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メタボリックシンドローム(その4・最終回)
札幌医科大学第二内科
斎藤 重幸さん
健診の仕組みが変わります
1. メタボリックシンドロームと心臓病・脳卒中の予防
「メタボリックシンドローム」の最終回です。メタボリックシンドロームは肥満から発生した心臓病、脳卒中の発症前状態であることがお分かりいただけたでしょうか。検診で糖尿病、高血圧、高コレステロール血症などと診断されていなくても、
- ウエスト周囲が男性で85cm以上、女性で90cm以上あり(必須)、
- 少し血圧が高く(上の血圧が130mmHg以上か、あるいは下の血圧が85mmHg以上)、
- 少し血糖が高く(空腹時の血糖値が110mg/dl以上)、
- 中性脂肪が少し高く(中性脂肪値が150mg/dl以上)あるいは、HDLコレステロールが低い(善玉コレステロール:40mg/dl未満)
という状態が2個以上ある場合がメタボリックシンドロームとなり、狭心症や心筋梗塞などの心臓病や、脳梗塞などの脳卒中が起こりやすい状態となります。現在、日本人の3割の方が心臓病と脳卒中で亡くなっています。心臓病や、脳梗塞は亡くなる原因だけではなく、寝たきりの原因にもなり、65歳以上の要介護状態の原因の4分の1が脳卒中といわれています。そして、高額な国民医療費の原因となります。メタボリックシンドロームは大変なことなのです。あなたにメタボリックシンドロームの心配はないでしょうか?
先に示したメタボリックシンドロームの基準は平成17年4月に日本内科学会という権威のある組織が示したものです。同じ年の秋に行われた厚生労働省の調査から、日本人男性の半分、女性の2割がこのメタボリックシンドロームであることが判明しました。非常に多くの日本人がメタボリックシンドロームであったわけです。肥満の人の8割は血圧、血糖、脂質などのいずれかの異常があります。肥満の5%の人に血圧が高く、糖尿病で、コレステロールや中性脂肪が高い四重苦が起こります。また、最近は、肥満が大腸癌や前立腺癌などの癌の原因にもかかわることが分かってきています。
このように、日本人ではこれまで以上に心臓病、脳卒中を予防しようとするため、あるいは大腸癌などを防ぐためにも、肥満とメタボリックシンドロームの対策を考えることが必要になってきたのです。具体的な動きとしては、来年度からの自治体や、職場で行っているウエスト径を測定してメタボリックシンドロームを見つけ、メタボリックシンドロームだった個人個人に効果的な予防対策を行うというものに変わります。これまでの健診のように、検査のやりっ放しを無くして、実効性のある指導方法を取り入れ、実際に体重の減少や、血圧の低下、血糖値、中性脂肪値、HDLコレステロール値などの改善を図ろうとするものです。そして厚生労働省はそれらの方策が実際に効果を上げるか否かを評価して、効果のあがった職場や市町村にはご褒美まで与えるということを考えているようです。
これまでに述べてきたように、メタボリックシンドロームを何とかするということは、肥満(腹部肥満)が高血圧、高脂血症、糖尿病の基になる状態で、この肥満を何とかすれば高血圧も高脂血症も糖尿病も元から一度に防げて、さらにこれらの危険因子が起こす心臓病と脳卒中を予防でき、医療費を減らせるという一石二鳥あるいは三鳥な方法となるからです。肥満があるから、糖尿病、高血圧、高脂血症になり、ひいては狭心症・心筋梗塞・脳卒中になる。だから元の肥満(腹部肥満)を何とかしようとするのが効率的であり、現実的なのです。
ノンカロリーは水だけ
2. 食事の摂取エネルギーと運動の消費エネルギー
前号までの「メタボリックシンドローム」は現代日本の必然として生じてきたことを述べました。食料に困らない集団では、自然に体重が増えていくものなのです。これは日本人の若年女性を除く全ての発展国で観察されることです。多くの方は、日に三度のお食事と、間食(おやつ)、夜食、アルコールを摂っていると思います。皆さんの中では大食漢の方もいるでしょうし、小食の方もいるでしょう。現在の平均的な日本人はどの程度の物を毎日食べているのでしょうか。平均的にはエネルギーとして一日2,000Kcal弱とされています。この数字は30歳以上の男女合わせた平均の値です。さて、ご飯はお茶碗で軽く一杯が160Kcal、ラーメン1杯が600〜700Kcal、カツ丼1杯が約800Kcalです。また、350mlの缶ビールが1本140Kcal、枝豆一人前が160Kcal、ピーナッツが大きめ10粒程度で80Kcal‥‥(表1)。水以外の口に入れる物にはエネルギーがあり、身体に入ればすべて積算される訳です。そしてトータルで日本人に摂取されるエネルギーは、平均して、一日約2,000Kcalになります。塵も積もれば山となる訳です。一方、一日の生命維持のために必要なエネルギー量は約1,600Kcal程度といわれています。早足での1時間の散歩で消費されるエネルギーは約200Kcal、これは距離として約4kmとなり6,000〜8,000歩を歩くことになります。この摂取と消費のエネルギーの差によって痩せてくるか太ってくるか決定されるのです。
3. 腹部肥満の発生はどのように
どこが太るのか。この余分なエネルギーが貯まる場所が脂肪組織です。特に、栄養は小腸から吸収されますから、余計なエネルギーはまず、小腸や大腸の周り〔ここを腸管膜・体網(たいもう)といいます〕にある脂肪組織に貯まります。余分なエネルギーは中性脂肪という脂質(ししつ)に変換されて、脂肪組織の中の一つ一つの脂肪細胞に貯まり、この細胞が肥大していきます。ご飯を食べても、ステーキを食べても、天ぷらを食べても全て余分なものは中性脂肪に変えられて脂肪細胞に貯まっていくのです。これが内臓脂肪蓄積型肥満(腹部肥満)のメタボリックシンドロームの元になります。脂肪細胞の一つ一つの大きさは1mmの10分の1にも満たないのですが、塵も積もって腹囲(はらまわり)が85cm、90cmとなるのです。ちなみに脂肪細胞の数が増えるのは、幼小児期といわれています。やはり、食事の刺激が脂肪細胞を増やしますが、子供は成長し、無意味に動き回るためにエネルギーを使うので太ることはないといわれていましたが…。
4. メタボリックシンドロームの予防: さあ何とかウエスト径を小さくしましよう
さて1ヶ月で1kgの体重を減らすこと、これは腹囲を1cm減らすことを意味します。これを行うためには脂肪1gは9Kcalがあると計算されますので、約7,000Kcal〜9,000Kcalのエネルギーを1ヶ月で減らさなければなりません。それは、それまでの食事内容、運動量を変えないで1ヶ月で7,000Kcal をマイナスにすることです。これまでの生活の中に1時間の散歩を加えたとしましょう。先に示したように散歩1時間で200Kcalのエネルギー消費ができますから、1ヶ月休まず、30日間続けても30×200Kcalで6,000Kcalとしかなりません。1ヶ月で1kgの体重減少は達成できません。運動の後、「いい汗かいたな」とビールの1杯でも飲んでしまえば、今運動した−200Kcalの効果などは直ぐ無くなってしまします。これが困難と思う方は多いと思います。そしてなにより、1ヶ月間、雨が降ろうが吹雪になろうが、休まずに1時間歩き続けることはなかなか困難です。
ですから、賢明な読者の方はお分かりなっていると思いますが、減量のためには食事を減らすことがどうしても必要になります。1ヶ月で1kgの減量のためには−7,000Kcalですから、1日約230Kcalをマイナスにする必要があります。小さなお茶碗一杯が160Kcalですから、3食でこれを半分に減らす(半分だけご飯を残す)と、1日240Kcalのマイナスですから、これを続けると1ヶ月で1kg体重が減る計算となります。こちらの方が現実的だと思いませんか?
このことを反対に考えると、毎日これまでの食事や運動量を変えないで、ピーナツを1日20粒(これは蜜柑2個、リンゴ半分にあたります)食べ続けたとすると160Kcal×45日=7,200Kcalとなり1ヶ月半で1kgの体重増加となります。油断すると体重はすぐ増える理由はここにあります。塵も積もればということです。机上の空論の見本のような気がしますが、あなたが仙人か宇宙人でもない限り、質量保存の法則に従っていて、これは仕方がないことです。言い換えると、普通の人は食べ物があると太るようにできているのです。それに打ち勝って減量を図ることは普通の人にはかなりの忍耐と努力を必要とすることになります。
さて紙面も尽きたようです。4回にわたってメタボリックシンドロームについてのよもやま話を述べてきました。メタボリックシンドロームは国民的な関心を呼び、政策としても今後の日本人の健康施策の中心となるものです。なによりも自分の命と健康が大事です。症状がないうちから健康に関心をもつという意味でもメタボリックシンドロームに関心を持つ意味はあると思います。
メタボリックシンドロームと予防のための公的機関のホームページが用意されていますので以下にご紹介します。ご参考まで。
- メタボリックシンドローム撲滅委員会:http://metabolic-syndrome.net
- 厚生労働省:http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/index.html
- 農林水産省:http://www.maff.go.jp/j/balance_guide/index.html