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NO.9 |
ペースメーカー治療の進歩 - 後編
(1−1)
北海道大学病院 循環器内科
横式 尚司さん
徐脈に対するペースメーカー治療と心不全
心臓再同期療法(CRT)による心不全治療徐脈に対する従来のペースメーカー治療では、右心房あるいは右心室に1本だけリードを留置するシングルチャンバーと右心房、右心室の両者に計2本のリードを留置するデュアルチャンバー型のペースメーカーがある。房室伝導に障害を伴わない洞不全症候群においては、理論的には右心房だけのペーシングにて十分であるが、実際には右心室だけのペーシングを行うシングルチャンバー型あるいはデュアルチャンバー型ペースメーカーが用いられ、右心室に対するペーシングが多くなされてきた。洞不全症候群の場合、右心房だけのペーシングあるいはデュアルチャンバーペーシングでは房室同期が維持されるため、より生理的といえるが、右心室だけのシングルチャンバーペーシングでは房室同期が無視されることになり、心房から心室への流入血流が障害され得る。さらに、右心室ペーシングでは心電図波形が左脚ブロック型のQRS幅延長を呈し、左心室自由壁(側壁)の収縮が遅くなり、心室中隔と左心室側壁の収縮時相にずれが生じることになる。このような背景があり、洞不全症候群に対する至適なペーシングモードを検討するため、いくつかの臨床試験が実施されてきた。
DANISH試験(1997年)ではシングルチャンバー型の右心房ペーシングと右心室ペーシングの効果を検討しているが、全死亡、心房細動発生、血栓塞栓症、心不全重症化のいずれもが右心室ペーシングにおいて有意に高いことが報告されている。デュアルチャンバー型の心房心室ペーシングとシングルチャンバー型の心室ペーシングを比較したMOST試験のサブ解析結果(2003年)では、右心室に対するペーシング率が増加すると心不全による入院や心房細動の発生が有意に高くなることが報告されており(図4)、たとえ心房心室同期が維持された場合でも、右心室ペーシングによってもたらされる心室収縮の不調和(ventricular desynchronization あるいはdyssynchrony)が心不全や心房細動を助長すると認識されてきている。そのため、最近の徐脈に対するペーシング治療では、可能な限り、右心室ペーシングの比率を少なくさせるような努力がなされている。
そのひとつとして、Managed Ventricular Pacing(MVP:AAI(R)+ ⇔ DDD(R))(メドトロニック社)という新しいペーシングモードが開発されている。これは、どんなにPQ間隔が長くても、一度、QRS波形が欠落するまではAAIのまま作動し、直近の4つの心房-心房間隔において2回QRS波が欠落した場合にのみAAIからDDDモードに切り替わるというペーシング方法である(図5)。さらに、規定された周期で房室伝導能をチェックし、P波に続くQRS波の欠落がなければ、再び、AAI作動に変化するため、不必要な心室ペーシングを軽減することが可能になっている。
重症心不全患者では心電図のQRS幅が延長していることが稀ではなく、心室同期不全と密接に関連しているQRS幅延長は、心不全患者の死亡率増加と比例していることが報告されている。とりわけ、左脚ブロックに伴うQRS幅延長(図6)は、上述のように右心室ペーシングと同様に、左室側壁での収縮が遅くなるため、ventricular dyssynchronyをもたらすことになる。このような背景から、重症心不全患者に対する両心室ペースメーカーによる心臓再同期療法(CRT:Cardiac Resynchronization Therapy)(前編の図3参照)が施行されるようになり、大規模臨床試験でもその有効性が示され、広く普及してきている。
MIRACLE試験(2002年)では、十分な薬物療法にもかかわらず、左室駆出率(LVEF)35%以下、130ms以上のQRS幅延長を伴う重症心不全(NYHAクラスVあるいはW)を対象に両心室ペーシングの効果を検討したところ、約7割の症例で運動耐容能やLVEFの改善が認められ、重症心不全に対する非薬物治療のひとつとして位置付けられるようになった。一方、このような重症心不全患者の死因の約3〜6割が心臓突然死との報告もあり、植込型除細動器(ICD)機能をあわせもった両心室ペーシングペースメーカー(CRT-D)の必要性が認識されてきている。COMPANION試験(2004年)はLVEF 35%以下、NYHA V度以上の重症心不全を合併し、QRS幅が120ms以上の症例では、CRT-Dが生命予後を改善させることが報告されている(図7)。また、CARE-HF試験(2005年)ではLVEF 35%以下、QRS幅120ms以上、NYHA V度以上で心エコー検査にてventricular dyssynchronyがみられた場合には、両室ペーシング単独での生命予後の改善が確認されている。
MIRACLE ICD U試験(2004年)やREVERSE試験(2008年)の結果(一部は進行中)から、NYHAクラスTあるいはUといった比較的軽症な心不全症例においても、QRS幅延長(120-130ms以上)かつLVEF35あるいは40%以下であれば、両心室ペースメーカーが左室リモデリングの是正やLVEFの改善をもたらすことが報告されている。同様の症例に対してICDあるいはCRT-Dの効果を検討している現在進行中のMADIT-CRT試験の結果しだいでは、CRT(-D)の適応がさらに拡大する可能性がある。

