NO.6
|
番外篇「第28回日本高血圧学会総会から」
旭川医科大学第一内科/第28回日本高血圧学会事務局福澤 純さん
第28回日本高血圧学会総会(会長:旭川医科大学第一内科菊池健次郎教授)が全国から約1500人を超える医師、研究者などを集めて2005年9月15日から17日まで旭川市で開催されました。前回(No.92)のすこやかハートでお知らせしたようにこの会は過去に2度北海道で行なわれており(第2回札幌市、会長:故宮原光夫札幌医科大学教授、第12回札幌市、会長:飯村攻札幌医科大学教授)、今回が3度目の北海道での開催となりました。また、メインテーマを"高血圧、標的臓器障害の予防と徹底管理−JSH2004の活用"として、「JSH2004」という昨年(2004年)発表された日本人を対象とした高血圧の管理の指標である「日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン」の推奨する診断や治療をいかに実践するかという討論が行われました。以下に膨大な内容の一部をご紹介させていただきます。(発表者などの記載は北海道関係の方のみとさせていただきました。)
*
臨床シンポジウム「JSH2004の徹底活用」では以下の5つのテーマの代表的な研究者が発表を行いました。
望ましい幼若期からの開始
●生活習慣の修正はいつどのように始めるべきか
「生活習慣の修正」とはお薬以外の高血圧への対処法の総称で食事、運動、嗜好などの改善をさします。正常高値血圧(130-139または 85-89 oHg)の段階から、一次予防(発症の予防)の観点からは幼若期からの開始が望まれるという見解が示され、特に食塩制限については現状の1日11−12gに対して1日6g未満と設定されたJSH2004の集中指導の必要性が各種のデータをふまえて説明がありました。
医師でも低い基準の認知率
●家庭血圧をいかに診療に反映させるか
近年家庭血圧測定器が急激に普及したこと、またJSH2004でも家庭血圧重視の方針が採られたことより家庭血圧に対する意識が高まったと思われておりますが、その現状を把握するため医師約2000人、一般市民約8500人を対象に家庭血圧に対する意識と測定の実態を調べた結果が発表されました。家庭血圧測定器には上腕(二の腕)にカフを巻くタイプ以外に手首に巻くタイプ、それと数は少ないのですが指に巻くタイプのものが発売されています。JSH2004では上腕カフ型を推奨しています。また診療室での測定値が140/90oHg以上を高血圧と定義しているのに対して、家庭血圧では135/85oHg以上と定義しています。この調査によるとJSH2004で推奨された上腕カフ血圧計を使用している割合は8割と高い割合でしたが、高血圧と判断する家庭血圧測定値の基準の認知率は医師で30−40%、一般市民の方たちは2−6%と非常に低いことがわかりました。その他測定法、測定回数などを含めた家庭血圧測定の標準化と、いろいろな方たちにその内容を知っていただく活動が必要である旨の説明がありました。
非常に難しい目標達成
●糖尿病、腎障害への降圧目標をいかに達成させるか
札幌医科大学第二内科教授の島本和明先生は糖尿病・腎臓病を合併する高血圧の方々の降圧目標を達成するためのポイントを説明し、いろいろなヒトを対象とした研究の結果から得られた130/80oHg未満という降圧目標が実際の診療では非常に難しいこと、しかし糖尿病を合併する高血圧の治療目的である心臓・血管病および腎臓病の予防を行うためにはこの降圧目標を達成することが重要であることを解説しました。またアンジオテンシンU受容体拮抗薬やアンジオテンシン変換酵素阻害薬というタイプの降圧の使用の重要性についても示されました。
不十分な降圧にご用心
●脳卒中をいかに予防するか
重症高血圧、糖尿病、メタボリックシンドローム、喫煙、飲酒など従来知られている危険因子以外に今回、心臓の壁が厚い、頚の動脈の硬化や夜間血圧などの指標が有用であること、また所見のある方たちには24時間にわたる血圧管理が重要であることが示されました。脳卒中の一次予防(初めて発症することの予防)では確認されていた「血圧は低いほど良い」という方針が二次予防(一度発症した方が再発しないようにすること)に関しても当てはまることが示され、「過度の降圧よりも不十分な降圧に注意すべき」だという説明がありました。
厳格な血圧コントロール
●冠動脈疾患合併高血圧症の至適治療は?
旭川医科大学第一内科助教授の長谷部直幸先生は冠動脈疾患(心臓を栄養している血管−冠動脈−が関係する心臓病のことで具体的には狭心症や心筋梗塞をさします)を合併した高血圧の方々の厳格な血圧コントロールの重要性はコレステロール値の高いことがより重要である欧米に比べ日本で大きいこと、また各種降圧薬の使用法などについての解説がありました。また、1980年代に提起された冠動脈疾患では血圧を低くしすぎることは良くないという「J型カーブ現象」は否定的であるという研究成果を発表しました。
基本姿勢は「慎重に降圧」
●JSH2004の強調する変更点
2000年に発表された高血圧の治療指針であるJSH2000からJSH2004への変更点のなかで高齢者の方々の血圧目標値が段階的な目標値から140/90mmHg未満という明確な目標値に記載が変更された論拠が示されました。しかし、後期高齢者(75才以上)の方々の中等症(160-180/100-110mmHg)や重症(180以上/110以上mmHg)の方々では150/90mmHgの暫定降圧目標が設定されているとおり、日本発のヒトを対象とした研究の成果が確立されるまでは慎重に降圧していく基本姿勢には変わりないことが強調されました。
*
臨床研究とともに高血圧研究のもうひとつの柱である基礎研究のシンポジウムが「高血圧基礎研究:厳格な降圧の時代における臓器保護−大規模臨床試験との解離を埋める−」というテーマのもとに開かれました。各種降圧薬の降圧以外の効果(動脈硬化、認知機能、炎症)についての発表が行われ、その中で札幌医科大学第二内科助教授の浦信行先生は降圧薬に糖尿病の発症を抑制する作用のあること、薬剤間のその作用の強さの差、その作用の機序についての研究成果を発表しました。
*
日本高血圧学会では高血圧学の知識と臨床経験が専門レベルと認定された会員に対してFJSH(日本高血圧学会特別正会員)の資格を与えています(会員数:243人)。今回の学会総会では初めてFJSH特別企画シンポジウムが市立根室病院院長羽根田俊先生を座長として行われました。「FJSHはガイドラインの周知徹底や研究成果の社会還元のために何をすべきか」、高血圧学会やFJSHの今後のありかたについて討論が行われました。地域のみなさんに対して「市民公開講座の開催」、「マスメディアを活用して国民に高血圧の知識を広める」、また一般臨床家に対して「地域勉強会や相談会を開催」など具体的な活動内容に対して多くの賛同が得られ、今後の活動に注目が集まると思われました。
*
一般演題では札幌医科大学の加藤伸郎先生が収縮期血圧(血圧の"上"の値)の高値が長期的な腎臓のはたらきを低下させる危険因子になることを全国的に注目されている端野・壮瞥町研究の結果から得られたことを発表し注目されました。また、仁友会北彩都病院の矢尾尚之先生は血液透析を受けている方々が動脈硬化の危険因子であるコレステロール値が高くないにもかかわらず動脈硬化が進行している機序として"酸化LDL"という超悪玉コレステロールが重要であることを発表しました。
*
高血圧に関する研究において重要な成果を発表した若手研究者を表彰するYoung Investigator's Award(若手研究者賞)は全国の多くの応募者のなかから5人の若手研究者が選ばれました。学会総会開催中に行われたプレゼンテーションを参考にした選考の結果、旭川医科大学第一内科の藤野貴行先生が最優秀賞に選ばれ最終日の閉会式で表彰されました。また、日本高血圧学会が発行している医学雑誌Hypertension Research誌の優秀論文を表彰するNovartis賞が札幌医科大学第二内科の荻原誠先生に贈られました。
*
上記の内容以外に、旭川市旭山動物園副園長の坂東元先生には「旭山動物園の再生−伝えるのは命の輝き」というタイトルで特別企画での講演をしていただき、高血圧学会会員に多くの感銘を与えました。また、最終日の午後には「市民公開講座」が「沈黙の殺人者−高血圧の予防と管理」というテーマで札幌医科大学名誉教授の飯村攻先生の「身近に考えよう−北海道の生活習慣病」などの講演が行われ数多くの方々が高血圧についての知識を深められました。
最後に第28回日本高血圧学会総会の開催にあたっていろいろな分野でご協力いただいた方々に御礼申し上げますとともに高血圧学会総会開催の報告とさせていただきたいと思います。