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No.40 |
筋トレで介護予防
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健康運動指導士 佐竹 恵治さん |
<中京大学体育学部体育学科卒業。札幌YMCAウエルネスセンターを経て財団法人札幌市健康づくり事業団に。現在総務課指導係長。介護予防を目的とした筋力トレーニング事業の普及・啓発に力を入れている> |
筋肉は鍛えなければ衰え、適度に使えば発達し、過度に使えば障害をきたします−ドイツの生理学者ルーが唱えた法則です。現代人は身体を動かさないことに慣れてしまった、一種の文明病の状況にあるようです。便利になった反面、身体を動かす機会が失われ、その代償のひとつが、要介護状態という形で現れています。今や、身体を鍛え、筋肉を鍛えることで人生80有余年を健康で長生きすることが大きなテーマになっています。僅かながらでもヒントになることをご紹介できれば幸いです。
日本人の寿命は男女とも世界一です。男性78.4歳、女性は85.3歳。寿命は単に長ければいいのではなく、望ましいのは健康で長生きすることです。心身共に健康で自立して暮らすことが可能な期間を健康寿命、この対極の介護が必要な期間を要介護期間といいます。全国的なデータによれば、65歳以上の女性の健康寿命は18.4年、介護が必要な期間は2.8年です。男性は女性より短命であることを反映し15.1年と1.6年です。問題は、この介護が必要な期間をいかに短くするかです。できれば零にしたいところです。
介護を受けている人が全国でどのくらいいるかといいますと、平成12年4月、介護保険スタート時の認定が218万人。年々増え、5年後の今年3月時点で400万人を突破、408万人になりました。ほぼ倍増、物凄い勢いで増えています。どういった区分が増えているのか。介護には最も軽い要支援、次いで要介護1から始まり要介護5までの6段階がありますが、増えているのは要支援と要介護1です。比較的軽度の方々の増加が顕著です。
介護保険は、本来、お世話をすることではなく、いろいろなサービスを利用して自立してもらうことを理念としています。特に、軽度な要支援の人たちの自立が強く求められています。しかし結果は、要支援の人が2年後に再度更新の認定を受けると、以前より悪くなっているケースが約半数近くあります。なぜでしょうか。他の区分の介護者と同じサービスを提供しているからだといわれています。家事、身の回りのことをヘルパーが代行する家事援助等の訪問介護が中心になっています。本人は楽ですから、だんだん頼るようになり、やがて、本来はできることもできなくなるという構図です。そうなると、どんどん介護度が悪化することは容易に想像がつきます。現実にそういうケースが非常に多くなっています。
このような現状を踏まえ、介護を防ぐにはどうすればいいのか。これまでも、そして今も、日本の健康づくりの施策には生活習慣病対策が中心に据えられています。「健康日本21」とか「健康フロンティア戦略」に莫大なお金が投じられています。これらの効果は短期間で見えるものでありませんが、死亡の原因の第2位、第3位が心疾患、脳血管疾患ですので、何とか減らしていこうということです。
果たしてこの対策だけでいいのか。実は、介護の原因の第1位は脳卒中で共通するのですが、第2位は高齢による衰弱、第3位は転倒骨折で、死亡の上位十傑に入っていない原因が上位を占めています。生活習慣病の対策だけでは介護を防ぐことができないということです。
さらに詳しく見ると、男性は脳卒中が4割強で他は少なく、女性は脳卒中が2割程度で、高齢による衰弱、転倒骨折、痴呆、関節疾患がかなりな割合を占めています。男女でかなり割合が違います。年代別では、75歳未満の前期高齢では脳卒中が半数近くを占めて他が少なく、男性のパターンに似ています。75歳以上の後期高齢では女性のパターンに似ており、脳卒中が少なくてその他が多くなっています。
介護度別では、要支援は脳卒中が少なく14パーセントです。脳卒中は介護度が重くなるにつれて割合が多くなります。脳卒中は発症すると、それだけで機能が一挙に低下して重い障害が残り、重度の介護が必要になるケースがかなり多いのです。したがって、脳卒中だけを予防しても要介護の大部分の人たちを防げません。
他に何が原因か。廃用です。関節疾患、衰弱、転倒骨折…、身体を動かさないことによって機能がそれに適応してしまう、文明病、いわゆる廃用が原因となってこのような状態を惹き起こしているのが半数近くです。ということは、何とかやれば半数近くは介護が必要になる時期を先送りできるわけです。
生活機能の低下はどのように進行するのか。三つのパターンに大別されています。まず加齢による低下。これは防ぎようがありませんが、それでも、高齢者の概ね8割は生涯を通じて自立し、介護のお世話になることなく人生を全うしています。ところが、そうでない人たちがいます。加齢による低下に加え、廃用による2次的な機能低下を起こす人たちです。身体を使わないことで膝の関節が痛くなったり、転倒しやすくなって骨折したり、骨折をしなくても、転倒恐怖症から閉じこもり傾向になったりで、どんどん機能が衰えてしまいます。2次的な機能低下が加わることで、比較的早い段階から介護が必要になる人が約半数います。大きい病気やけがで一気に機能が低下してそれだけで介護が必要になる人たちもいます。リハビリ等で一時的に回復しても段々機能が低下していきます。
介護予防のために積極的に筋トレに取り組んでいただきたいのは、比較的介護度が軽い人、ないしは、介護は受けていないが、ぎりぎりのところにいる人たちです。身体を使わなくなることで機能が衰える機序はいろいろなきっかけがあり、これを総称して老年症候群とよんでいます。転倒、失禁、低栄養等々さまざまです。一度転ぶことによって、けがや骨折をしなくても心に傷が残り、転ぶことが怖いと感じるようになることがあります。そうすると、積極的に外出がし難くなります。今まで行けた所にひとりで行けなくなり、生活の幅がだんだん狭くなり、日常的な活動量が低下し、機能低下につながってしまいます。失禁することがあると、トイレの失敗が気になって、仲間と連れ立っての一泊旅行などに行き辛くなり、だんだん人付き合いが悪くなって、閉じこもりがちになってしまいます。他人に相談し難いことであり、病院へ行っても、何か処方して直してくれるようなことはありません。歳だから仕方がない、と片付けられてしまいます。
一つひとつは重篤なものでなく、ちょっとした生活の不具合がきっかけです。身体を使う機会が少なくなり、廃用が身体にふりかかってきます。まず局所性の廃用で筋肉が細くなり、全身性の廃用として心肺機能が低下、いわゆる持久力が低下します。また精神神経症の廃用として鬱状態を呈するようになります。大体この三つがセットとして現れます。きっかけを見つけ出して、どれだけ早期に対応するかが予防につながります。さらに進むと介護が必要になります。要支援、要介護1の方々の5割はこのパターンです。どこで食い止め、何をしてもらうか。やろうとしていることはそんなに難しいことでないのですが、見つけ難いのが問題です。初期には本人にすら自覚がないほど小さい障害でしかありません。自分の身体は自分が一番分かりますから、自分で自分の身体に問い掛ける機会をたまにはもったほうがいいでしょう。
どこをチェックするか。東京都老人総合研究所の「おたっしゃ健診」を紹介します。21の質問項目を自己チェックしてもらい、例えば体力が低下している人にはこういった筋トレをしましょうという具合に判定します。運動関係でいえば
・この1年間に転んだことがあるか
・外出(遠出)がひとりでできるか
・ひとりで1kmぐらい続けて歩けるか
・ひとりで階段の上り下りができるか
・物につかまらないでつま先立ちができるか
・握力が、男性で29kg以上、女性で19kg以上あるか
・目を開いて片足で立つ時間が、男性で20秒以上、女性で10秒以上か
・5mを普通に歩く時、男性で4.4秒未満、女性で5秒未満か
等が項目にあり、該当する人は改善できるような取り組みをしましょう、ということになります。歩行のチェックは簡単にできます。10mの距離をできるだけ速く歩き、何秒かかるか。7.5秒で分速80m、6秒なら分速100mです。歩行速度は生命予後、健康予後との相関が高いといわれています。高齢者の身体機能を最もよく反映しています。脚の力と歩行速度は正の比例関係にあります。脚の力は専門の機械がないと計れませんが、歩行速度はストップウオッチと10mの距離がわかれば計れます。
速く歩ける人は脚の力が強く、速く歩けない人は脚の力が弱い。脚の力が弱いと全身の筋力が落ちていると考えられます。脚の力は一番大きな筋力ですから、歩行速度で大体その人の体力レベルがわかります。高齢者の平均は100〜120m/分で、10mを6秒位で歩ければ、元気な高齢者です。自信をもってください。7.5秒以上かかるようであれば体力の低下を疑った方がいいでしょう。区分としては虚弱な高齢者の範疇に入りますので、トレーニングで改善することを考えましょう。
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