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NO.7 |
失神
(1−1)
国立療養所西札幌病院循環器科
別役 徹生さん
「心臓に原因」は頻度高く予後も心配
失神とは?
失神は、医者泣かせ一時的に意識消失をし、自然に意識が回復するものを広義の失神と言います。その中で、一時的に脳に血液が十分いかなくて、意識消失するものが狭義の失神です。
失神は、ありふれた症候ではあり(なんと成人の約1/3が、一生の間に、失神を経験すると言われております)、多くの失神は、生命予後良好な自律神経のバランスの乱れによるものです。ところが、いろいろな検査をしても原因不明となるものが、1/3程度あり、さらに、命に関わる悪性の失神も潜んでいるので、我々医師にとっても、難題であり、循環器の大きな学会でも、いつもその扱い方が、トピックスになります。失神の機序、頻度
まず、簡単に、失神の起こる機序を説明します。
最初に記載したように、狭義の失神とは、酸素をたくさん含んだ血液が十分脳に行き渡らずに、一時的な脳の貧血(低酸素状態)により、気を失うことです。5〜10秒ほど脳に十分な血液がいかないと失神を起すと言われております。さらに、10秒前後で筋肉が弛緩し、尿失禁し、15秒以上では、痙攣すると言われています。糖尿病患者様の低血糖や、てんかん発作、過換気症候群、ヒステリー、脳しんとうなどは、脳の血流不全ではなく、厳密には失神ではありませんが、意識消失が、狭義の失神(本当の失神)かどうか判断できないことが医療現場では、多いので、意識消失し、自然に、意識が回復するものをすべて失神として、記述させていただきます。失神(特に狭義の失神)は、概して、数秒から数分で意識を回復し、後遺症もないので、本人は、あまり気にせず、病院を受診しない方も多数います。文献では、救急外来の3%、入院患者の6%が失神患者であるという報告もあるぐらいですから、とてもありふれた症候であることが、お解かりいただけると思います。しかし、中には、生命の危険があるものも混じっております。高円宮さまが、スカッシュの最中に意識消失し、そのまま帰らぬ人になったのは、記憶に新しいところです。危険な不整脈発作(心室細動)であったと言われており、自然に不整脈が停止していれば、単なる失神発作だったのですが、自然に停止しなかったので、不幸な転帰となりました。
予防に早朝の水分補給や運動も
失神の原因と原因別の割合
Linzerらが、1984年から1990年の間の失神に関する論文をまとめて、1002人の失神の原因を平均したものを表1に示します。(なぜか頻度の総計が100%ではありません)
最大の原因である反射性失神は、代表的なものが、血管迷走神経失神或いは、神経調節性失神と呼ばれますが、その機序は、十分解明されておりません。若年者の失神の大多数がこの失神です。長く朝礼で立っていて気分が悪くなり倒れるなどが、代表的な臨床像ですが、それ以外にも、注射の痛みや、排尿、排便に伴うもの。食後や咳に引き続くもの、アルコールを飲んだ後など様々な刺激が誘因となり、自律神経の反射によって起きる失神の総称で、交感神経を抑制する薬、血圧を上げる薬、抗うつ剤など様々な薬物の可能性がありますが、患者さんごとに有効薬が違うところが難しいところです。繰り返し失神する人の対処法としては、前兆があれば、それ以上、立位を保持せず、横になるのが安全です。但し、足踏みや、手を力強く握り締めることで、血圧が上昇し、失神を回避できる場合もあります。もともと血圧の低い人は、水分を十分に取り、適度な運動をすることが大切です。また、規則正しい生活習慣、食習慣を身に付けましょう。また、特定の状況で失神する方は、その状況をなるべく避けることが大切です。生命予後には、影響しない失神ですが、頻度が高い場合、生活の質を大きく障害しますので、適切なコンサルテーションが必要になる場合があります。失神の特徴は、失神の前に、副交感神経亢進の症状である嘔気を感じたり、発汗があったり、あくびがでたりして、何か変だと感じてから、失神までに数秒から数分ある場合が多いです。
起立性低血圧は、いわゆる立ちくらみで、起立時に下半身に血液が溜まり心臓の送り出す血液が減少して、血圧が低下し、めまいや目の前が暗くなるような感じを訴えます。しかし、起立時に必ず生じるわけではなく、体調の悪い時や脱水気味の時、夜中にトイレに起きた時などによく見られます。また、ご高齢の方は、体の中の血液量も若年者より減少しており、交感神経の働きも弱っている場合が多く、下肢の筋肉量も低下しているため、静脈の血液を重力に逆らって心臓に戻すために重要な筋肉ポンプの働きも弱っており、立ちくらみが起きやすいと言えます。特に朝方のめまいを感じることが多いようです。そのような症状のある方は、早朝に十分水分を補給することが大切です(効果は1時間ぐらいしか持続しませんが)。また、運動も立ちくらみの予防になります。特にプールでの運動はいいようです。患者さんに応じて、様々な薬物治療の可能性があります。若年者で繰り返す方は、加齢とともに自然に治る場合がほとんどですから、気楽に、考えることが大切です。
それ以外の失神では、心臓に原因がある場合が約18%です。徐脈性不整脈(心臓の拍動が極端に減少するため、脳に十分な血液がいかず、気を失います)と頻脈性不整脈(心臓の拍動が極端に増加し、心臓が十分拡張と収縮をできず、結果的に、十分な血液を駆出できず、脳に十分な血液がいかず、気を失います)に大きく分かれます。前兆がないことがほとんどですが、頻脈性不整脈の場合動悸を感じることもあります。徐脈性不整脈の場合は、ペースメーカーを植え込むことにより、完治し悪性度は中等度と言えます。一方、頻脈性不整脈の中で、心室頻拍と心室細動は、命に関わり、大変悪性度が高いので、見落とさないことが大切です。肉親に突然死された方がいる場合、心筋梗塞など心臓に異常がある場合は、要注意で、心室頻拍、心室細動の場合、植え込み型除細動器が、考慮されます。
器質的心疾患にともなう失神では、胸痛、呼吸困難を伴ったり、運動中であったり、手術後など起きる場合があります。大動脈弁狭窄症、肥大型閉塞性心筋症など心臓から能率的に血液の駆出ができず、運動時などに左室壁張力の急激な上昇で、心臓から始まる反射が起こり、心抑制が起こり、失神する場合は、予後不良ですので、圧格差をなくす薬物なり、手術なり、カテーテル治療なりが必要になります。
神経疾患による失神の頻度は、10%ぐらいです。てんかんの場合、全身性に痙攣し、覚醒後もぐったりしていることが多く、意識消失時間も比較的長いのが特徴です。偏頭痛では、頭痛があり、一過性脳虚血発作の多くは、麻痺や失語を伴います。
薬剤性失神には、血圧の薬が強すぎて、立ちくらみを感じたり、失神したりする人がいます。心臓の薬であるニトログリセリンを使用した後に失神する人も稀ではありません。抗不整脈薬や、抗生剤などで危険な不整脈が誘発されたりする場合もあります。それらの薬を服用するようになってから、失神するようになった場合は、主治医にご相談ください。
ヒステリーや過換気症候群など精神医学的要因による失神は、2%で、ヒステリー失神を起す人は、失神の頻度が高く、一般的に、怪我はしないと言われています。過換気症候群の人は、発作時に特徴的な、多呼吸を示し、呼吸苦、動悸を訴えます。精神科や心療内科での治療が必要になることがあります。
その他、いろいろな検査をしても原因のわからない原因不明の失神の頻度が3分の1にも及びます。
つまり、失神の原因疾患の診断は、非常に難しいのです。
前兆を含め状況の把握が重要
失神の診断で大切なこと
失神の診断で一番大切なのは、どのような状況で、前兆が何で、前兆から失神まで、どの程度の時間があり、どのぐらい意識消失していたか、痙攣はあったのか、尿失禁や怪我を伴ったのか、肉親に突然死はあるのかという問診です。次に、心臓が原因の失神は、比較的頻度が高く、非常に予後が悪いので、それらを見落とさないことが、重要です。心電図、胸部X線で心疾患がないのか、さらに、何かの失神に典型的な問診でない場合は、心エコーで器質的心疾患の有無を調べるのがいいと思います。心電図で特徴的な所見がある場合(ブルガダ症候群やQT延長症候群といった遺伝性の頻脈性不整脈を生じる一群の人たちがいますし、肥大型心筋症の場合も心電図で異常となります)、さらに詳しい検査が必要になります。あまり、はっきりした所見がない場合、原因不明の失神の予後は、比較的良好であり、ここに挙げた以外の検査は、コストが高い割に、診断率が非常に低いので、患者さんの年齢や患者さんの希望を参考にして、使い分けるのがコツです。例えば、脳MRIで失神の原因がわかることは、あまりありませんが、患者さんが心配なので調べて欲しいということはよくあります。一方、反射性失神に対して、ヘッドアップチルト試験という比較的感度の高い検査がありますが、心原性失神が否定できれば、反射性失神を強く疑う場合、省略することはよくあります。失神を経験した方は、その時の状況を詳しく、循環器科の医師に説明するということが、大切であり、必要に応じて他科を紹介してもらうのが、効率的と言えるでしょう。

