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高血圧の新しい治療方針
ー高血圧治療ガイドライン2 0 1 4 ー(後編)
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札幌医科大学医学部 循環器・腎臓・代謝内分泌内科学講座
准教授 三木 隆幸氏
2014年4月に第4版となる「高血圧治療ガイドライン2014」が発表され、前編においては、血圧測定法や高血圧の診断、降圧目標について解説いたしました。
今回は、合併疾患や臓器障害の有無による降圧目標の差異、具体的な治療法などについて述べる予定でした。しかし、4月4日に日本人間ドック学会および健康保険組合連合会(以後、ドック学会)から健康診断での新しい基準値が発表され、血圧値に関しては147/94 mmHgまでを「正常」とするという内容でした。この結果について、新聞、テレビをはじめ多くのメディアがとり上げ、「血圧147は正常」などと報じた結果、患者さんに高血圧診断に関しての誤解を与え、医療現場にも混乱をもたらしました。私も外来診療において、何人もの患者さんから「血圧基準が変わったのですね」「上の血圧は140をちょっと超えたくらいだから薬を止めてもいいのですよね」と聞かれました。
高血圧の診断基準における誤解を解くことが最も重要と思いますので、本稿においては、最初にこの問題について解説し、その後に合併している病気や年齢によって治療目標や治療法がどのように異なるのかについて触れたいと思います。
1 「血圧147/94 mmHgは正常」は間違い!
本年4月、ドック学会が、人間ドック受診者約150万人のデータから、約1万〜1万5千人の健康人の検査値をもとに、新たに血圧、血糖、コレステロール等、27項目の基準範囲を設定して発表しました。この中で、収縮期血圧は88〜147 mmHg、拡張期血圧は51〜94 mmHgが基準範囲とされています。一方、「高血圧治療ガイドライン2014」における血圧分類では、高血圧を140/90 mmHg以上としておりますので、収縮期血圧140〜147 mmHg、拡張期血圧90〜94 mmHgの方は、ドック学会の基準では「正常」、高血圧学会の基準では「高血圧」となってしまいます。
ドック学会が発表したデータは大規模横断調査であって、決して将来の疾病発症を予測できる前向き追跡研究(未来に向かって追跡調査し、後から発生する疾病を確認する研究手法)ではありません。言い換えると、今健康と思われる人の血圧の値ということであって、この値の範囲であれば大丈夫ということを示すものではありません。すなわち収縮期血圧140〜147 mmHgの人が将来心血管病(狭心症、心筋梗塞や脳卒中)を起こす可能性が少ないから大丈夫という成績を示したわけではないのです。一方、日本人を対象とした久山町研究、大迫研究、端野壮瞥町研究、NIPPON DATA80といった前向き追跡研究からは、血圧値が高いほど心血管病の発症頻度が増えるという明確なエビデンス(科学的根拠)があります。また、高血圧を治療することによって心血管病の発症が減ることも確認されています。このように、血圧が高いことによって将来起こりうる病気(特に心血管病)の予防も考慮して決められた高血圧診断の基準値が140/90 mmHg以上になります。この値は世界共通の数値です(図1)。
さらに、ドック学会では「今後数年間さらにデータ追跡調査をして結論を出していく」、「今すぐ学会判定基準を変更するものではない」というように、今回発表した数値が基準値となるものではない旨の声明を出していますが、このことについてメディアは取り上げません。
そのため最初に発表された「血圧147/94 mmHgは正常」だけが独り歩きして誤解が拡がっているのです。高血圧として治療の対象となる血圧の基準値や降圧薬による降圧目標値は、年齢や合併している病気によって異なります(後述)。
しかし、原則は140/90 mmHg以上が治療対象、降圧目標は140/90 mmHg未満です。高血圧治療の必要な患者さんが、医師の指導のもとで適切な血圧管理をされることに期待します。日本高血圧学会HP http://www.jpnsh.jp/
日本人間ドック学会HP http://www.ningen-dock.jp/
2 慢性腎臓病患者(CKD)における高血圧
慢性腎臓病(CKD)とは、腎臓の働き(GFR)が健康な人の60%以下に低下するか、あるいは蛋白尿が出るといった腎臓の異常が続く状態を言います。高血圧と腎臓は密接に関連しており、高血圧はCKDの原因となりますし、一旦CKDが発症すると高血圧が重症化するという悪循環が形成されます。さらにCKDを合併している高血圧患者さんは、心血管病の発症の危険性が高くなります。したがって、1)心血管病の発症抑制と、2)末期腎不全(透析治療が必要な状態)への進展阻止を目標として、降圧目標と最適な降圧薬の選択が推奨されています(図2)。
治療目標や薬の選択に当たり、まずCKDの原因を糖尿病の有無で分類します。糖尿病による腎障害は、蛋白尿が出現する前のアルブミン尿で評価し、尿アルブミンと尿クレアチニンの比が30〜299 mg/gCrの状態を早期腎症と診断します。
血圧は130/80 mmHg未満を目標とし、この際、腎症の進展抑制の効果が明らかにされている、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬あるいはアンジオテンシンU受容体拮抗薬(ARB)というレニン・アンジオテンシン系の阻害薬を用います。糖尿病がない場合は、蛋白尿の有無によって血圧目標や推奨薬が異なります。蛋白尿がある場合は、血圧の目標値は130/80 mmHg未満で、使用する薬剤もACE阻害薬あるいはARBが第一選択薬となります。一方、蛋白尿がない場合は、血圧の目標値は140/90 mmHg未満となります。蛋白尿がない場合には、患者さんの病態にあわせて、Ca拮抗薬、ACE阻害薬、ARB、利尿薬を使用することになります。
高齢者や腎機能低下が中等度以上の患者さんにACE阻害薬、ARBを使用する際には、急速な腎機能の悪化や高カリウム血症(尿によるカリウムの排出が正常になされない)がみられることがありますので、少量から開始することが推奨されています。開始時には過度の降圧によるふらつきが出現していないか、尿量に変化がないかを注意する必要があります。また、CKDを合併していると、血圧の日内変動の異常がみられます。夜間高血圧はCKDの進展や心血管病発症の危険因子となります。診察室での血圧測定のみでは血圧の日内変動や夜間高血圧を見逃してしまいますので、朝晩の家庭血圧測定を実施し、必要ならば24時間の血圧測定(ABPM)も行って、きめ細かな血圧コントロールを行うことが肝要です。