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高血圧
(1−1)
札幌医科大学医学部第二内科 村上 英之
自覚症状なく放置されがち/患者数は約3,300万人
合併症防止に力点/脳卒中や虚血性心疾患
高血圧はなぜ治療しなければいけないか?
我が国の高血圧患者は3,300万人ともいわれ、疾患の中でもっとも多い病気とされています。高血圧は、自覚症状がないのが特徴で、そのため少々血圧が高くても放置されることが多い病気です。しかし、高血圧を放置しておくと知らぬ間に脳、心臓、腎臓などに障害が起こりやすくなり、生命予後に重大な影響を来たしうることが知られています。このため、自覚症状がなくとも十分に血圧を管理する必要があります。本稿では、日本高血圧学会から出された高血圧治療ガイドライン (JSH2000) を中心に、日常診療でどのような高血圧治療が行われているか概説します。
JSH2000とは
高血圧を指摘されたらすぐに薬を出されるのでしょうか?1990年に厚生省と日本医師会から「高血圧診療のてびき」が作成され、臨床的に参考にされていました。また、数年ごとに改訂されてきた米国高血圧合同委員会によるガイドライン「JNC-VI」(1997年)と世界保健機関/国際高血圧学会によるガイドライン「1999 WHO/ISH」 (1999年) も我が国で広く利用されていました。しかし、欧米と我が国では人種差、生活様式の違いや高血圧性合併症の種類や頻度が異なる(日本人は白人より脳卒中は3〜4倍多く、虚血性心疾患は3分の1にすぎない)ことから、我が国独自のガイドラインが必要とされるようになりました。2000年6月に日本高血圧学会から「高血圧治療ガイドライン2000年版」(JSH 2000)が発行されました。
高血圧には原因のわかっているもの(2次性高血圧)と原因の分からないもの(本態性高血圧)の2種類あります。日本人の高血圧の約95%以上は「本態性高血圧」が占めています。JSH 2000で示す高血圧も「本態性高血圧」を主たる対象として取り扱われております。
JSH 2000では高血圧の基準を、収縮期血圧を140mmHg、または拡張期血圧を90 mmHg以上と設定しています。そして、血圧のコントロールについて、若年・中年者および糖尿病合併の高血圧患者に対しての降圧目標値は130/85 mmHg未満に設定しています。また、高齢者においては、既に重要臓器への循環障害が認められることが多く、目標値は140〜160 mmHg 以下/90 mmHg 未満と設定しております。
高血圧の治療は単に血圧を低下させるだけでなく、脳卒中や虚血性心疾患などの高血圧性合併症をいかに防止するかが重要です。そのためには、高血圧の程度と危険因子および高血圧に基づく臓器障害を考慮して降圧薬を開始すべきかどうかを判断します。よって、高血圧を指摘された患者は、血圧測定の再検、2次性高血圧の鑑別とともに表1a、1bに示す危険因子の有無の確認と諸臓器障害/心血管病の有無について検査を進めます。
具体的には、血液検査、尿検査、胸部レントゲン写真や心電図、心エコー、眼底検査などといった検査を行ないます。これらの検査の結果をもとに、表1cに示されるような患者のリスクの層別化を行ない、それに従って治療方針を決定します。すなわち、低リスク群では生活習慣の修正を主要な治療法とし、6ヵ月後に血圧が140/90 mmHg未満に下降しない場合は薬物治療を開始します。中等リスク群ではまず生活習慣の修正を行い、3ヵ月後に血圧が140/90 mmHg 未満に下降しない場合は降圧薬療法を開始します。高リスク群では生活習慣の修正と降圧薬療法を同時に行います。
表1
生活習慣の修正
1. 食塩制限7g/日(このうち調味料などとして添加する食塩は4g/日)以下 2. 適正体重の維持 *標準体重(22 ×[身長(m)]× [身長(m)])の+20%を超えない 3. アルコール制限:エタノールで 男性は20〜30g/日(日本酒約1合)以下
女性は10〜20g/日以下4. コレステロールや飽和脂肪酸の摂取を控える 5. 運動療法(有酸素運動) *心血管病のない高血圧患者が対象 6. 禁煙
表2.生活習慣の修整項目高血圧治療は生活習慣の修正が基本であり、JSH 2000でも日本人の生活状況を十分に考慮して、表2に示す生活習慣の修正項目を提示しています。
日本人の食生活も欧米化に伴い、食塩摂取量は13g/日前後に増加していますが、高血圧には塩分の摂りすぎが大敵です。そのため、高血圧患者では1日の塩分摂取量は7g以下を目標としています。肥満の程度が高度になるほど心血管病による死亡率も増加するといわれており、体重を標準体重のプラス20%以内に保持する重要性が強調されています。
運動療法は、心拍数110〜120回/分程度の軽めの運動を1時間程度、週2〜3回続けると効果的と言われています。喫煙は、脳卒中及び心筋梗塞の危険性をいずれも約3倍にします。このような生活習慣の修正は、降圧薬の投与が開始される前に行なうだけでなく、降圧療法が開始されてからも継続していく必要があります。
薬物療法
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生活習慣の修正を行なってもなお140/90 mmHg以上の高血圧が持続する場合、あるいは、180 mmHg以上/110 mmHg以上の高血圧を認めるような高リスク群患者では、降圧薬の投与が必要になります。
JSH2000では、カルシウム(Ca)拮抗薬、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンジオテンシンU(AU)受容体拮抗薬、利尿薬、β遮断薬およびα遮断薬の6種類の降圧薬を第一選択薬として挙げ、これらのいずれかを各患者の病態に合わせて使用するよう推奨している(表3)。また、低用量から開始し、徐々に増量し、急速に血圧を低下させることは避けるべきとしています。
また、降圧効果が不十分だからといって、一剤を常用量の2倍以上の高用量を用いることは避けて、相乗・相加作用が期待できる薬剤を併用投与することも推奨しています。
降圧薬の開発進み、血圧管理はし易くはなったが…
基本は生活習慣の修正/食事・運動・体重・禁煙
合併症を伴った高血圧患者の治療
近年、日本の高血圧患者では、糖尿病、高脂血症、高尿酸血症などの代謝障害や、脳血管障害、虚血性心疾患、心肥大、腎障害や末梢循環不全を合併する場合が多く、これらの降圧治療にも病態に応じた慎重な対応と降圧薬の選択が必要となります。例えば、糖尿病を合併する高血圧では、糖尿病を悪化させず、動脈硬化の進展を抑制し、さらに糖尿病性腎障害の発症を抑えるために、ACE阻害薬、AU受容体拮抗薬、Ca拮抗薬およびα遮断薬の使用が推奨されます。そして、これらの降圧薬の単独投与や併用投与により血圧を130/85 mmHg未満にコントロールすることが大切です。
脳血管障害については、著しく血圧が高い場合は降圧療法を行いますが、この際、適確な病型診断を行ったうえで、慎重に行なう必要があります。ただし、一般的に脳卒中急性期には積極的な降圧治療は原則として行いません。降圧治療は、通常発症1ヵ月以降の慢性期からCa拮抗薬、ACE阻害薬、AU受容体拮抗薬を用いて徐々に降圧を開始します。最終目標は、血圧140〜150/90 mmHg未満が妥当といわれています。
心疾患合併の高血圧治療は、虚血性心疾患、心不全および心肥大とで適する降圧薬が異なります。虚血性心疾患ではCa拮抗薬またはβ遮断薬が適し、心不全を伴う虚血性心疾患ではACE阻害薬が適するとされています。心不全合併高血圧では、ACE阻害薬、利尿薬およびAU受容体拮抗薬が推奨されています。心肥大では持続的かつ十分な降圧可能な第一選択薬を選択するようになっています。
腎障害での降圧薬治療に関しては、降圧目標を130/85 mmHg未満としています。降圧薬としては、ACE阻害薬、AU受容体拮抗薬、Ca拮抗薬、そして利尿薬が選択されます。さらに、尿蛋白1g/日以上のものでは125/75 mmHg未満が目標にされています。
おわりに
以上、高血圧治療について、JSH2000をもとに治療方針、病態別にみた降圧薬の選択について述べました。降圧薬の開発の進歩で、血圧の管理は比較的容易になってきたのですが、高血圧治療はあくまでもその合併症の発症予防にあり、基本となる生活習慣の修正を第一として個々の病態に合わせた降圧薬の選択がなされる必要があります。(7回連載の予定)

