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NO.11 |
生まれつきの心臓の病気を持った
子どもたちが大人になったら
― 成人先天性心疾患のお話し ―(後編)
(2/4)
北海道立子ども総合医療・療育センター
横澤 正人氏
フォンタン手術では心室を使わずに静脈の血管の圧力だけで肺に身体から戻ってくる静脈血を流します。そして肺静脈から戻ってきた赤い動脈血を一つの心室の力で全身に流します。
要は、人間本来の血液の流れ方とは全く違う方法で循環を成立させます。
こんな血液の流れに人間はいきなり耐えることはできませんので、段階を踏んで徐々に慣らします。
この病気の場合は、肺動脈狭窄が徐々に進行しますので、新生児期や乳児期にBTシャントと言って大動脈と肺動脈を細い人工血管でつなぐ手術を行います。次に半年から1年後くらいにグレン手術と言って上行静脈を右心房から切り離し肺動脈につなげる手術をします。そうすると上半身の静脈血は心臓を通ることなくそのまま左右の肺に流れます。肺で酸素化されて動脈血となり、肺静脈を介して下半身から戻ってきた静脈血と左房で混ざり合い、左心室+右心室のポンプの力で全身に流れるようになります。
その後に下半身からの静脈血を人工血管を用いて肺に流す手術を行います。
上半身、下半身のすべての静脈血は心臓を介さずに肺に流れ、動脈血となって左心房に戻り、左心室+右心室、大動脈を介して全身に流れます。これでフォンタン手術の完成です。
フォンタン手術にはいろいろな術式がありますが、Aさんはグレン手術の待機時期が長かったため、下半身の静脈血を心臓の外を通した人工血管を用いて肺に流すTCPCという一番新しいタイプのフォンタン術式を行うことが出来ました。21歳の患者さんとしてはある意味でラッキーだったと思います。
フォンタン手術はAさんのような複雑な先天性心疾患のお子さんに長期生存の道を開きましたが、通常の人間とは全く異なった血液の流れをしていますので、それに起因する合併症、続発症に関して十分な注意が必要です。
注意点の第1は省エネタイプの循環であることです。一見元気そうに見えても、運動能力は通常の成人の70−80%くらいです。無理が利きません。無理をしようとするとあっという間に疲れてしまいます。疲労の回復にも時間がかかります。
注意点の第2は静脈の圧が高いことです。慢性的にむくんでいる状態で、見た目だけでなく全身の臓器にも同様な状態が長時間続きますので、ゆっくりと臓器が傷害されていきます。静脈圧の上昇で心臓は不整脈が出やすい状態になります。肝臓が傷害され肝硬変のような病態になり、低栄養や免疫能の低下、腹水や静脈瘤に伴う出血がみられるようになります。消化管が障害されて血液のタンパク質が便に漏れ出してしまう蛋白漏出性胃腸症を発症する場合があります。血栓が出来やすく、それによる全身の血栓症、塞栓症を起こすことがあります。肺内の動脈と静脈がつながってしまいチアノーゼが増強する肺動静脈瘻を起こすこともあります。
これだけのことを考えて日常診療が出来る循環器内科のお医者さんはまずいません。Aさんに紹介したのは、近所で小児科を開業していた女医のB先生、実はこの先生、元々は小児循環器科で全国的に活躍していたすごい先生だったのです。風邪やワクチンなどちょっとしたことがあったらその先生のところに行き、3か月に1回、当院に通院して検査やお薬を出すことになりました。
「小児科の先生だけど良いのかい?」と私が尋ねると、本人曰く「全然気にしないよ、私の心臓の事を解ってくれてる先生なんてほとんどいないもん。その先生が来てもいいよって言ってくれるんなら喜んでいくよ」
重症な先天性心疾患を克服して、定職を持って一人の社会人としてやっている患者さんは、そんなに多くはありません。Aさんには、頑張って欲しいなと思っています。
ただ、そろそろ結婚、妊娠、出産、避妊の話をどこかのタイミングでしないとなりません。この手の話は、男性である私にはいささか重荷です。B先生にお願いすることにいたしましょう。

