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心臓弁膜症のカテーテル治療について
(2/2)
旭川医科大学 内科学講座 循環・呼吸・神経病態内科学分野
講師 竹内 利治氏
2.僧帽弁閉鎖不全症に対するカテーテル治療 「マイトラクリップ」
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僧帽弁は前尖と後尖の2枚から成っており、腱索と乳頭筋はその弁尖に左心室側から付着しています。心臓が拡張する時には弁尖が左心室側に開いて血液が流入し、心臓が収縮する時には弁尖がぴたりと合わさって、血液が左心室に流れなくなります。
しかし、なんらかの原因で僧帽弁の閉じ具合が悪いために血液が左心房に逆戻りしてしまう状態を僧帽弁閉鎖不全症と言います。原因としては、@器質性僧帽弁閉鎖不全症、A機能性僧帽弁閉鎖不全症の2つに分かれます。器質性僧帽弁閉鎖不全症は僧帽弁そのものに不具合が生じて逆流が起きるタイプです。
たとえば腱索が切れたり、伸びたりすることで、僧帽弁の接合が悪くなる結果、左心房へ血液が逆流してしまいます(図5A)。
一方、機能性僧帽弁閉鎖不全症は僧帽弁そのものに不具合はなく、左心室や左心房の不具合で逆流が起きるタイプです。
たとえば心筋梗塞や心筋症、僧帽弁以外の弁膜症などにより左心室の動きが悪くなり大きくなる結果、僧帽弁にすき間が生じて左心房へ血液が逆流してしまいます(図5B)。また心房細動という不整脈では、左心房が大きくなることで逆流が生じることもあります。
はじめの段階では、血液の逆流による負担が左心房や左心室にかかってはいても、心臓自体にポンプ機能を維持しようとする代償機構が働くため、症状が出ないことがほとんどです。
しかしその心臓に限界がくると、息切れや疲れやすくなります。さらに病気が進むと、肺に血液が滞って肺うっ血や肺水腫を生じ、夜中に呼吸困難を起こし起座呼吸となり、激しい咳込みも生じます。
また左心房の拡大により、心臓の調律がバラバラになる心房細動が合併し、そのため動悸、胸部不快感、立ちくらみなどが引き起こされます。
僧帽弁閉鎖不全では、心不全による症状が出てきた際、左心室の収縮力低下、左心室の拡大、心房細動の出現など心臓の負担が強くなってきた際には治療が必要となります。僧帽弁閉鎖不全症も自然治癒することはないため、治療は基本的に外科的開胸手術です。手術には大きく分けて、僧帽弁置換術と僧帽弁形成術に分かれます。
どちらも胸骨や肋骨を切開して心臓を露出しますが、自分の弁を切り取って新しい弁に取り替えるのが僧帽弁置換術、自分の弁をうまく切ったり、縫い合わせたりして形を整えるのが僧帽弁形成術です。僧帽弁形成術は自己弁を温存できるメリットがありますが、一般的に置換術よりも手術の難易度が高く、必ずしもできるとは限らないので、心臓外科医とよく相談する必要があります。しかし高齢者や心機能が低下した患者さんでは、手術リスクが高いため薬物治療を選択するしかなく、日常生活では安静を強いられ、それでも入退院を繰り返す方もいました。
最近、これらの問題点を克服するための治療法として、カテーテルを用いて僧帽弁の前尖と後尖をつなぎ合わせる「経カテーテル僧帽弁クリップ術(マイトラクリップ)」が開発されました(図6)。この治療法は、外科手術に比べ安全性が高く、体に対する負担も少ないため、手術の危険性が高い患者さんでも治療可能です。マイトラクリップの実際の方法としては、全身麻酔下で経食道心エコーを参照しながら手術を進めていきます。足の付け根からカテーテルを挿入し、右心房から心房中隔を貫いて左心房に進めて行きます(図7A)。ガイドカテーテルからクリップのついたクリップデリバリーシステムを左心房から左心室に一旦入れた後、僧帽弁の適切な位置に合わせます(図7B)。クリップで前尖と後尖をしっかり挟んで、逆流が抑えられたことを確認します(図7C)。僧帽弁をはさんだクリップを残して、デリバリーシステムを体外へと抜きます(図7D)。もし予想以上に逆流が残る場合はクリップをもう一度置き直すことが可能であり、また1つで逆流を制御できなければ追加してクリップを留置することもできます。クリップを留置し終えたら、足の付け根の止血を行い治療が終了します。通常は術後数日で退院することができます。高齢者や心機能が悪く手術が困難な方でも、僧帽弁閉鎖不全症に対する積極的な治療を行うことで、驚くほど生活レベルが改善することもあります。身体への負担が少ないマイトラクリップは新たな治療選択肢の一つです。![]()
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おわりに
狭心症や心筋梗塞などに対して、外科的バイパス手術よりも身体への負担が少ない冠動脈カテーテル治療は、日本全国どこでも治療が受けられるほど広く普及し、多くの患者さんが治療を受けています。一方、弁膜症に対するカテーテル治療はまだ始まったばかりであり、実施できる病院はハイブリッド手術室がある比較的大きな病院に限られていますが、北海道でも年々増えています。
内科医、外科医、麻酔科医、看護師、放射線技師、臨床工学士、リハビリ士などの多職種からなるハートチームで治療適応を吟味し、質の高い医療を提供することは患者さんにとって大きなメリットであり、おそらくこれから最も進歩していく循環器治療分野の一つであると思われます。

