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No51 |
心臓病患者さんの健康旅行術
〜安全・安心のための基礎知識〜
(1/4)
筒井 裕之氏
今日は「心臓病患者さんの健康旅行術」というタイトルでお話しさせていただきますが、皆さんの中には旅行をするのは嫌だという方は多分おられないんじゃないか、逆に旅行にはぜひ行きたいと思っておられるのではないかと思います。
ただひょっとして、旅行中に病気が起こったらどうしよう、病院にでも入院することになったらどうしよう、一緒に行ってくれた方に迷惑がかかったらどうしよう、そういうことを考えると、じゃあやっぱり止めておこうかとなるかもしれません。本来楽しいはずの旅行が病気を起こしてしまうと台無しになってしまいます。心臓に病気のある方は、やはりどうしても旅行にでかけることにおっくうになってしまいます。心臓に病気のある方が旅行をされるときに、こういうことに気をつけていただいたらよろしいということを今日はお話しさせていただこうと思っています。★
旅行では、日常生活とは違う場所に行きますし、日常とは違う時間を持つわけですから、これほど人生を豊かにするものはないと思います。最近ある雑誌を見ておりましたら、旅にはこんな効果もあるそうです。女優の小雪さんの写真とともに「女は旅できれいになる」と書いてあります。旅行にこんな効果があるのだったら、これはすごいですね。
旅行も色々あります。歩いて行けるくらいのところも立派な旅ですが、病気の方が注意が必要なのはやはり何といっても海外旅行です。日本から海外旅行に行った方の人数は、40年近くの間に随分増えました。1970年頃海外旅行に行っておられた方は大体70万人くらいだと言われています。それが年々増えてまいりまして、一番最近では年間に1700万人ということですから、この40年くらいの間に飛躍的に海外に行く方が増えたということになります。今では海外旅行というのは、私たちの生活の中で全く特別なことではなくなってきているわけであります。
従って、虚血性心疾患、心筋梗塞、それから不整脈、さらに心不全といった心臓の機能が低下してしまうような病気、色々な心臓の病気がありますが、そういった心臓の病気を持っている患者さんが海外旅行に出かけるというのは、もう全く普通のことになったわけです。★
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しかし1700万人も海外旅行に行かれると、旅行中に極めて不幸にして病気でお亡くなりになるという方があるわけですが、そのほとんどは循環器系の疾患、それから脳卒中などの脳血管障害と言われています。がんの患者さんが海外に行かれたことによってがんが悪くなり、そこで不幸にしてお亡くなりになるということはないわけです。少なくとも日常の生活で元気にしていた方が海外に行って突然お亡くなりになる、病気になるというのは、やはり心臓の病気というのが非常に多いわけであります。
実際に海外に行くとなりますと、船で行くということもできますけれども、ほとんどの場合、飛行機を使うことになります。これは少し前のデータですが(図1)、イギリスの航空会社で、9ヶ月くらいの間に飛行機の中で発生した病気910例の内訳が論文に報告されています。非常に軽い病気もありますし、非常に重症な病気のこともあり、色々な重症度を含んでいますが、一番多いのはやはり消化器の病気です。その次に心血管系、いわゆる循環器の病気、それから脳血管障害など神経の病気、そして迷走神経反射というのがあります。この四つが非常に多いということで、やはり飛行機の中でも循環器系の疾患が多いということがおわかりいただけると思います。★
そうしますと、まず旅行に行くというときに、海外旅行に行けるかどうかということを考えていただく必要があります。患者さんが外来にお見えになったときに、「こういう状態なんですけれども、海外に行っていいでしょうか」という相談をよく受けます。そういうときに、まずこの2つの点を判断するようにいたします。
ひとつは、まず心臓の病気を持っておられる。これに関しては現在の病気の状態としてどうか。そして、旅行そのものができるかどうか。当然ですけれども、そういうことを判断いたします。
2番目には、国内でもそうですが海外旅行に行かれるという場合、やはり航空機を利用する場合が多いわけですので、飛行機に乗ることができるかどうか。飛行機に乗れないと海外に行くのはかなり難しくなりますので、飛行機に乗れるような状態かどうかというのを判断いたします。
そう申し上げると、飛行機には普通どおりの生活をしているから乗れるだろうと思われるかもしれませんけれども、飛行機の中の環境というのは我々が今いるところとは随分状況が違います。飛行機は3万3000フィート、1万メートルくらいの空を飛ぶわけですが、このときに飛行機の外の気圧というのは0.25気圧。地上の気圧は1気圧ですから、それの4分の1くらいの気圧しかないわけです。気温もマイナス40度からマイナス55度と、とてつもなく寒いわけです。湿度はほとんど0%です。
ですから、飛行機は機内の環境と機外の環境を当然分けていまして、機内は、できるだけ今我々がここで暮らしている環境に近いものとなっています。では全く同じかというとそうではありません。機内の気圧は0.8気圧ということで、1気圧よりもやっぱりちょっと低い気圧になっています。0.8気圧というと、これは海抜2300メートル、富士山の5合目くらいに相当する気圧です。従って、皆さんが飛行機に乗って東京に行かれるというときには、富士山の5合目くらいで1時間余りを過ごすわけです。海外に行くと、これが10時間以上続くという場合もあるわけです。なぜ気圧が低いと問題になるかといいますと、気圧が低い分、空気の中に含まれている酸素の量が少なくなっているわけです。ただ、病気のない方ですと、これくらい空気の中の酸素が薄くなっても、すぐに問題になるということはないと言われています。しかし、もし酸素吸入をしておられる患者さんは、さらに酸素が少なくなりますので問題になってきます。
気温は24度くらいに保たれていますが、湿度が10%から20%と非常に低くなっています。通常の生活では50%、あるいはもっと湿度があるわけですが、この10%から20%というのはかなり湿度が低いので、当然脱水を起こしやすくなってきます。★
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飛行機に乗ること自体に問題があるので旅行の延期、または中止を考えたほうがいいという病気があります。これは(表1)主に心臓と血管の病気ばかりを挙げておりますけれども、先ほどの酸素がちょっと薄くなる、それから湿度が低いので乾燥しやすいといったようなときに、このような病気をお持ちの方は気をつけていただく必要があるので、できれば延期なり、もしくは中止しないといけないという場合もあります。
一番よくある心臓の病気では急性心筋梗塞があります。これは心臓を栄養する冠動脈という血管が詰まってしまうという病気です。それでもしばらくたつと、だんだん心臓の状態というのは回復してきます。しかし2週間から3週間以内は海外旅行はさけた方がいいですね。それから、心筋梗塞になる手前に不安定狭心症という、狭心症としては不安定な状態という病気があります。こういうときはやはり狭心症発作が非常に起こりやすくなっていますので、やはり非常に困るわけです。また、狭心症の治療で冠動脈インターベンションという狭くなったところを風船で広げたり、金属の針金を置いたりという治療を受けた2週間以内はできません。それから、冠動脈バイパス術という血管の細くなったところにバイパスをつなぐという心臓の手術も3週間以内はさけたほうがいいでしょう。従って、この表の1〜3というのはいずれも心臓を栄養している血管である冠動脈の病気で、それが落ちついていれば良いのですがどうも落ちついていない、もしくはこういう治療の直後は、飛行機に長い時間乗っての海外旅行というのは避けていただくほうがよろしいです。ただ、時期を過ぎて安定すれば、多くの患者さんで飛行機に乗って海外旅行に行っていただくということは可能です。
ただ、4番目以降の患者さんは状態を見て、旅行に行けるかどうかを判断しないといけないということになります。重症な心不全、それから先天性の心臓の病気、特に心臓の中に穴があったりして、心臓の中の血液の酸素濃度が非常に下がりやすくなるタイプの心臓の病気の方、そういう方は、やはり非常に酸素が下がってしまう状態は問題になるということがあります。心臓の弁膜症という弁の病気、肺高血圧という肺の血管の血圧が高くなってしまう病気、治療でなかなかうまくコントロールできない不整脈なども問題となります。
高血圧は非常に多い病気で、日本に患者さんが4000万人くらいいると言われていますので、この会場の中にも高血圧と言われていたり、治療を受けている方がかなりおられるんじゃないかと思います。高血圧だけですと、高血圧のために旅行できないということはあまりありませんが、血圧が非常に高い状態やコントロールがなかなかうまくいかない、あるいは180/120というような高い血圧がずっと続いていて、なかなか血圧が下がってこない患者さんでは、少なくとも血圧をきちんとコントロールしてから、旅行を考えていただくほうがよろしいということになります。
このような病気をもっておられる患者さんは主治医の先生によく相談をしていただいて、飛行機に乗って海外に行って良いかどうかをぜひお尋ねになっていただくようにお願いします。そうすると、主治医の先生が、これだったら旅行は大丈夫ですよとか、こういうことをきちんとしてから旅行に行くことを考えてもらいましょうといったようなことを皆さんにお話ししていただけると思います。
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