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No.31 |
講 演「自分で守れる心臓・血管病」
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札幌医科大学 第二内科教授
島本 和明氏
動脈硬化にどう対処/危険因子と向き合い自助努力を
きょうは北海道心臓協会の市民フォーラム2004に、たくさんの方にお集まりいただき、誠にありがとうございます。多くの方は、この後の養老先生のお話を期待しておいでいただいていると思いますが、北海道心臓協会の会でございますので、その前に50分間、心臓血管系の病気について一緒に考えさせていただきたい。心臓血管系の病気がどういう病気なのか、そしてどうして起きるのか、最後にどうすれば予防できるのかを、十分に理解していただきたいのです。
ご自身で努力すれば心臓血管系の病気は予防できますし、なってからでも良くなります。この点が癌と大変違います。少しでも皆さんのお役に立つお話になれば、と考えております。
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心臓血管系の病気がどういう病気なのか、これは、この間の長嶋さんのことをお考えください。心臓に血栓ができ、血管系を通って飛んで、長嶋さんの場合は脳に詰まって脳梗塞になりましたが、心臓の血管に詰まれば心筋梗塞、脚の血管に詰まれば閉塞性動脈硬化症になります。このように、心臓に原因があって全身の血管系に起きてくる病気、これが心臓血管系、循環器系の病気です。
長嶋さんのああいったことを繰り返さないために、皆さんにも気をつけていただくために、これからのお話が少しでもお役に立てば幸いです。
きょうのお話は心臓血管系の病気のうち、特に自分で守れる病気、脳卒中とか心筋梗塞が中心になりますが、基本になるのは動脈硬化です。これは歳をとると誰でもなりますが、若くても動脈硬化を起こす人がいますし、そういう方は心筋梗塞も若くてもでてきます。動脈硬化にいかに対処するかは、大変重要なことです。最初に、動脈硬化はどういう病気なのかを、動画で見ていただきます。(編注:以下、スライド等資料の掲載は割愛しました)
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血管の中には非常につるつるしてきれいな内皮があり、赤血球、単球、コレステロールなどいろいろなものが回っております。血圧、コレステロール、糖尿病などが原因でこの壁に傷がつくと、そこに単球がくっつきます。障害された壁についた単球は、内皮細胞層を横断して中に入って行きます。血管の中のこれをマクロファージといい、内皮の下でいろいろ悪さをします。
血管平滑筋が引っ張り出され、増殖していきます。さらにここでは黄色いコレステロールが血管の中に入ってきて、これを食べます。そして、泡沫細胞といって先ほどの単球が増え、だんだん膨れ、狭くなっていきます。そのうち一部弱い所、薄い所があると、血圧などが上がりますとここに傷がつきます。傷がつくと血小板が集まってこの傷を防ごうとし、血がだんだん固まって、最後に、完全にここで閉じてしまいます。そうすると、その先に血が行かなくなりますから、もしこれが心臓のここに起きると、この先の心筋が死んで心筋梗塞になってしまうわけです。
こういう動脈硬化がどうやって起きるのか。肥満の方、糖尿病の方、コレステロールの高い方、血圧の高い方、煙草を吸われる方―これらは直接内皮を傷害し、単球がついて動脈硬化が始まる要因になります。さらにストレス、加齢と年齢、性別、虚血性心臓病の家族歴も動脈硬化になりやすい要因と言われています。なお、性別では男性のほうが女性よりずっとリスクが大きいです。
これらの中で、年齢と性別と家族歴だけは選んで生まれるわけにはいきません。ということは、肥満、糖尿、高血圧、高脂血症、煙草、ストレスなどは自分で努力すれば動脈硬化を予防できるし、仮にいま病気になっていてもそれ以上進展させないで、さらに時間をかければ良くすることもできる、ということです。
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さてここで、きょうの話の内容ですが、まず動脈硬化を起こす非常に重要な要因である糖尿病、高血圧に代表される生活習慣病とは一体どういう病気なのか。それから、日本で大変怖いと言われている糖尿病はどうして怖いのか、どういう病気なのか。次に高血圧、高脂血症そして肥満。最後にこれらの病気の管理、そして虚血性心臓病に対して風船で膨らませる治療をしていますが、そういったところまで紹介したいと思います。
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最初に生活習慣病。皆さんはよくこの言葉をお聞きになると思いますが、生活習慣病とは何か、一緒に考えてみたいと思います。
アイスマンについてお聞きになったことがありますか。1991年に新聞でも大きく取り上げられましたが、チロリアンアイスマンというイタリアとオーストラリア国境のアルプスで発見された、ミイラではないのですが、古代人の死体です。氷河にはさまれていたのが、氷河が融けてきて偶然発見され、アイスマンと名づけられました。
この人をいろいろ医学的に調査し、既に論文もたくさん出ております。遺伝子を含め非常に詳細な調査が行われ、その結果、この男性は5,300年前の古代人で、骨格も遺伝子も現代人と全く違いがない、ということが分かっております。すなわち、遺伝子から見ると人間は5,000年前も10,000年前もほとんど変わっていないということです。
ただし、先ほどのスライドにもありましたように、痩せこけており、怪我も大変に多かった、というのがよく観察した結果です。すなわち、古代人にとっては飢餓と怪我との戦いが生活そのものであったわけです。
医者はいませんし、病院もありません。そういう場合は怪我に強い人間が生き残ります。どういう人が怪我に強いのか。まず出血。出血多量で死んだら困りますから、いかに血を固めやすくするか。たくさん血が出ますと血圧が下がりますから、いかに血圧を維持するか。こういう機能のしっかりした人が生き延びていくわけです。
それから飢餓。たとえば、きょうは猟があったからたくさん食べた。しかし、1週間も食べられない時があるかもしれない。そういう場合は、身体にエネルギーを蓄積できる人、すなわち糖、脂肪、塩分を溜め、これらを摂れなくても1週間辛抱できる人が長生きできたのです。 こうして淘汰され、現代に引き継がれてきました。何万年もの歴史の過程でこうなってきました。
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こういったことを起こす遺伝子のことを、倹約遺伝子といっております。倹約遺伝子は飢餓、怪我に耐えられるような遺伝子で、結局、人間が昔生き延びるために絶対に必要な遺伝子でした。
しかし、それがここ僅か50年の間に飽食の時代になり、それまで怪我や飢餓で困っていたのが、一転、一気に過食、運動不足という事態になりました。この生活習慣の異常から生まれたのが高血圧です。
考えてみてください。血が固まりやすい人は、怪我に備えてそのようにできていますが、この度が過ぎたらどうなるか。頭の血管で血が固まったら脳梗塞、心臓の血管で固まったら心筋梗塞です。ですから、この傾向が強くなり過ぎると、こういう病気になってしまいます。
血圧を維持しよう―それが生きる条件だったのに、いまは塩分もしっかり摂ることができます。そうすると、血圧が高くなりやすい人が脳卒中になりやすい、ということになります。エネルギーを溜めるという、食べられない時のためのことが、いつも食べられるようになったら、もう糖なんか溜めなくてもいいのに溜めっぱなしになり、太って、糖尿病になってしまいます。高脂血症も同じです。
すなわち、倹約遺伝子という本来人間が生きていくために必要な遺伝子が、いまや、たった50年の飽食の時代の間に、敵になってしまったのです。本来守るべきものが、人間にとって完全に敵になったわけです。運動不足、過食の生活が続けば当然、高血圧、肥満、糖尿病、高脂血症になり、動脈硬化を起こし、生活習慣病とよぶ脳梗塞、心筋梗塞になっていくのです。
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いままで人類を守るために淘汰され、研ぎ澄まされて残ってきた遺伝子が敵に回ってしまったということは、それを敵にしなければいいわけです。考えてみると非常に簡単なことですが、それがなかなか実現できません。食欲を含め、なかなかできないことです。 それが生活習慣病と呼ぶ由縁でありますから、結局、過食や運動不足という生活習慣を改めることができれば、これら生活習慣病をかなりの部分予防できます。これが、きょうのお話の結論のようなものです。生活習慣病、これは神に与えられた作られた病気ではなく、自分が作っている病気です。これをよく分かっていただきたいのです。
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さて、その中で代表的な、特に最近増えている怖い病気といわれているのが糖尿病です。ある患者さんの例をご紹介しましょう。 働き盛りの猛烈社員タイプ、59歳、男性、会社役員。この方は過脂の改良、視力障害、浮腫の検査で入院ということになっております。既に40歳時の健診で糖尿病、高血圧と言われ、高脂血症、肥満も指摘されました。しかし、忙しいということで病院には行きませんでした。よくあることです。
52歳の時、血糖280。高いですね。近くの病院で糖尿の薬が出されておりましたが、薬はちゃんと飲まない、酒は飲む、煙草は止めない。55歳の時、のどが渇く、だるい、手足の痺れが強くなって近くの病院に行ったら「もう駄目です、絶対入院してください」と言われたが、仕事が大事だからと外来だけでの治療をお願いし、糖尿病と高血圧の薬をもらう。しかし、忙しい方ですから夜の宴会は続く、お酒は止められない、体重も減らない。
58歳で視力障害、足の潰瘍、だるい、浮腫で、医師から「これ以上外来では診られない。今度こそ入院しないと責任は持てない」と言われ、ようやくうちの科に入院した患者さんです。入院して間もなく、足に壊疽ができ、残念ながら、ここで足を切断しました。こういう患者さんは、うちの科では年間5、6人は必ず入っております。 入院してから患者さんが話したことです。
「こんなにひどくなるとは思ってもみなかった。こんなことならお医者さんや女房の言うことをもっと聞いていればよかった。糖尿病の患者は身近にたくさんいるが、皆さん普通にやっていて、大した病気だとは思っていなかった。こんになってわかりました、糖尿病は本当に怖い病気なのですね」。でも、こうなってからでは遅いのです。
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