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No.42 |
立川らく朝さんのヘルシートーク&健康落語
ほんの一端ですが、ご紹介します
不健康なことほど楽しいのが、人間の悲しいさがであるようです。したがって、健康に関する話はどちらかといえば辛気臭くなりがちですが、これを楽しく語りたい、楽しく聴いてほしい、というのが医師であり落語家でもある、らく朝さんの願いだそうで、それがヘルシートークとなり、健康落語となったとのことであります。噺家が芸の限りを尽くして伝えることを、文字で再現するなぞ大変におこがましいことで、それよりも何よりも、らく朝さんへの信義にもとることです。3月21日に来場されなかった方には、わが身の不幸と嘆いていただくことにして、ヘルシートーク&健康落語「佃煮屋」のご紹介は一切いたしません。一旦はそう思ったのですが、楽しくて、おもしろくて、胸にすとんと落ちた、あの日のことが忘れられなくて、やはり、少しはお裾分けをするのが、これまた、皆様への信義を守ることかと考え直し、ごくごくかいつまんでご紹介することにいたしました。写真撮影は(株)伊藤組の池田敏博さんです。(北海道心臓協会事務局・遠藤孝紀)
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「日本、がんばっています。ここで、こんなことやっている場合じゃあないですよ、皆さん」。らく朝さんが高座に上がったのは、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の決勝戦、日本がキューバに1点差に詰め寄られた8回裏のことでした。「試合の結果がわかったら、ここからお知らせします。それまでご辛抱、お付き合いのほどを」で始まったヘルシートークは、昨今の健康ブーム、ドリンク剤のコマーシャル、花粉症、病院での検査などを次々に槍玉に挙げては笑いのめし、笑いの効用をしっかりと体感するものでありました。
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今は3人に1人が癌になるご時世ですが、ご存知でしたか、笑うと癌が予防できるそうです。仕組みはこんなことのようです。人間の身体は癌細胞ができるのが当たり前で、1日3,000個近くもできるが、これを、ナチュラルキラー細胞という細胞がかたっぱしからやっつけている。ところが、何かあって、この勢力関係が逆転すると癌が発症してしまうことがある。一方、ストレスに弱く、笑うと元気になるのがナチュラルキラー細胞だそうです。つまり、ストレスをためない、ストレスなんか笑い飛ばしてしまうような生活こそが、癌を防ぐ生活なのだそうです。
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笑いはナチュラルキラー細胞を元気にするだけではなく、血糖値を下げ、血圧も下げる効果があるそうです。20歳以上の男女、6人に1人に糖尿病の危険性があるといわれている昨今、何ともうれしい話ではありませんか。ここでうれしい話が重なりました。「それにしても試合はどうなりましたかね」にすかさず舞台の袖から反応があり、それを受け、らく朝さんが「10対6で日本が優勝しました。ああ、よかった」。どっと会場が沸き、続く「MVPはあの審判に」で爆笑、爆笑、また爆笑。
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ストレスがあると血圧が上がりますが、笑うと血圧が下がるのは、笑っている時には何も考えていない、何も考えられないからだそうです。笑っている時の心は無です。ストレスも何もありません、空っぽです。座禅を組んでも心を無にするのは難しいことなんだそうですが、実は、笑うだけで無になれるのです。
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動脈硬化になると、血液の通り道が狭くなります。これが心臓の筋肉に血液を送る冠状動脈で起きると、運動をして心筋がたくさんの酸素を欲しがっても、血管が狭くなっているため血の供給が追いつかず、胸が苦しくなります。これが労作性狭心症で、兆候はほとんど胸の痛みとなって現れます。このような症状がでる時は、血管はおよそ75%まで狭まっており、残りの僅かな隙間を血が流れている状態になっています。そのために、ちょっとしたこと、血栓とか血管の収縮とかで血管が詰まりやすくなります。血管が詰まれば、血流が途絶え、その先の心筋が死んでしまいます。これが心筋梗塞です。
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ストレスがあると副腎からアドレナリンが分泌され、血管が縮み、心筋梗塞になることがあります。たばこのニコチンは血管を収縮させる作用がありますので、狭心症がある人の喫煙はまさに自殺行為です。一方、ストレスを取り除くと、例えばペットを飼うと心筋梗塞の再発作率が下がります。癒しがいかに大切かということの証左です。
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ヘルシートークで「あっはっはっは、あっはっはっは」と大口を開けている間に、いま簡単にご紹介したような、生活習慣病のあれこれがしっかりと身についた感じになるから不思議です。しち面倒臭い理屈は、あしたになれば頭ん中にぁ何も残っちゃいないけど、ともかく、笑えばいいんだ、笑えば。こんな簡単なこたぁ、誰にだってできらぁ、てな、具合になったところで、笑いの総仕上げ、健康落語「佃煮屋」の始まりです。
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主人公は商社マン−食品部門の部長さん。几帳面で、闘争心旺盛で、完全主義者でと、絵に描いたようなA型気質人間です。ボールペンの向きからマウスの置き方の果てまで、いつも同じでないと気になってしょうがないタイプ。それが、テロで鮪が入荷しない、買い入れた大豆は遺伝子組み換えだった、狂牛病騒動が勃発した等々でてんやわんや。これでは、出世競争でライバルに遅れをとるのではないか、と気が気でない。頭も痛いが胸も痛い。ああ、胸が痛い、胸が痛い。
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ふっと気がつくと、どうやら三途の川のそば。通行手形がないので渡し守は乗せてくれない。おまけに、まだ臨死、仮死の状態だからこの道を戻れば生き返る、帰れ、という。といわれても、出世競争の勝敗が見えたところにはもう帰りたくない。帰れ、いやだ、舟に乗せろ、だめだ、と押し問答をしているところへ仙人がやって来る。問われるままに事情を話し、もう、何もない、のんびりとした所へ行きたいというと、江戸時代になら、ちょうど空があるという。
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またも、ふっと気がつくと、丁稚たちに囲まれて息を吹き返した佃煮屋の番頭になっている。電話もないし、ファックスもない、あるのは算盤だけ。「ああいいな、ああいいな」も束の間、結局はA型タイプの番頭さんになり、歳月は流れる。
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ある日、丁稚が来て「多勢の中でやるのは性に合わない。佃煮の作り方もひと通り覚えたので、自分で売って歩きたい」という。はて、A型タイプの猛烈番頭さんにはこの辺がわからない。「売れなかったどうするんだよ。病気にでもなったらおまんまの食い上げではないか、どうするんだよ」と問い詰めるのだが、丁稚どんは「そんなことはその時になってみなきゃわからない」と一向に気にしないで棒手振りになってしまう。
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そうこうしているうちに、嵐で鮪が入荷しない、鮪だけでない、佃煮の具が何も入らない。さあ困った、番頭としての手腕が問われる、どうすればいいんだ。ああ、頭が痛い、胸が痛い…。「旦那さんがお呼び」に恐る恐る伺候すると、暇をやるとおっしゃる。やはりリストラか、とがっくりすると、そうではない。「静養して体を治せ、治ったら暖簾分けだ。店の心配はいらない」とのこと。
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旦那にいわれりゃ仕方がない、かといってぶらぶらしていられる番頭さんではない。気になっていた元丁稚を尋ね当てると、なんと、寝込んでいる。本人は「足を捻って腫れちまって歩けねえ、あははは」と屈託がないのだが、こうなると番頭さんは放っておけない。元丁稚どんのしじみの佃煮を担いで売りにでる。元丁稚どんのお客さんが相手だから、売り方も元丁稚どんの売り方。秤は使わずに目分量だ。几帳面な番頭さんには堪らないが、しょうがない。おかみさんたち相手に、なんだかんだやっていると、全部売れてしまう。
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ようしこれなら、ってんで、それからは足が不自由な元丁稚どんに佃煮をつくらせ、番頭さんが毎日売りにでる。お客さんと直にやりとりしながらの、目分量での商売がおもしろくてたまらない。そんなある日、往来で旦那とばったり。心配する旦那に、棒手振りで味わっている商売のおもしろさやら、今までの自分のやり方の反省やら、あれこれ話すと、旦那もすっかり安心して、直ぐにも暖簾分けの相談をしようという。
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と、半鐘がなる。聞けば、元丁稚どんが住んでいる裏長屋が燃えている。胸が悪いんだから走るな、と止める旦那を振り切って走る。走る、走る、走る。胸が苦しくなってくる、痛くなってくる。「ああ、胸が痛い、胸が痛い」。
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「部長、大丈夫ですか、部長、部長、部長」ふっと気づくと再び商社の職場。「夢か…、夢にしては随分はっきりしていたな」。そこへ部下が飛び込んで来て、国境封鎖で鮪の入荷は絶望的になった、という。「そんな細かいことは気にするな、新しいルートを開拓すればいい話だ。明日からやろう、明日から。さあ、きょうは帰ろう。なに、帰れない、残業だって。まじめだな。俺は帰るぜ」。
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いぶかる部下たちを尻目に、表に出て歩いていると「おい、待てよ」の声。見ると、三途の川のほとりから江戸時代に送り込んでくれた仙人だった。「急なことで、あんなに嫌がっていた21世紀に戻すしかなかった、心配で様子を見に来た。どうだ、やっていけるか」とのこと。「あっ、はい、はい、大丈夫です…」。
話はまだ続きますが、ページ数がよろしいようで。
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冒頭でお断りしましたように、おこがましくも、らく朝さんが芸の限りを尽くして演じられたことを、ほんの一端とはいえ、文字でなぞってしまいました。不遜でした。やはり、ヘルシートークと健康落語は、皆様が足を運んで、直接聞いて、腹を抱えて笑っていただくしかありません。えっ、聞きに行くには遠いですって。ご冗談をおっしゃってはいけません。聞きに行かないと、ますますヘルシー遠くになってしまいますよ。
とはいっても、お体の不自由な方、どうしても時間のご都合がつかない方ももいらっしゃることでしょう。次善の策として、らく朝さんの著書「一笑健康」と「不労長寿」をお薦めします。いずれも出版元は春陽堂です。
<プロフィール> 立川らく朝(たてかわ・らくちょう)。
本名、福澤恒利。 落語家、表参道福澤クリニック院長・医学博士。昭和29年1月26日、長野県に生まれる。昭和54年、杏林大学医学部卒業。同時に慶応義塾大学医学部内科学教室へ入局。主として生活習慣病の臨床と研究に従事。専門は高脂血症。慶応健康相談センター医長を経て、平成4年、メディカルサポート研究所を設立。現在同代表。平成14年、「表参道福澤クリニック」を開設。以後、院長として内科診療にあたる。平成12年、46歳にして立川志らく門下に入門、プロの落語家としても活動を開始。平成16年、立川流家元、立川談志に認められ二つ目昇進。医師である立場を生かし、健康教育と落語をミックスした「ヘルシートーク」と「健康落語」という新ジャンルを開拓。全国での公演に飛び回る毎日。
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