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NO.10 |
糖尿病の新しい治療方針
− 糖尿病治療ガイド2 0 1 0 −
JR札幌病院 内科診療部長
土田 哲人氏
1 ) HbA1c(ヘモグロビンA1c:グルコヘモグロビン)ってなに?我が国では、1999年に初めて糖尿病の予防をめざし、「糖尿病治療ガイド1999(日本糖尿病学会)」が作成され、統一した指針に基づき患者指導・日常診療が開始されました。それから10年を経て、さらに病気の解明が進み、新しい治療法も開発されてきていますが、食生活を含む生活習慣の変遷により、なお糖尿病の患者数は増加の一途をたどっています。ことに糖尿病の合併症である網膜症、腎症および神経障害に加え、狭心症・心筋梗塞および脳卒中といった動脈硬化による疾患の増加がより問題となってきています。これらの合併症の予防と進行の抑制を目標に今回「糖尿病治療ガイド2010」が作成されました。注目すべき新たな変更のポイントを、前編では、診断について、後編(115号)では、治療について解説いたします。
前編:新しい糖尿病の診断
狭心症・心筋梗塞および脳卒中といった動脈硬化に基づく病気は、血糖値の高い重症な糖尿病だけではなく、軽症の糖尿病および「境界型糖尿病」と言われる糖尿病予備軍の方においても同様に高率に発症することが分かってきました。軽症糖尿病および境界型糖尿病の特徴は、空腹時血糖値が正常もしくは軽度高値なだけですが、食後血糖値が正常より高い点にあります。この時点から早期に長期間根気強く治療を継続することで動脈硬化による病気を予防できることも分かってきています。
今回の改正ではより糖尿病の発症を早期から見逃すことなく、治療が始められることを目的に次の3点に注目しています。
1 )合併症の予測と早期診断に有用なHbA1c(ヘモグロビンA1c:グルコヘモグロビン)の基準値をより厳しく設定するとともに重要な診断基準の一つに加えました。2 )空腹時血糖値が正常範囲であっても正常高値な人は75gOGTT(糖負荷試験)を推奨し「隠れ糖尿病」あるいは「境界型糖尿病」を見逃さないように工夫しました。さらに、3 )検査にて糖尿病が疑われる「糖尿病型」の場合、血糖値とHbA1cの両方を用いて慎重に診断し、治療の必要性のある人を見逃さないように観察していく点です。★
よく健診などの血液検査でHbA1cという検査項目をみたことがあると思います。実は、自分自身の血糖状態を知る上で、非常に重要な数値の一つです。ヘモグロビン(Hb)は血液の赤血球に含まれるタンパク質の一種ですが、酸素を運搬する以外に血液中のブドウ糖と結合する性質を持っています。この結合した一部分がHbA1cと呼ばれています。血糖値が高いほど、また一日の血糖値の変化(高い時と低い時の差)が多いほど、このHbA1cの測定値は高くなります。またHbA1cは、最近2 〜 3か月間の血糖値の状態を反映することから、長期的にコントロールがうまくできているかどうかの判定に役に立つとともに糖尿病合併症発症の予測する手段にもなります。先に述べたように軽症および境界型糖尿病の診断には、空腹時の血糖値が正常であっても食後に高いかどうかが大切です。HbA1cの値は、この軽症および境界型糖尿病の見つける方法としても役に立ちます。従来はHbA1c(JDS値)6.5%以上を糖尿病の状態と判断していましたが、これでは軽症例を見逃している可能性があり、今回「糖尿病型」の判定基準値を6.1%以上に変更しました(図1)。
HbA1cの測定法は国際的にも日本で開発された方法(装置)が採用されていますが、困ったことに、測定値には2つの基準値が存在します。以前から日本で長期間使用されている基準値「HbA 1 c(JDS値):JDS=日本糖尿病学会」と国際的に多くの国で使用されている国際標準値「HbA1c(国際標準値)」です。今後、一つに統一される予定ですが、現在のところ混乱を避けるために上記のように別々な記載法を用いることにしています。ちなみに2つの基準値の測定精度自体には違いがありませんので表1の計算式でHbA1c(国際標準値)を求めることができます。しばらくご迷惑をかけますが、健診等ではいずれの値かを確認してください。
2 )75gOGTT(糖負荷試験)ってなに?−「かくれ糖尿病」を見逃さない!−
75gOGTT(糖負荷試験)とは、空腹時に75gのブドウ糖溶液を飲んでもらい2時間後の上昇した血糖値にて糖尿病を判定する方法です。これにより空腹時血糖値は一見正常で食後血糖値だけが高い、いわゆる「かくれ糖尿病」を検出することが可能となってきました。先に述べたように軽症糖尿病および境界型糖尿病の人の多くはこのタイプであり、早期治療開始のためにも今回その重要性がより強調さています(図1 および図2 )。とくに図2 に示すように空腹時血糖正常者であっても100−109 mg/dlの正常高値のグループでは、すでにこの「かくれ糖尿病」になっている場合があり75gOGTTを受けることを推奨しています。
3 )「糖尿病型」とは? − 糖尿病が強く疑われる状態 −
図1 および図2 の基準にて、血糖値(空腹時、75gOGTT 2 時間値、および随時血糖) またはHbA1cの値のいずれかで「糖尿病型」と判定された場合はさらに精密検査を要します。この「糖尿病型」とは糖尿病が強く疑われる状態のことを言います。この「糖尿病型」を示す人を対象に次頁図3 の図を用い最終的に糖尿病の診断をします。2回の血糖検査にて「糖尿病型」の場合、もしくはHbA1cおよび血糖値の両者とも「糖尿病型」を示す場合に初めて疾患として糖尿病と判定し、積極的治療を開始します。これにより糖尿病と診断されなかった場合にも、「糖尿病疑い」とされ、定期的観察が必要です。この「糖尿病疑い」とされる人の多くは、少なくとも「境界型糖尿病」に入るため、定期的観察中においても、食事療法・運動療法といった基本的治療を開始することが大切です。治療の詳細については後編で述べます。
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以上、今回の基準では特に動脈硬化による病気を減らすために、軽症糖尿病および境界型糖尿病に注目し、空腹時血糖値だけではなく食後(負荷後)血糖値とHbA1cの値の重要性が強調されていることがおわかりになると思います。健診等の血液検査をみて、ご自身の測定値が、各表のどこにあるのかを調べてみましょう。

