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No46 |
命あるもの みな美しく
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動物の一番美しい姿/最も能力を発揮しているその瞬間
要するに動物の「種」が持っているこの能力というのはもの凄いものなのです。とてもとてもこれは他の「種」では代替できない。それぞれの動物が今生存しているという事は、このようにその「種」特有の形態と能力というのを持っているわけです。それもポイントは、これらは努力で獲得したものでは無いということです。我々人間はどうでしょうか。努力しないで得られるものは殆どありません。立って歩くのは─これはもしかしたら努力じゃないかもしれないけれど。とにかく動物というのは全部、「種」が持っている能力なので、これらは何の努力もなく、どの個体でもやってのけるのです。それが凄い。それだけで動物が生きていけるというのが、凄いと私はいつも思うわけです。それが可能になるような姿形だから美しいのだろうなと思うのです。
では、鳥はどうでしょう。鳥というのはやっぱり飛んでいる姿が美しいと思います。籠に入っている鳥は決して美しくはないと思います。私ども動物園で鳥を飼っていますとなかなか鳥を自由に飛ばしてやることが出来ません。小鳥なら別ですけれども、大きな鳥を自由に飛ばしてやる事ができない。でもやはり大空を舞っている鳥は、飛んでいる姿が綺麗だなと思うわけです。実は、旭山動物園では今猛禽類の野生復帰という試みに取り組んでいます。その中で鷹匠の技術を習得しています。この技術を応用して、何とか鳥が飛んでいるところを見せられないかという事で、様々な研究しています。そのやり方ですが、右の人から左の人に飛んで行って、また右の人に戻って行くという、こういう訓練をまずします。その次にラインという紐を付けて、呼んだら飛んで来るようにします。50m位飛んできます。ここまでうまく出来るようになりますと、その次はラインを外して自由に飛ばせます。
皆さんよく目にしているトビ、よくトンビと言われているどこにでもいる鳥ですが、このトビはものすごく大きな猛禽類で、飛んでいる姿は実に美しい生き物です。お客さんがとり囲んでいる中で高い所まで舞い上がっていって、一気に急降下してくるところを見たら皆目をまん丸にして「うわー!すごい!」と言うわけです。で、「実はこれカラスと一緒にいるトビだよ」と言ったら「なーんだ」と言うのです。トビは凄く美しい、素晴らしい生き物だけど、何となくそこで「なーんだ」という答えが出てきてしまうのが、何となく寂しいなと私は思うのです。やっぱり美しいものはどこにいても美しい。
それから、天然記念物のオオタカは、トビよりはずっと小さいです。飛び方が全然違い、真っ直ぐ飛んでいきます。旭山動物園では冬はオオタカとフクロウを飛ばせていますけれども、夏はやっていません。夏は木に沢山葉っぱがありますので、どこかへ行ってしまったら困るなと思って…。呼ぶとお客さんがいる所でも飛んできます。目の前に飛んでくる鳥の姿を見てやっぱり皆さん驚きます。「美しいなー」と言ってくれます。それから自由に遊ばせていますと、後ろからカラスが追いかけてきたりします。カラスに向かって一所懸命にオオタカが対抗してもカラスには援軍が来るのです。やっぱり2対1になると負けてしまいます。堂々と帰ってくるのはカラスです。オオタカはどこかへ行ってしまいます。しかしオオタカは安全になってからちゃんと戻ってきます。やはりその一番美しい姿というのは、その動物が最も能力を発揮しているその瞬間だと思います。ですからそういうところを動物園でもしっかり刻み込んで頂くのが、我々の仕事かなと私は思っています。
それからトラですが、これは神が作った最も気高く美しい生き物と言ったのは誰だかご存知ですか。それはインドの首相でプロジェクトタイガーを立ち上げたインディラ・ガンジー首相です。インドでは人を襲って人が死んでしまう事故が起きます。その時にやはり多くの人が「あんな危険なトラを退治してくれ」と言うわけです。その時にガンジー首相が言ったのがこの言葉です。「トラは神が作った最も気高く美しい生き物である。その生き物であるトラを私達が守れないで、私達が殺してしまってどうするんだ」という有名な演説を国会でしました。それが元になってプロジェクトタイガーというのが出来たので、インドには未だに多分4000頭位のベンガルトラがいるでしょう。その対策というのも具体的にこうやって人間の方が身を守りましょうと。トラがそこにいる事が悪いのではなくて、人間がトラの領域に入る時には気を付けましょうなどと、様々な政策をして事故率をどんどん減らしていきますが、それでもなかなかゼロにはなりません。しかしそこで「やっぱり殺してしまえ」というのか「いやあの美しいトラと共に生きていきましょうよ」というのか、この大きな違い…。これはやっぱり我々日本人の学ぶところではないかなと私は思います。
実際にアムールトラは非常に美しいです。旭山動物園のトラですが、窓があってそこでお客さんとトラが近くでドキっと出会う。こういう場所もちゃんと作ってあります。それから、彼らは様々な場所に、マーキングします。マーキングするというのは重要な事で、「この内側は私の領域だよ、誰も入ってきちゃいけないよ」という意識があるからピュッというマーキングをするんです。これは閉じ込められていると動物が思っていたらああいう事はしません。自分の領域と認識しているからなんです。だから私はよく言うのですが、「この鉄格子なんの為にあるのか?」と皆さんに聞いたら「トラが出て来ない為」と言うでしょ。トラに聞いたんですね、「いやいや人間が入って来ない為だ」と言っていました。それくらいの違いがピュッには込められているという事です。
アムールトラですから冬はとても元気です。寒さには非常に強い生き物ですから、夏はどちらかというと苦手なのです。寒いのは大歓迎というトラです。それでこのトラも先ほど言ったように自分の領域だと思っていますから、何か気になる奴がいると、窓から覗くんです。「あれ?こないぞ?」とまた覗きに行ったりします。ネコ科ですから隠れて物を見てパッと獲物を襲うというのはネコと同じなのですが、そのようにしてあの場所が自分の聖域である、自分の場所である、という事を意識しているから今のような行動が見られるのです。とにかく雪が大好きです。雪が降ると雪の中に身体を埋めて、目だけ出しているトラを見た事があります。多分、野生でも雪の中に隠れて近くを通るシカを狙っているんだろうなと思いましたね。アムール地方にいるトラ、これは地球上にはもう野生では恐らく300頭位しかいません。しかし動物園の世界ではもうすでに500頭位はいると思います。だから野生で万が一の事があっても大丈夫なのですが、それでもベンガルトラよりはずっと少ない。いかにインドの人達がトラをしっかりと守っているかというのがよく解ると思います。
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