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NO.23 |
高血圧診療の新しいガイドライン
日本高血圧学会 高血圧治療ガイドライン2019について(後編)
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北海道大学大学院医学研究院 循環病態内科学
岩野 弘幸 氏
●個々の背景に応じた降圧目標(表2)
降圧療法は、患者さんの年齢や合併症に応じて定められた値を目標に行われます。一般に、糖尿病を合併していたり、すでに動脈硬化が進んでいたりするような患者さんでは厳格なコントロールが行われるように推奨されてきました。2019年のガイドラインでは、多くの研究で合併症のない75歳未満の成人患者さんにおいても到達血圧の平均が130/80 mmHg付近の厳格治療が心筋梗塞や脳卒中、心不全などの発症や死亡を減らすことが認められたことから、これらの例においても目標となる値がそれまでの140/90 mmHg未満から130/80 mmHg未満に引き下げられました。また、2014年のガイドラインでは初期の目標が150/90 mmHg未満であった75歳以上の高齢者でも、降圧治療による臓器障害に注意しながら、治療当初から140/80 mmHg未満を目標とするように改められました。狭心症や心筋梗塞などの冠動脈疾患患者さんでも、降圧目標が140/90 mmHg未満から130/80 mmHg未満に引き下げられました。
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●高血圧管理の向上に向けた取組みと今後の展望
前編でも述べましたが、高血圧診療の進歩にもかかわらず、高血圧患者数は依然として多く、その57%しか治療を受けておらず、治療を受けているうちの50%程度しか血圧が140/90 mmHg未満にコントロールされていないという現状であり、この診療の進歩と現状との乖離は高血圧パラドックスと呼ばれています。高血圧パラドックスの背景として、服薬アドヒアランスの不良や不適切な生活習慣とともに、「臨床イナーシャ」が注目されています。イナーシャは、慣性や惰性と訳され「現状がだらだらと続いてしまうこと」を意味し、「高血圧であるにもかかわらず治療を開始しない、または、ガイドラインで示されている降圧達成目標値よりも高いにもかかわらず、治療を強化せずそのまま様子をみること」を意味する治療イナーシャと「難治性・治療抵抗性高血圧の原因を精査しない」ことを意味する診断イナーシャが含まれます。臨床イナーシャにより不十分な血圧管理が続けられてしまうのが、生命予後や脳心血管疾患の発症に影響すると考えられています。
高血圧のように自覚症状がなく、患者数が多いために国民の健康福祉や医療経済に大きな影響を与える疾患は、単なる診断・治療法の開発のみでは解決できず、個々の意識の変容に加えて社会全体としての高血圧への対策が必要です。これには、地域コミュニティのなかでの患者・住民の実情を考慮し、かかりつけ医、高血圧専門医、保健師・管理栄養士・薬剤師などの多職種の連携による取り組みが必要です(図2)。これと同時に、行政、マスコミ、産業界や学協会の密接な連動と協働によるポピュレーション戦略も重要とされています。![]()
●おわりに
高血圧治療ガイドライン2019をもとに、日本における高血圧の問題点、診断と治療について前編と後編にわけて解説しました。ご自身の血圧の値を知り、高血圧を予防するために生活習慣を見直し、血圧が高い場合には健康寿命を延ばすために適切な受診行動をとって頂いて、治療を続けていただくことが何よりも大切と考えられます。

