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心不全、といわれたら
旭川医科大学内科学講座 循環・呼吸・神経病態内科学分野 福澤 純さん
心不全とは
近所の方が亡くなられたり、入院されたりした時に、原因が「心不全」だと聞く機会があった方がいらっしゃると思います。また、いろいろな病気で通院中に「心不全ですね」と担当医に言われた方もいらっしゃるでしょう。それでは、「心不全」とはどういう病気なのでしょうか?
実は、「心不全」とは「病名」ではなく、いろいろな心臓病で心臓のポンプ機能が低下したり、心臓以外の原因で心臓の働きが不十分になったり、つまり全身の体組織の代謝に見合う十分な血液を供給できない状態を示す「症候名」なのです。
体の各部分に必要な酸素と栄養は血液により運ばれています。この血液を循環させるポンプが心臓で、このポンプには「血液を送り出す」、そして「血液を受け取る」という二つの作用・役割があります。十分な量の血液が心臓内に満たされることによって、十分な量の血液を体の各部分に送り出しています。放水ポンプ(取り入れた水を勢いよく放水するだけで、放水した水を回収してまた使用することはありません)とは異なり、山手線の電車(連続して循環させているので一つの電車の故障が他の駅に渋滞を広げていく)のようなもので、万一ポンプが故障すると、次々と体に影響が出てくると説明する専門家もいます。
心不全の症状
心臓の場合、そのポンプ機能が低下すると、血液を動脈に「送り出す」機能が落ちることにより、心臓から前方へ血液が進みにくくなるために起る症状と、血液を静脈から「受け取る」機能の低下によって、心臓の後方でうっ滞が起るためにでる症状があります。
(1)「送り出す」機能の低下による症状
ポンプの出力が低下して、全身に十分、血液を送り込めなくなるために起る「息切れ」、「疲れやすい」などがあります。さらに1回の送りだす量が減った分、心拍数(回数)が増えるので「動悸」が起ります。また、心臓には「送り出す」血液の量が減った場合、ポンプ(心臓)の中の血液を増やして「送り出す血液量」を保つバックアップ機構があります。そのなかには手足の血管を収縮させて、その分、心臓や肺をめぐる血液を増やすという方法があります。これにより、「手足が冷たい」とか「肌の色が悪い」などの症状がでます。尿をつくる腎臓への血流も減るため尿量が少なくなり、体に水分がたまって「体重が増加」します。心臓から正常な量の血液を送り出せなくなると、心臓内の血流が遅くなると血液のかたまりができ、それが血流を通って移動して動脈が詰まってしまうことがあります。これが脳の動脈の場合には、「脳卒中」が起こります。
(2)「受け取る」機能の低下による症状
この症状は、臓器に水分(血液)がたまることによって起ります。
・左心不全:肺から心臓の左側部分に流れてくる血液がうっ滞することにより肺の内部に水分がしみだし血液のガス交換がうまくいかなくなり「息苦しさ」が生じます。重症の人は、横になっていても息切れが起りますが、これは重力によってより多くの水分が肺の内部に移動するためです。そのため、よく起き上がって、あえいだりします。これを発作性夜間呼吸困難といいます。座ることで体液の一部が肺の底部に流れ出るため、呼吸が楽になるからです。肺に大量の水分が急にたまることを急性肺水腫といい、「ひどい呼吸困難」、「速い呼吸」、「青白い皮膚」、「不安感」などが起ります。命にかかわる緊急性の高い状態です。また、心不全が進行すると、チェーン‐ストークス呼吸(最初は速く深い呼吸、徐々にゆっくりとした呼吸になり、その後は数秒間まったく呼吸をしなくなる)という呼吸周期の異常が現れることもあります。
・右心不全:全身から心臓の右側部分に戻ってくる血液がうっ滞すると、体の各部分に水分がたまり、「むくみ」が生じたり(特に足の甲やすね)、肝臓にたまると肝障害が起り消化管がむくむことも加わり「吐き気」や「食欲低下」も出現します。最終的には、食べたものが十分に吸収されず、上記の記載とは逆に「体重減少」が起ることもあります。
(3)症状だけではすぐに心不全と診断できない
心不全は多彩な症状を呈すことがお分かりになったと思います。上記で説明した症状は、異なる原因(他の臓器の病気)でも認められることがあるので、これらの症状があっても心不全でない場合もあります(すこやかハート90号「むくみがある、といわれたら」などを参照してください)。また、上記の呼吸困難の出現は心不全が進行するに従い、より軽い運動で出現するようになり、ついには安静時にも息切れが出現するというように心不全の重症度によっても違ってきますので、心不全の患者さんすべてに認められるわけではありません。症状以外にも心不全の状態を診断・評価する方法がいろいろありますので、これらの症状があるときには担当の医師に相談することが大事です。
心不全の診断
医師は上記の症状にもとづいて心不全を疑い診察をします。診察では脈をみて(速い脈など)、血圧測定をして、聴診器で心音(心雑音など原因となる心臓病の同定−すこやかハート93号「心雑音がある、といわれたら」を参照してください−と心不全の時の異常)と呼吸音(肺の水分のたまり)を確認して、心臓が拡大していないか、「受け取る」機能の低下によって起る首の静脈の拡張、肝臓の腫れ、足などのむくみを確認して診断を裏づけます。
普通、胸部X線検査で心臓の拡大(心臓が大きくなっている状態)と肺の水分のたまり具合を、また、心電図で心臓の肥大(壁が厚くなっている状態:すこやかハート96号、「心肥大、といわれたら」を参照してください)や心臓発作の最中かその危険性があるかなどを確認します。心不全の程度を見るためや心臓以外の原因がないかを調べるために血液検査や尿検査も行ないます。
専門医療機関では、さらに、心臓超音波検査(心エコー)という超音波を使って心臓の画像を描き出す検査を行ない、心臓の壁の厚さ、心臓弁の状態、さらに心臓が正常に収縮しているかどうか、異常な収縮をする心臓の部位があるかどうか、心臓の機能がどのような状態かなどを調べます。
原因となる病気の種類などに応じて、入院または外来で核医学検査や心臓カテーテル検査という検査を行なうこともあります。それ以外の検査をすることもありますが、その場合には担当の医師が詳しく説明してくれます。
心不全の治療
心不全は状態が安定している「慢性心不全」と急に発症した「急性心不全」に分類されることがあります。後者には安定していた状態から急に悪化する場合である「慢性心不全の急性増悪(ぞうあく)」も含みます。治療は心不全がこれらのどちらに分類される状態かによって異なります。急性心不全が原因不明の突然死の原因になることも考えられます。また、風邪や過労が引き金になって急性心不全(急性増悪)が起こることがよくあります。一般に急性心不全の時は、入院して安静を保ち、酸素吸入を行ったり、一時的に心臓の働きを強める薬を使ったりします。一方、慢性心不全では、心臓に対しては急性心不全の治療に用いる心臓の働きを強める薬は使用せず、逆に過度な刺激から守る薬を用います。通院中の医療機関の担当医から心不全といわれた場合には、多くが慢性心不全であると考えられます。心不全は病名(病気)ではなく症候名(病気でおきた結果、状態)ですから、慢性心不全の治療は「おきた状態」に対するものが対象となります。「原因となる病気」に対する治療は慢性心不全に対するものもあれば、急性心不全に対するものもあります。
(1)原因の治療
後者の「原因となる病気」の治療には高血圧に対する降圧療法、狭心症や心筋梗塞に対する風船治療や冠動脈バイパス術(すこやかハート89号「狭心症、といわれたら」を参照してください)、心臓弁膜症に対する弁形成術や弁置換術などがあります。不整脈が原因の場合にはペースメーカーを植え込むということもあります(すこやかハート58号を参照してください)。甲状腺機能亢進症や低下症など心臓以外に原因がある場合には、それに対する薬物療法などを行ないます。
(2)状態改善のための治療
前者の「おきた状態」に対する治療、状態を改善する治療法は、最近、非常に進歩しました。生活スタイルの適正化(運動量の調節、体重の調節、喫煙の停止、塩分制限)は非常に大切です。薬物療法には体のむくみや肺の水分のたまりを改善する利尿薬が使用されています。アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬など(作用に似ているアンジオテンシンII受容体拮抗薬の有効性も評価されてきています)血圧の上昇にかかわるホルモンであるアンジオテンシンIIとアルドステロンを抑制する薬剤は症状軽減と寿命の延長も可能です。β遮断薬は心拍数を遅くして、心臓の収縮力を抑制させる薬です。20年以上前には心不全を有する方に使用することは禁止されていました。その後、心臓の働きを改善し、寿命を延ばす効果があることが分かってきました。しかし、使い始めや増量時には症状を悪化させる可能性があるので専門医による判断が必要です。その他に心臓ペースメーカーを心臓の右と左の両方に入れる、伸びきって働かなくなった心臓の筋肉を切除するなど外科的な治療法も試みられています。
心不全の症状があるようでしたら、かかりつけの医師に相談してみてください。

