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No.39 |
受身の生活と動脈硬化
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スポーツドクター 沖田 孝一さん |
<浅井学園大学生涯学習システム学部健康プランニング学科教授=循環器病学、スポーツ医学、予防医学、健康科学。旭川医科大学卒業。北海道大学大学院医学研究科循環病態内科学分野。医学博士。北海道大学大学院医学研究科循環病態内科学分野非常勤講師。日本体育協会認定スポーツドクター。日本医師会認定健康スポーツドクター> |
私は元々循環器内科医で長年心臓疾患を診てきましたが、心筋梗塞による死亡率はここ10年、同じです。治療方法は発達しているのですが、死亡率は変わりません。なぜでしょうか。病院に着く前に亡くなってしまう人の数が全く変わらないからです。そこにメスを入れなければ根本的な解決になりませんし、そのためには、予防医学の見地からそうならないようにするしかありません。
最新のニュースによれば、昨年、日本で健康診断を受け、どこにも異常がなかった人は12.3%しかいなかったそうです。異常として多いのは肝機能異常です。これには二通りあり、γ−GTPはお酒を飲んでも上がるので、大したことではありませんが、問題はGPTが高くなる脂肪肝です。コレステロールが高いのも目立ちます。裕福になると脂肪の比率が高い食べ物でないと満足しないようになり、脂肪の摂取量が増え、肥満になりがちです。過去の最もいい時には健康診断正常者は30%だったようですが、現在では健診結果「異常なし」の人が急速に減ってきたということです。にもかかわらず、平均寿命は世界1です。しかしながら、日本では寝た切りの期間が2、3年あるのに対し、日本に次ぐ長寿国アイスランドや北欧の一部では、平均寿命と健康寿命の差があまりありません。つまり、寝た切りを寿命(健康寿命)とすれば、日本は世界1にはならないということでしょう。
そこで、きょうは運動不足、メタボリック症候群の考え方、動脈硬化の起こり方、治療、予防、それと喫煙との関連についてお話します。日本の医療費は急速に増えていて、昨年はとうとう30兆円を越えました。その1/3を占めるのはメタボリック症候群などを背景に起こった動脈硬化に起因する循環器系疾患です。
メタボリック症候群の診断は、非常にシンプルです。まず、内臓脂肪の蓄積が面積にして100平方cmを超えるかどうかです。これをお腹周りにすると、男性なら大体85cm以上、女性は90cmになっていますが、女性の基準は現在見直されています。肥満タイプとしてはリンゴ型、つまりお腹が出っ張っている肥満です。これに加え、(1)脂質異常(2)血圧高値(3)高血糖の3項目の内、2つ以上に該当するかどうかです。(1)は中性脂肪が150mg/dL以上−これは結構引っかかります−、善玉といわれるHDLコレステロールが40mg/dL以下のいずれか、あるいは双方に該当するか否かです。(2)の血圧基準は最近厳しくなって130/85mmHg以上。(3)は空腹時の血糖値が110r/dL以上とかなり厳しくなっており、中高年者のおよそ3、4人に1人は該当するでしょう。
動脈硬化性疾患の母体になっているのがメタボリック症候群です。最近になってこの病名が定着してきましたが、昔から、小太りで、血圧が高くて、中性脂肪値が高く、糖尿病ではないが血糖値に異常がある人が、非常に高率に、心筋梗塞や脳梗塞を起こすことがわかっていました。ただ、このような疾患は、たまたま揃っているのだろうと思われていました。ところが、実は、一つの共通の原因があるためそうなっていることが最近になってわかり、このような病名になりました。なぜかわからないが、肥満があって、これらの二つ、三つが揃うと、一つ持っている人よりも何倍も脳梗塞などを起こしてしまうので死の四重奏、ときにはシンドロームXと呼ばれていました。少し原因がわかってきてインシュリン抵抗性症候群あるいは内臓脂肪症候群と呼ばれた時期もあり、今はメタボリック症候群に定着しました。
日本の働く人たちのデータを見ても、心血管疾患発症率は、肥満、高中性脂肪、高血圧、高血糖の四つの内、一つもない人を1とすると、一つあると5倍、二つで約10倍、三つ以上ですと30倍になります。このようなリスクの重積に伴う心血管疾患は最近どんどん増えており、何とかしないと医療費は抑えられないということで、厚労省の取り組みも積極的です。
女性は皮下脂肪でお腹が出ていることもあり、それだけではわかりませんが、男性はお腹が出ていれば間違いなく内臓脂肪です。脂肪はただ体についているのではなく、昔は余分に摂ったカロリーを脂肪として貯蓄し、食べられない時にここからエネルギーを供給して生き長らえたのですが、今は貯まったものを使う機会がありません。それでは、ただ貯蔵されているのかというと、そうではなく、この蓄積された脂肪から有害な物質が分泌されるということがわかってきました。
脂肪組織が膨らんでくると、糖尿病を起こす物質、血圧を上げる物質など有害な物質が全身にばら撒かれ、先程のようなことが起こることが最近の研究でわかってきました。今もなお急速に研究が進んでいます。これら脂肪組織由来の生理活性物質の総称がアディポサイトカインです。アディポサイトカインの一部が代謝に悪影響し、動脈硬化を加速し、寿命を短くすることになるのです。
そもそも何が悪いのか?それは生活習慣です。ちょっと肥る、肥った脂肪からいろいろなものが出てきて糖尿病気味になり、血糖が上がり、高血圧になり、高脂血症になり、糖尿病が悪化し腎症で透析に至る。網膜症で失明、脚の血管が詰まる、脳梗塞、心筋梗塞になる等々、まさにドミノ倒しです。
男性は体脂肪計で計る必要はありません。お腹が出たら間違いなく内臓脂肪型の肥満です。女性の肥満は二通りあり、皮下脂肪型の人は健康状態にあまり問題がありません。しかし、過体重自体が原因で膝を悪くしたり、腰を悪くしたりすることがあるので、そういう意味ではいずれにしても適正体重がいいでしょう。
肥満の合併症としては、特に日本人は糖尿病になりやすい人種なので、かなり高い割合で糖尿病になります。それと高血圧、高脂血症、尿酸も当然高くなります。脳梗塞、心筋梗塞、睡眠時無呼吸、腎臓、胆石、脂肪肝等々です。がんの一部は肥満に関連した生活習慣病です。代表的なのは大腸がん、肺がん、乳がんで、運動習慣や肥満度に依存しています。その他の合併症としては生理不順、不眠などが挙げられます。統計学的に、肥満の人は交通事故が有意に多くなっています。
日本だけでなくアメリカ、ヨーロッパ等々でも、全般的に運動不足になっています。運動しないということは、体力が落ちているということです。階段とエスカレーターを目にしたらどちらを選ぶか。ちょっと階段を使ったら息が切れ、気がついたら物につかまって楽をしているということはありませんか。歩いて15分かかるのであれば車やバスを利用する。15分が分かれ道です。電車やバスでは空席を捜してしまうし、休日は家で何もしないでゴロゴロしている。潜在的に体力が落ちている証拠です。
運動しないのは時間がないから、仕事や家事で疲れているから、など、理由は立場で違うし、さまざまでしょう。でも、ネガティブな思考はよくありません。施設がないからできない、なんて言っていたら一生できません。生活習慣の中に運動を取り入れないと、1日300kcalの運動はできません。家での時間、通勤・通学時間を利用しないと、まとまった運動はとてもできません。
受身の人たちが運動不足になり、病気になりやすいのです。教えてくれる人がいなければ、自分で何か工夫すればいい。新しいものに挑戦することが肝要です。施設に通えば、行き帰りの歩行が運動になります。ポジティブに考えて受身にならないようにしないと、知らず知らずの内に運動量が落ち、体力が落ちます。体力が落ちると、もっと運動不足になってしまいます。
元々は自分が動いて、初めて食べ物にありついたのです。エネルギーを使って獲物をとる−バランスがとれていました。ところが、文明が進むと、歩かなくても遠くまで行けるようになり、自分で材料を集めて調理しなくても、直ぐ安く買え、高カロリーな物が一瞬にして手に入るようになりました。牛を捕まえる努力をしなくても、牛からとれるものを毎日食べられます。猛獣が大きな動物を倒すのは大変なことで、何度も狩に失敗して、やっと獲る。相当なエネルギーを使って、それでも3日に1回ぐらいしか食べられません。それを人間は毎日食べられるのです。肥らない方が不思議です。
ほんの一例ですが、ラスベガスの街中の歩道橋は真中が階段で、両側はエスカレーターです。殆どの人がエスカレーターを使います。空港などにある動く歩道に乗って立ち止まっている人。一体いつエネルギーを消費するのでしょうか。結局は肥満になり、自分が苦しむことになります。
若い時は体育の授業があったり、スポーツのクラブをやったりでいいのですが、仕事に就いたりすると、まず運動ができなくなります。ところが、運動ができなくても以前と同じくらい食べます。食事量は減らしにくいものなのです。運動しなくなっても間違いなく食べます。当然エネルギーは余ります。
今の日本人は、3、4人に1人は肥満です。積極的な、前向きな生活が必要です。人間は動かないとだめになります。「われ思う、故にわれあり」に倣って「われ動く、故にわれあり」といった人がいますが、動かないと人間的な機能が廃絶し、動脈硬化になり人間としての機能を失うことになります。
日本人の三大死因の筆頭は全年齢を通してがんです。60歳を過ぎると3人に1人で、長生きすればするほど、がんの危険度があがります。これに心疾患、脳血管障害、肺炎と続きます。男性では肺がんが多いのですが、喫煙率が80%だった世代が高齢になっているからでしょう。最近の喫煙率は50%を切りましたので、肺がんはいずれ減るでしょう。
大腸がんは増え、胃がんは減っています。胃がんは塩分摂取と関連があり、冷蔵庫がなく塩蔵が普通だった時代には高濃度の塩を摂っていたため胃がんによる死亡率は極めて高値でしたが、冷蔵庫と薄味が普及し、減ってきました。年齢調整すると女性のがんは明らかに減っているのですが、一方、肥満が増えていることで大腸がんと乳がんが増えています。乳がんの罹患は30人に1人です。
寝たきりの人が肺炎になり、なかなか治らないで死因になるケースが多々あります。寝たきりの理由は脳血管障害であり、骨粗しょう症でありで、その意味では高齢者の肺炎は生活習慣病に近いといえます。
死因のかなりな部分を占める循環器疾患では、心臓の動脈硬化が主であれば冠動脈硬化による虚血性心疾患、脳の動脈硬化が主であれば、脳梗塞、脳出血、詰まって直ぐ溶ければ一過性の虚血発作です。元になっているのは動脈硬化で、発症がたまたま心臓であったり、頭であったりしているだけです。もちろん両方の人もいます。私が循環器内科医になった頃には、心筋梗塞の人は脳梗塞にならないといわれていました。そのくらい合併している人が少なくて、症例報告がされたほどです。今は当然のように両方あります。
急速に栄養状態がよくなり、コレステロールの高い人が増えています。20、30年前の教科書では、糖尿病は日本人では稀な病気ということになっていますが、今は普通にある病気です。
動脈硬化はどう起きるのでしょうか。テレビ等の影響で、動脈がだんだん硬くなって中が細くなり、さらさら血液でないと詰まってしまうというイメージをお持ちの方が多いのですが、そのようなことはあまりないということが最近わかってきました。満遍なく細くなるのではなく、ある所にコレステロールなどを主体にしたプラークという動脈硬化の病巣ができ、盛り上がってきます。そこは非常に弱い組織で、裂けやすいのです。裂けると血管の中に血の塊を形成して詰まってしまい、心筋梗塞や脳梗塞を起こします。ここに注目して病気を予防しなければならないのです。プラークができてしまえば、つまり動脈粥状硬化が起きてしまえば、さらさらもどろどろも関係ないし、意味がありません。
さらさら血液がいいという理由に、どろどろだと毛細血管に詰まって病気になるからだといわれますが、毛細血管は動脈と組織が違うために動脈硬化はありません。特殊ながんの末期など(DIC)を除き、毛細血管が詰まる病気はありません。さらさら血液よりも動脈壁の硬化の予防です。コレステロールを増やさないようにしましょう。高血圧は血管壁に傷がつきやすくなりますし、糖尿病も血管を障害します。その元になるのが肥満です。喫煙は血管の内膜に傷害を起こすし、血管を痙攣させます。コレステロールを下げるだけでも、禁煙するだけでも心筋梗塞は起きにくくなります。血管壁をきれいにすることが大切です。
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