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NO.5 |
ポジトロンCT検査
(1−1)
医学部核医学講座 森田浩一
はじめに
ポジトロンCT(PET)の検査には放射性医薬品の標識にポジトロン(陽電子)を放出するアイソトープを用います。通常の核医学検査(SPECT)と比較すると、放射性医薬品の種類や撮像に用いるカメラの構造が違います。
ポジトロンを放出するアイソトープの代表的なものとして、C(炭素)N(窒素)O(酸素)やF(フッ素)などが用いられています。PET用トレーサの特徴は、炭素、窒素や酸素のような元素は生体の構成物質であり、水や心臓の利用する脂肪酸や酸素を標識することで、心臓の情報、たとえば、心筋血流や代謝状態を体外からの撮影でイメージングすることが可能となります。
また、フッ素で標識したブドウ糖の化合物を使うことで、心筋の糖利用状態も評価することができます。心筋の糖利用状態は、虚血性心疾患において、血流を回復させる治療後の心筋機能回復の予知に特に有用とされています。
ポジトロンCTは、現時点では通常の核医学検査のように保険診療は認可されていませんが、北海道でも北大医学部付属病院と日鋼記念病院(室蘭)の2施設でポジトロンCT装置が導入され稼働しています。
ポジトロンを放出するアイソトープの寿命は短く、たとえば酸素のアイソトープの放射能は2分で半分になり、数十分後には放射能は完全に消失してしまいます。
そこで、ポジトロンCTを施行する施設では、施設内にサイクロトロンというポジトロンの合成装置と薬剤の合成装置が必要となり、施設内での放射性医薬品の供給体制が必要となります。
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[図1]健常人の心筋糖代謝状態をイメージングしたもので、左心室内腔の乳頭筋が確認できます(↓印)。これはポジトロンCTの解像度が優れていることを示しています。 |
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[図2]下壁心筋梗塞症例、下段の通常のSPECT(一般の核医学検査)では下壁に集積は認められませんが、上段のポジトロンCTではFDG(心筋糖代謝)の集積が認められます(↑印)。この集積は心筋梗塞をおこした下壁の領域に残存心筋があることを示しています。 |
PETの利点
それでは、ポジトロンCTを用いることの利点はなんでしょうか。
まず、ポジトロンの物理学的な特徴から、解像度と定量性に優れていることが上げられます。これは心筋の状態の詳細な生理学的な情報を定量的に評価することが可能であることを意味します。
たとえば、心筋への血流量を心筋単位重量あたりに何ミリリットル供給されているかを正確に測定することが可能です。また、心筋の糖利用の速度も精度よく測定することも可能です。これらの定量指標は、正確な病態の評価や治療方針の決定に有用な情報となります。
ポジトロンCTの定量性に優れるという特徴を活用して、表1に示すような検査が行われています。最近は研究的な検査のみでなく、実際の診療での応用が進められています。
表1 心臓におけるポジトロンCT検査
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心筋血流 | |
心筋代謝 | 糖代謝 |
脂肪酸代謝 | |
酸素代謝 | |
自律神経機能 | 交感神経β受容体機能 |
交感神経終末機能 | |
副交感神経機能 |
微小循環異常も明らかに
PETの応用
北大医学部附属病院のPET検査装置心筋血流測定は、ポジトロンCTの定量性を活用した結果が数多く報告されています。ポジトロンCTを用いることで、虚血性心疾患の病態についても多くのことが明かになってきています。
ポジトロンCT導入以前には、心筋の血流測定は、心臓カテーテル検査施行時などに限られていましたが、ポジトロンCTを用いることで心筋血流の測定を容易に行うことが可能となりました。
また、心筋局所の異常のみでなく心筋の微小循環の異常についても明らかになってきました。
たとえば、心肥大がおこると心筋へ血液を供給している血管自体に異常が認められなくても、心筋血流状態に異常を生じていることが明らかになっています。心筋血流には余力があって、運動などの負荷がかかった時には心筋は血流量を増加させて、心臓の必要な仕事量に対応します。この心筋血流の余力を心筋血流予備能といいます。
正常心筋では、血流予備能は4から5程度とされています。虚血性心疾患でも病変部の血流予備能は、低下していて重症度の評価に有用な指標とされています。
この予備能の低下は、虚血性心疾患のみでなく、加齢、喫煙、高脂血症や心肥大などでおこることが報告されています。ポジトロンCTで得られる定量指標は、老化や病態の評価のみでなく、治療薬剤の効果などの客観的な指標としても用いられつつあります。
心筋代謝の測定については、心筋糖代謝の測定が多く行われています。この糖代謝の測定は、これまでの核医学の方法では評価が困難で、ポジトロンCTの導入によって心筋糖代謝の測定が可能になりました。 心筋糖代謝の残存は、虚血性心疾患における血行再建術後の機能回復の予知における重要性は広く認められていて、治療方針決定のための重要な指標とされています。
心筋は、脂肪酸も利用します。特に、空腹時は脂肪酸を主に利用しています。ポジトロンCTでは、心筋の脂肪酸利用の状態も評価することが可能です。
最近は、心筋の酸素代謝を測定することも行われています。心筋の代謝状態の評価については、さまざまな方向からのアプローチがされています。
まとめまた、心筋自律神経機能評価もポジトロンCTで行われています。心臓における交感神経機能は病態や薬剤治療との関連からも注目されていて、交感神経β受容体の数の測定も可能となっています。現時点では、この検査は限られた施設で研究的に行われています。
また副交感神経機能のイメージングの可能性も報告されてきています。心臓の自律神経機能を統合的に評価することが可能となってきていて、心臓病の病態の理解がさらに進むことが期待されます。
ポジトロンCTを用いることで、心疾患の病態に関する理解が進むとともに、心疾患の診断、治療方針決定や治療効果の評価における進歩が期待されています。今後、日本においても臨床の場におけるポジトロンCTの役割が大きくなってくると考えます。
用語解説
CT (Computed Tomographyの略)
コンピュータ処理を行うことで断層画像を得る方法です。X線を用いて断層画像を得る方法をX線CTと呼びます。核医学検査でもコンピュータ処理で断層像を得る方法は、広く使用されるようになっています。
PET (Positron Emission Tomographyの略)
ポジトロン放出核種を用いて断層像を得る検査方法をPETあるいは、ポジトロンCTと呼びます。通常の核医学検査で用いるコンピュータ断像法は、単光子放出核種をもちいるのでSPECT(Single Photon Emission CTの略)といいます。

