NO.8
|
メタボリックシンドローム(その2)
札幌医科大学第二内科斎藤 重幸さん
肥満が招く生活習慣病
1.肥満と肥満症
肥満が生活習慣病の原因になることはみなさんも聞いたことがあると思います。このことに実感を伴うか否かは人によって違うでしょう。若い方は多少の肥満であっても、血圧も高くなければ、コレステロールも高くない、もちろん糖尿病でないという人が大多数です。肥満は見た目の問題でもあります。見た目がよいか、悪いか。見た目で誰もが太りすぎ、「肥満」と感じるのは、標準体重より20%以上の体重が有る場合といわれています。反対に痩せすぎ「るいそう」はBMI18.5以下の場合をいいます。現代の日本人の若年(10〜40歳代)の女性はこの「るいそう」の割合が多くなっており、これによる健康障害が心配されます。この見た目の問題からの痩せ願望の行き過ぎも問題となります。
女性とは反対に男性では全ての年齢層で肥満者が増えています。この場合見た目の肥満である標準体重より20%以上の体重過多をとるのではなく、BMIと言う指標で25以上を肥満としています(図1)。BMIで標準体重の20%以上は26.4となります。日本では見た目では太っているように見えなくても肥満はあるのです。男性では4人に1人以上が肥満となります(図1)。肥満の方がすべて健康障害を持つわけではありませんが、一つでも肥満に伴う健康障害(図2)を伴うと肥満症というりっぱな病気となります。
2.メタボリックシンドロームと肥満、生活習慣病
メタボリックシンドロームは肥満症でもあるわけです。肥満に伴って起こる高血圧、糖尿病、高脂血症はそれだけでは症状がありません。痛くも痒くも無い場合がほとんどです。
通常は自分で血圧を測定するか、検診で血糖高値、コレステロールの高値を指摘されてはじめて自分が生活習慣病であることを自覚します。症状が無いわけですから納得されない場合もあるでしょうし、必要以上に神経質になってノイローゼとなる方もいるかもしれません。痛くも痒くもないことですので、なんとなく放置される方も多いでしょう。多少、食事内容をかえたり、運動を始めたりするようなことを考えるようになるかもしれませんが、なかなか長続きしないのが普通です。あるいは医療機関を受診されお薬の服用をはじめるかもしれません。高血圧に対する医療費は年間2兆円を超える額となっています。検診は40歳以上の日本国民ならば年に1回は受けることが保証されています。この検診の機会を通じて多くの方は高血圧、高脂血症、糖尿病という病気が身近であることを知るのです。日本人では3300万人が高血圧、約1000万人が糖尿病かその予備軍と推定されています。
寝たきりを防ぐには
3.生活習慣病を治療するということ
ところで、高血圧、高脂血症、糖尿病を早期発見し、管理、治療する目的はなんでしょうか。当面症状が無いわけですから、現在の苦痛をとるということではないようです。当然、将来的に起こってくる破綻を予防することが目的になります。この破綻が、脳卒中、心臓病であり「死」となります。高血圧、糖尿病、高脂血症は脳卒中、心臓病を起こしてくる元凶なのです。これを危険因子といいます。高血圧、糖尿病・糖尿病予備軍、高脂血症は心臓病、脳卒中の危険因子なのです。最も軽く見積もっても、高血圧の人はそうでない人に比較して2倍、糖尿病では3倍心臓病、脳卒中が起こる確率が高まります。明らかな糖尿病でないが、全く正常とも言い切れない状態を糖尿病予備軍とします。糖尿病予備軍でも心臓病発症のリスクは高くなります。不謹慎ですが、高血圧、糖尿病の末、心臓病となりポックリ死んでしまえばそれはそれでよいと考える方もいるかもしれません。でも、なかなかポックリは逝けません。医学は進み、人を生き長らえさせる技術は飛躍的に進歩しました。医療事故のことが種々言われていますが、日本の医療、医学のレベルは世界最高水準です。現在のところは、そして日本中どこにいてもその恩恵に預かるシステムが構築されています。しかしこれは完全ではありません。完全に元通りに回復しない場合もあります。障害を残し、寝たきりとなり、生活の質が損なわれる状態で余生を送るということもあり得るわけです。一方で人間必ず死にます。現在の日本人では年間約100万人の方がなくなります。1000人の日本人に8人の割です。脅かす訳ではありません。普通、自分はその8人には入らないと思ってよい確率です。
さて、年間亡くなる100万人の日本人の3人に1人が心臓病、脳卒中による死亡となります。そして、さらに恐ろしいのが寝たきりや障害の原因となるのは脳卒中、心臓病が多いということです。我々日本人はこのために膨大な費用を使っています。介護保険費用、老人医療費用として現在みなさんが最も関心のある部分です。自身のためにも、介護をする家族のためにも、また国家経済のためにもなんとか心臓病、脳卒中を防ぐことが必要になります。
4.今、メタボリックシンドロームを考えるわけ
心臓病、脳卒中を防ぐためにどうしたらよいのでしょうか?病院や診療所に通院することでこの予防が可能でしょうか?高血圧や高脂血症、糖尿病で病院にかかっている方は実際の患者数の半分にも及びません。症状が無いから放置する、あるいは検診さえ受けてないので自分が高血圧、糖尿病、高脂血症であることすら知らない。このような方は相当数存在するわけですが、やはり心臓病、脳卒中になる確率は同じようにあります。
また、仮に、全ての高血圧、糖尿病、糖尿病予備軍、高脂血症の人を見つけ出して、すべてのひとを医療機関に受診させたらどうでしょうか。数千万人の方が医療機関を受診し、お薬を飲み始めるとすると、日本の医療経済はますます破綻することになるでしょう。ではどうするのか?
糖尿病、高血圧、高脂血症になること自体を予防するという考えがどうしても必要になります。そこでメタボリックシンドロームが登場してくるのです。生活習慣病は、高血圧、糖尿病、高脂血症を総称する言葉ですが、メタボリックシンドロームはこうした心臓病、脳卒中の危険因子を発症させる状態そのものも指しています。メタボリックシンドロームはまさに生活習慣病なのです。毎日の食生活習慣が係わる肥満、運動不足、ストレスなどです。繰り返しになりますが、メタボリックシンドロームは肥満を中心としてそこにいろいろな危険因子が集まった状態をいいます。肥満を予防し、克服することが高血圧、糖尿病、高脂血症などの危険因子さえ予防し、ひいては心臓病、脳卒中を予防する。寝たきりにならないで長生きできる。こんな合理的なことはありません。通常は肥満をお薬では治しません。食事と運動によって太り過ぎを改善することしかありません。全く安上がりな方法になります。
5.肥満と危険因子の関係
ここでは肥満に危険因子が合併してくる理由を示します。すなわちメタボリックシンドロームが生じてくる仕組みを簡単に説明していきます。
肥満者では非肥満者に比較して2〜3倍高血圧の頻度が高くなります。どうしてなのでしょうか。血圧とは動脈の内腔の圧のことですが、これは心臓から出る血液の量(これを心拍出量といいます)と血管の堅さ(これを血管抵抗といいます)で決まります。蛇口に繋いだゴム製のホースを思い浮かべて下さい。蛇口からの水の量が多いとホースの内圧は上がります。ホースの壁が硬くなって弾性を失っていると内圧は上昇します。肥満者では身体の容積が大きいわけですから、そこに十分に血液を廻らせるために血液の量は多くならざるを得ません。肥満者では心拍出量は増加しています。また、肥満者ではカテコラミンというホルモンの働きが強くなります。カテコラミンが働くと血管は収縮し血管の壁は固くなり抹消血管抵抗は増します。これらのことが組み合わさり血圧は上昇することになります。簡単な仕組みの一つを示しましたが、この他にも肥満で高血圧となる機序には多くのことが知られています。いずれにしても、体重が増えると血圧は上昇し、減量すると血圧は低下することは、よく実感されることであると思います。
(続く)