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心臓リハビリテーションの目的と効果
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北海道大学大学院医学研究科 循環病態内科学 絹川 真太郎氏、後藤 大祐氏
はじめに
心筋梗塞や心不全のような心臓病患者さんの病状が悪い初期の段階での治療は、「安静」にすることが重要です。急性心筋梗塞で入院した場合、1940年代ころまでは、6〜8週間はベッド上で安静にすることが厳格に守られていました。しかしながら、長期安静臥床が様々な弊害をもたらすことが解り、早期の離床・退院・社会復帰がすすめられるようになりました。
1960年代後半ころから、心臓病患者さんに対して積極的に運動療法が行われるようになり、その効果が明らかにされるようになりました。近年では、「包括的な心臓リハビリテーション」の考え方が確立され、運動療法だけでなく患者教育やカウンセリングを同時に行う重要性が認識されるようになりました。今回は、心臓リハビリテーションとはどういうものかを説明したいと思います。
心臓リハビリテーションとは
運動療法を主体として、患者教育・生活指導およびカウンセリングによる包括的なプログラムによって、身体的・精神的デコンディショニングの是正と早期の社会復帰を図ることと定義されています。
つまり、心臓病によって低下した体の機能を高め、活動時の症状を軽減するとともに、安全に活動できる範囲を設定し、抑うつや不安を解除し自信を回復させ、心臓病の悪化による入院の予防、生活の質の向上、さらには寿命を延長させることを目指した治療プログラムです(図1)。したがって、リハビリテーションというと、運動することをイメージしますが、それだけではありません。
心臓リハビリテーションの対象疾患
平成20年度診療報酬改定に伴い、本邦における「心大血管疾患リハビリテーション料」の対象疾患は表1に挙げる通りです。虚血性心疾患である心筋梗塞や狭心症、様々な心臓病に対する手術(開心術)後、慢性心不全、大血管疾患である大動脈解離および閉塞性動脈硬化症が対象疾患と指定されています。適応期間は150日間となっていますが、それぞれ担当医が医学的に必要であると判断した場合には延長も可能です。また、年齢の制限は全くなく、高齢者でも積極的に行われます。
運動療法の効果
心臓リハビリテーションにおいて、最も主体となるのは運動療法です。運動療法は心臓病の患者さんに対して、様々な効果があることが知られています。大きく分けると、@体に対する効果、A気持ちや生活の質に対する効果、B病気の悪化を予防する効果、となります(図2)。
(1)体に対する効果
心臓病患者さんは様々な原因で運動能力や生活活動度が低下しています。心臓病そのものの問題で、軽い労作で胸の痛みや息切れが出現することがあります。また、足の筋肉に問題が生じることがあり、疲れやすさを感じることがあります。特に、心臓の手術や集中的な治療によって、入院期間が長くなった場合には、筋肉の萎縮が起こり、心臓は良くなったのにも関わらず、立ち上がるだけでも息切れが出ることがあります。
運動療法はこのような運動能力の低下を改善させる作用があります。このことには、足の筋肉の質や量を改善させる作用が大きく関わっていますが、心臓の機能を高める効果も関わっています。また、全身の血管の機能を高める効果が知られています。狭心症による胸の痛みや閉塞性動脈硬化症による足の痛みが出にくくなることがあります。
さらに、運動療法は自律神経のバランスを改善する作用が重要です。多くの心臓病患者さんにおいて、交感神経が高まり、副交感神経が弱まっていますが、このことが心臓病の重症度を悪化させることが知られています。運動療法を行うことによって、交感神経を弱め、副交感神経を高めることができます。しっかりと運動療法を継続すると、心拍数や脈拍数が少なくなることがありますが、これは自律神経のバランスを改善したことによるものです。
(2)気持ちや生活の質に対する効果
心臓病患者さんは、様々な症状が出現し活動が制限されます。そのような状況で、例え心臓病の治療が上手くいった場合でも、「どのくらい活動(運動)して良いのか?」「症状が再発するのではないか?」といった不安を抱えたまま生活している場合があります。結果として、外出を控え、自ら最低限の活動だけで過ごしてしまっていることがあります。ひどい場合には抑うつ状態になってしまう場合もあります。 生活の質には、1)症状に関連した生活の質、2)気持ちに関連した生活の質、さらに、3)社会的な生活の質があり、これらを健康関連生活の質と呼んでいます。
運動療法は体に対する効果によって症状を軽減するだけでなく、気持ちに対する効果もあります。実際に運動することによって、具体的な活動可能な範囲がわかり、自信を取り戻すことができます。また、集団で運動を行うため、他の患者さんを目標とすることもできます。さらに、家庭内生活における自立や職場復帰などの社会的な生活の質を向上させることにもつながります。
このような健康関連生活の質に対する運動療法の効果は科学的に証明されており、運動療法の重要な部分です。一方、患者さん自身がしっかりと病気、治療、管理方法などを学習することによって、自信を取り戻すことが出来ます。したがって、運動療法に患者教育やカウンセリングを取り入れた包括的なプログラムに参加することが重要です。
(3)病気の悪化を予防する効果
多くの心臓病患者さんにとって、病気の悪化を予防することが非常に重要です。狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患に対して、運動療法は病気の悪化を予防する効果が多くの研究で証明されております。
図3は米国のミネソタ州で行われた研究結果です。心筋梗塞発症患者さんを運動療法に参加する群と運動療法に参加しない群に分けて経過を観察し、その地域の他の一般住民と比較したところ、運動療法に参加しない群では明かに生存率が低値でしたが、運動療法に参加した群では一般住民と全く変わらないという驚くべき結果でした。
このように運動療法は虚血性心疾患に対する極めて強い予防効果があります。
さらに、虚血性心疾患患者さんは動脈硬化の危険因子である高血圧・糖尿病・脂質異常症を予防、コントロールする必要があります。これらの危険因子に対して、運動療法が重要であることはよく知られています。また、心不全患者さんに対しても運動療法は病気の悪化を予防する効果があることがわかってきました。
このように運動療法による病気の悪化を予防する効果は単独で行うより、食事指導、生活指導、服薬指導を一緒に行うことが重要です。例えば、慢性心不全患者さんの状態が悪くなって入院する原因は図4に示されている様に、病気の悪化そのものより、むしろ食事・生活・服薬に関することが多いことが知られています。ここでも包括的なプログラムの重要性が明らかです。

