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No.40 |
筋トレで介護予防
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私が勤務している札幌市健康づくりセンターでは、全国に先駆け5年前に国の補助事業として、札幌市の軽費老人ホームに入っている方々の協力で筋トレに取り組みました。やってみると3ヶ月程度で筋力、体力がものすごく上がることがわかりました。その結果やその後の調査研究をうけ、平成14年度からは札幌市の事業としても展開し、今日に至っています。来年からは介護保険制度が変わるので、その一環として実施が予定されています。
基本チェックリストの赤枠内の5項目全てが該当する方が対象になります。どういう内容かご紹介しますと、3ヶ月、週2回のペースで、最初は非常に軽く、徐々に身体を 慣らし、2ヶ月目から少しずつ負荷を増し、3ヶ月目から日常生活を送るうえでのより機能的なトレーニングに入ります。階段の上り下りをイメージしたトレーニングや歩行を安定させるトレーニングなどです。跨ぐ動作も重要です。身体の機能が衰えた方は跨ぎ動作がだんだんできなくなる傾向があり、自宅のお風呂に入れなくなり、デイサービスの風呂を利用せざるを得なくなってしまいます。
こういった方もかなり改善が可能です。実例を挙げますと、私どものトレーニングに参加していた人ですが、要介護1でデイサービスに通い、お風呂を利用していたのですが、3ヶ月後には自分の風呂に入れるようになり、デイサービスを断わりました。サービスからの離脱、これがいわゆる自立支援です。このような例は結構あります。きちんと順序立ててトレーニングをすれば、かなりな効果が期待できます。
平成14年度から3ヵ年の結果です。152名、平均74歳。自立61名、要支援24名、要介護1が43名、要介護2が22名、要介護3が2名で、かなり虚弱な集団です。3ヶ月の効果として膝伸展筋力、いわば太腿の筋力が18.5kから21k強に3k、17%アップ。握力がつき、身体も柔らかくなり、片足立ちの時間も長くなりました。ファンクショナルリーチ−手を遠くに伸ばすバランスのテスト結果も改善。歩行速度も速くなったし、タイムラップアンドゴー、椅子から立ち上がり3m先を回って帰って来て座るという移動能力も向上しています。僅か3ヶ月のトレーニングで、いろいろな体力要素が改善されるということを152名のデータの平均値が物語っています。統計学的にも有意な改善で、科学的な根拠になり得るデータです。
アンケートによれば、筋トレで精神的にも明るくなっています。「身体の調子が良くなった」8割、「普段の歩行が楽になった」7割。元々身体の痛みがあったのが参加者の2/3。殆どが膝と腰部の痛みで、それが3ヶ月のトレーニングで6割近くが楽になっています。痛みの改善効果も期待できるわけです。筋トレ前には参加者の2/3が定期的な外出の習慣がなかったのですが、殆どの人がトレーニングを続けたいと表明しています。長期的に続けられる環境さえ整備すれば、続けられるということです。「筋トレで介護予防ができるか」の問いかけには「かなりできる」「ある程度できる」が9割程度。介護の認定を受けている人が半分以上いますが、このような方を含めて、ご本人が効果を実感しています。過去1年間で転んだことがあるかという質問に、約半数が「はい」。このような方の7割強が転倒不安を解消しています。歩行速度が80m/分未満だった人たちは殆ど改善されました。
事例1。68歳、女性。背中が少し丸まって、膝が少し曲がっていたが、3ヶ月後はほぼ真っ直ぐに。タイムラップアンドゴーの比較でも改善されている。これは総合的な移動能力をみるもので、立ち上がる、3m歩く、方向転換する、帰って来て向き直って座る、という日常的に頻繁に行っている動作を組み合わせてある。3ヵ月後には、全体的に良くなっている。
事例2。78歳、男性。要介護1。右側の股関節に人工関節。普段は杖をついている。初回、なかなか立ち上がれなかった。歩く時にも右側の股関節を気にしている。27.7秒。3ヵ月後、立ち上がりスムーズ、歩幅が広がり歩行速度も上がっている。12秒。更に3ヵ月後、少し落ちているが初回に比べればまだまだ効果が持続している。3ヶ月の筋トレと更に3ヶ月は自分の体重を負荷としたトレーニングだったが、長期的に持続が見込まれる。
このような方々に、積極的に取り組んでいただくことによって、少なくともどんどん悪くなるという流れを、どこかでいったん踏みとどめることができるのではないか、これが介護予防の考え方の大きな柱です。
身体生活機能は三つの階層からなっています。一番高い能力は予備的な能力で、普段はあまり発揮することがなく、身体的、精神的な強いストレスがかかった時に発揮されます。普段使っているのは日常生活機能です。その下の階層にあるのが基本的な機能で、食事をしたり排泄したり、生きる上で最低限必要な機能です。先程ご紹介した方々は生活機能もかなり低下してきており、介護が必要になってきているのですが、トレーニングで僅かながらでも上向きの流れを作ることができ、できるだけ維持するような取り組みをしてもらえば長期的な介護予防につながるのではないか、ということです。
具体的にどんなことをするのか、皆さんにも体験していただきましょう。まずスクワットです。椅子に浅目に腰掛け、手は膝にかけたまま、お尻をすこし浮かして、ゆっくり立ち上がります。今度は、そこからゆっくり座ります。ゆっくりやると、かなり太腿に力が入っているのがおわかりになるでしょう。これを何回か繰り返して行います。頭を前に出しながらゆっくり、ゆっくり立ち上がり、次に腿に力を入れながらゆっくり腰をおろす。代表的な下肢の筋肉のトレーニングです。太腿を中心に腿の裏側とかお尻の筋肉を使うので、15回、20回と繰り返し行いましょう。この程度の運動量なら毎日でも構いません。慣れてきたら足を前後にずらしてやります。こうすると後足に負荷がかかりますので、後足1本で立ち上がるイメージでやりましょう。機械を使わなくてもできる簡単な方法です。是非実践してみてください。
次は、椅子の後に立って、背もたれに手をかけて脚を横に上げます。お尻の後の中殿筋という小さい筋肉を鍛える運動です。この筋肉が弱ってくると、歩いている時に腰がふらふらする骨盤が不安定な状態になります。
椅子の背もたれに手をかけて、つま先を上げて踵で立ちます。脛の筋肉が強化されます。次はつま先で立つ。ふくらはぎの筋肉強化です。これを交互に行います。ふくらはぎの筋肉が強化されると、歩いている時に地面を蹴る力がつきます。そうすると歩幅が広がり、歩行速度が上がります。つま先を上げる動きは重要です。普段はあちらこちらにある段差を無意識にクリアーしているはずですが、機能が低下すると躓くことが増えてきます。
ポイントは(1)ゆっくりしたテンポ(2)使っている筋肉を意識する(3)回数はややきつさを感じる程度に(4)1、2分休んで、2セット、3セットと繰り返す(5)週2、3回−先程の程度なら毎日でも結構、などです。
筋力トレーニングは、生活機能のベースラインの体力をつけるためであって、これだけでQOLが向上するわけではありません。そのきっかけにしていただきたいのです。筋トレは日常生活を活発化することにつながりますので、そういう意識で日々の生活を送り、社会活動とか趣味だとか娯楽とかを積極的に実践することが大切です。何をするかは自分で見つけるものです。人と接することだけがすべてではありません。庭いじりが趣味で人と会話することもなく黙々とやり、殆ど家から出ない生活をしていたら閉じこもりでしょうか。閉じこもりではありません。生きがいをもって、自立して生活しているからです。いかにして自分流の行き方を見つけるかです。そのためには体力、気力が必要です。より上位の活動へステップアップしてご自分のQOLを高める、あるいは高いところで維持して生涯を通じて楽しんでいただきたいものです。筋トレを例に挙げましたが、目標はこういったところにあることをご承知ください。
ありがとうございました。
*2005年10月5日、札幌「かでる2・7」で開催した健康講座・講演と運動実技紹介篇(主催:北海道心臓協会、北海道新聞社)での講演です。(文責:北海道心臓協会・遠藤)
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