから次は「俺が支えたんだろ、もう知らない」と言って手を離してリアンはドボンと水の中。その次はそんな事をしてしまったら死んでしまうから、それはあまりにも酷いといって上に引っ張り上げ、口をグッと力任せに開けて口の中に残っていた半かけらのピーナッツを手でとって食べた。さぁ男性の方どうでしょうか。答えは1番です。もう別に何とも無いですね。「おいしかったかい?」と言って肩を抱くようにして2頭で上に上がって行きました。それが実は「ヒト」なのです。
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