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No.39 |
受身の生活と動脈硬化
(2/2)
ベトナム戦争で戦死した兵士の血管を調べたら、10代後半から動脈硬化があることがわかりました。一方、日本の小学生はここ30年間で肥満が3倍になりました。ある地域の小中学生に血液検査をしたところ、高脂血症が約20%、脂肪肝と肥満が10数%、さらに高血圧が1%だったと報告されています。また、10代の小児の98%に動脈硬化の初期病変が認められるなど、今や日本では大変な状況になりつつあります。動脈硬化の危険因子としては、男性は45歳以上、女性は閉経後ですが、歳をとればとるほど危険度は高まります。家族歴、高脂血症、高血圧、糖尿病、運動習慣、A型気質、人種、ライフスタイル等々も影響するといわれます。
動脈硬化の程度を知るには、頚動脈のエコーがお勧めです。予防は危険因子対策ということになりますが、高血圧の方は薬を飲んでいただきます。高脂血症は遺伝的な影響が大きいので薬が有効です。糖尿病はいい薬がありません。インシュリンの注射は高血糖を放置すると死に至るので仕方なくするのであって、多量のインシュリンは、本当は身体に悪いのです。そこまで行く前に何とかしなければならないのです。食欲抑制剤、いわゆる痩せ薬はあることはありますが、永遠に使うことは認められません。サプリメントが流行っていますが、科学的に有効性が確認されているものは少なく、無難なものでビタミンC、Eでしょう。
これら全てに効果があるのが運動です。運動によって血圧が下がるし、総コレステロールは肥満が改善されればよくなるし、中性脂肪が減って、善玉コレステロールが増えます。糖尿病2型も肥満に関係するし、狭心症、心筋梗塞でも運動をしているほうが長生きするとのデータがあります。がん、骨粗しょう症にも効果があります。体力が増進し、抗酸化能が改善され老化を防ぎ、結果的に健康寿命が延びます。
いいこと尽くめですが、これには科学的根拠、確固たるデータがあります。アメリカの心臓発作発生率の例ですが、週に500cal以下、つまり殆ど運動していない人たちは、年間1万人当たり70人の発症ですが、それに対し週2000kcal、1日1万歩に相当する運動をしている人たちは、約30人になります。がん等を含めた全死亡でも、殆ど運動していない人たちは、70歳以上では約350人/1万人の死亡ですが、週2000kcal程度の運動習慣がある人たちは、そうでない人たちの半分です。ウォーキングだけの効果でも、ホノルルの日系人の調査によれば、1日1マイル以下しか歩かない人に比べ、2マイル以上歩く人は死亡率が半分になります。運動能力が高ければ高いほど健常者でも、心臓の病気を持っている人でも寿命が長くなっています。
運動と直接関係はないのですが、どれくらいの体格指数の人が長生きしているかのデータです。男性は22〜25、女性は19〜23です。これよりも少なくても多くてもよくありません。理想の体格指数を22とすると、体格指数=体重(s)÷身長(m) ÷身長(m)から、長生きするための理想体重を割り出せば、男性で170cmあれば63.5s、女性で160あれば56kgになりますが、厳しい値です。少し多目でもいいでしょう。
狭心症の治療ですが、血管が1本だけ細い場合で、薬で胸痛が起きにくくなっていれば、薬でも、風船で広げる手術をしても寿命は同じといわれています。日本ではできないことですが、ドイツで風船治療と運動療法をくじ引きで分けて比較してみたところ、明らかに運動療法グループがよい結果となったようです。風船療法では治療した病変だけの効果ですが、運動は冠血管全体(心臓の血管)に効果的です。しかし虚血・狭心痛をほっておくとそれだけで不整脈がおきることもありますので、胸痛をコントロールすることが大前提です。
運動を始めましょう。歩くのが手っ取り早い方法です。基礎体力をつけて徐々に運動量を増やしていきましょう。走れるようになればもっといいのですが、無理をすることはありません。闇雲にやるのがよくないのです。ある程度の年齢になったら、「体力を過信するな」が鉄則です。狭心症、虚血性心疾患、熱中症、慢性疲労症候群、けが、溺れ等々に注意しましょう。
心臓に動脈硬化が起きているかもしれませんので、簡単なメディカルチェックを受け、運動に差し支えないかどうか調べることが大切です。実際に運動してチェックしますので、どのくらいできるかわかるので、その範囲の運動をすれば問題はないということになります。仮に何か起こったら、もっとも重大なのは心室細動・心停止ですが、医者でなくても使える除細動器があります。
運動は全身を使う方がいいです。昔は30分といわれましたが、5分でも10分でも続ければ有効なエネルギー消費になることが、最近のデータでわかってきました。1回で疲れ切ってしまうと次にやる気がしません。適度に余力を残すようにしましょう。
1日1万歩と週2000kcalが見事に符合します。日本人の平均摂取カロリーは約2100kcal程度ですが、普通に生活していれば約1800kcal消費し約300kcalが余り、体脂肪になります。300kcalに相当するのが1万歩で、週にすると2000kcalです。
300kcalはどの程度の運動なのか。歩くと2時間、速歩1時間、ジョギング30分、自転車ですと歩くより少し短い時間で済みますが、いずれにせよ、気持ちよく運動することが大切です。運動の種類にこだわるべきでありません。ゴルフは歩くのと同程度、階段昇降は40分ですがきついです。テニスはジョギング程度です。縄跳びはきつい。短時間に全身の運動ができますが、いきなり縄跳びから始めないほうがいいでしょう。足を悪くします。ただ、できるようになるとどこででもできますので、旅行に縄跳び用具持参はお勧めです。
ストックを持って歩くノルディックウォーキングを勧めると「恥ずかしい」という方がいますが、冬道など転びにくくなるので非常にいいと思います、特に北海道では。恥ずかしがらず、自分が広める、というくらいの積極的ライフスタイルが大切です。何か作るときには、自分であちらこちらに材料を買いに行って作るに限ります。エネルギーの消費にもつながります。
一日に1000歩でも余計に歩くと血圧が下がるし、少し痩せてくるという報告があるようです。時間にして10分ちょっとです。昨日よりちょっと余分に歩く感覚をもちましょう。そうすれば、実際は、1000歩以上余分に歩いているでしょう。
継続が大切です。運動の効果は1回で2〜3日持続します。薬の場合は効果が次の日には切れます。だから毎日飲まないといけないのです。運動は少なくとも2〜3日は効果が持続しますので、これをつないでいくことを考えると、週3回以上を確保すればいいのです。
たばこと運動はどう関わっているか。JTの株価が全然下がっていないし、若い女性の喫煙が増えています。先進国でタバコの宣伝が許されているのは日本だけです。情けないことです。喫煙と運動と死亡率(年間)の関係をみると、「吸う、運動する」人は「吸わない、運動しない」人にかないません。もちろん「吸わない、運動する」人が最も死亡率が低くなりますが、運動することより、禁煙することの方が重要のようです。
たばこはいろいろな害があるます。肺がん、肺気腫、慢性気管支炎は確実、動脈硬化も確実、胃潰瘍は治らない、口臭、しみ、小じわ、口のがん、脚の血管が詰まる等々です。
生活習慣病、メタボリックシンドロームに世界の人はどう取り組んでいるのか。生活習慣病に匹敵する言葉があるのはアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、スウェーデンといったところです。このほかの国が困っているのは飢餓で、約3秒に1人死んでいます。次いで感染症、マラリアでは30秒に1人死んでいます。このような国から資源を買い漁ってきて、日本では生活習慣病の薬を作っているのです。もし日本人、欧米人の1人が、運動習慣あるいはきちんとした食生活を身につけ、生活習慣病を克服できたら、浮いた医療費で数千人の命が救えるのです。自分だけの問題ではないのです。
こんなに医療費が増えていますが、国民1人当たりの累積債務は世界一、日本は空前の借金大国になっています。医療費援助はプラスの方向に行くはずもなく、SARS(重症急性呼吸器症候群)のような感染症が流行りだしたら、生活習慣病の人は自業自得ということで切り捨てられるのは必至です。その前に何とかしておかなければなりません。自分の身体は自分で守ることです。
*2005年10月5日、札幌「かでる2・7」で開催した健康講座・講演と運動実技紹介篇(主催:北海道心臓協会、北海道新聞社)での講演です。(文責:北海道心臓協会・遠藤)
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