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動脈硬化と血栓(予防と治療への挑戦)
(2−1)
北海道大学医学部第二薬理学 教授 菅野 盛夫
「切れば血が出る生身の身体----」はどこかで聞いたことがある科白(せりふ)です。シェイクスピアの「ベニスの商人」では、恋人を救うために裁判官に扮したポーシャが高利貸しのシャイロックに「----血の一滴もこぼさずに肉の1ポンドを切り取れるのであれば----」と迫ります。
生きている証拠とも言うべき赤い血を心臓から身体の隅々まで運ぶのが血管です。私達の身体を作っている臓器・組織は血液によって供給される酸素と必要な栄養素によって機能が維持されていますから、血管は臓器・組織にとって「命のパイプライン」と言って良いでしょう。
しかし、血管は水や油を送る単なる導管ではありません。脳や心臓、腎臓と言った生命にとって必要な臓器と同じように、年齢とともに機能が老化する臓器なのです。「命のパイプライン」である血管におこってくる病変に焦点をあてて、油断ならざる「血断」を起こさないようにするのにはどうしたらよいか、最近の研究の進歩に基づいて考えることにしました。
日本人の死亡原因を多い順にあげると第1位は悪性腫瘍(癌)、第2位は脳血管疾患そして第3位は心疾患です。
脳血管疾患の代表は脳卒中ですが、それには脳動脈の壁が脆弱になって破裂する脳出血、脳動脈の内腔が狭くなって心臓で出来た血液の固まりが詰まって動脈を閉塞する脳栓塞、狭くなった部位で血栓が出来る脳血栓があります。
心疾患の中では、最近増加してきているのは虚血性心疾患です。これには、心臓の筋肉に血液を供給している冠状動脈の内腔が狭くなる狭心症や血栓が生じて動脈が閉塞する心筋梗塞があります。
心臓と脳、病気がおこる部位は異なりますが、基盤にあるのはこれらの臓器に血液を供給する血管の病変です。したがって、「血管病変を基盤にして起こってくる疾患」と括ってまとめると、その死亡数は悪性腫瘍(癌)とほぼ同程度です(表1)。
表1 死因順位と死亡率(人口10万対) 平成7年 日 本 北 海 道 1 悪性新生物(211.6) 1 悪性新生物(222.9) 2 脳血管疾患(117.9) 2 心 疾 患(115.8) 3 心 疾 患(112.0) 3 脳血管疾患(103.7) 4 肺 炎( 64.1) 4 肺 炎( 62.6) 5 不慮の事故( 36.5) 5 不慮の事故( 31.1) 重要臓器へのパイプラインである[血管の詰まり(閉塞)」による血液の流れの途絶は、その臓器の死を意味します。もし、その臓器が生命の維持に必須であれば個体死に導きます。血流の途絶は、血管内腔の狭小化とそれに引き続く血栓(血液が固まってビンの栓のように内腔が詰まること)の形成による閉塞によってひきおこされますが、その基盤には動脈硬化とよばれている一連の変化があります(図1)。
図1 中大脳動脈にできた血栓(中央黒い部分)
中大脳動脈の横断顕微鏡写真
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「動脈硬化と血栓」が「癌」とならんで日本人の掛け替えのない命を奪っているのです。これは、日本ばかりではありません。先進各国に共通して認められていることです。世界の循環器科学研究者が全力をあげて進めている「動脈硬化と血栓の治療と予防への挑戦」の現状をこのシリーズでは紹介します。

