NO.1
|
総コレステロールではなく、コレステロールの質が大切
北海道大学大学院医学研究科循環病態内科学
佐久間一郎さん
(1−1)
■はじめに
■わが国では冠動脈疾患発症に何が重要か四方を海に囲まれて漁業が盛んであり、また農業国でもあったことから魚や豆腐を多く食べ、よく働いて肥満の少なかった日本人は、先進国のなかでは冠動脈疾患の最も少ない国民です。現在でも、わが国の冠動脈疾患による死亡率は米国の3分の1、英国の4分の1ほどです(図1)。しかし、食事の西欧化や電化製品・車の普及など生活の変化により、肥満症や糖尿病、高血圧症といった生活習慣病が増加したこともあり、冠動脈疾患は上昇しつつあります。図1でも、ここ10年間で英米二国の冠動脈疾患による死亡率が低下してきたのに対し、わが国では徐々に増加傾向にあることがわかります。わが国は平成32年(2020年)には4人に1人が、平成62年(2050年)には3人に1人が65歳以上という超高齢社会になると予想されていますので、高齢者で多い冠動脈疾患は、今後ますます増加する心配があります。また、食事や生活の欧米化による若年層や壮年層における「生活習慣病」の増加も、欧米型の冠動脈疾患増加を懸念させます。このような状態に鑑み、日本循環器学会は2001年に「虚血性心疾患の一次予防ガイドライン」を発表し、日本人がとるべき生活改善の方法や治療目標を定めました(表1)。
表1.日本循環器学会「虚血性心疾患の一次予防ガイドライン」 目標 特記事項 生活習慣 喫煙 完全な喫煙を実施 受動喫煙も回避するべき 運動 中等度の運動を週3〜4回、1回30分以上 できれば毎日行うことが望ましい 栄養 糖質エネルギー比を50%以上に 脂肪エネルギー比を20〜25%に 飽和脂肪酸:一価不飽和脂肪酸:多価不飽和脂肪酸=3:4:3 脂肪酸摂取バランスに注意 n-6/n-3比を3〜4に 食物繊維を十分に摂取 20〜25g/日 食塩摂取10g/日未満に 高血圧合併時は7g/日未満に 抗酸化物質を摂取 ビタミンE、ビタミンC、カロテノイド、ポリフェノール ホモシステインを減らす 葉酸、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンB12 ミネラルを不足なく摂取 カルシウム、カリウム、マグネシウム、セレン 体重 BMI を25未満に
BMI 25以上の場合、ウエスト周囲径を男性では85cm未満に、女性では90cm未満に糖尿病患者はBMIを23未満に 精神保健 作業量を工夫し、長時間労働を避け、休日・休息をきちんと取る
タイプA行動に気づきコントロールする仕事の要求度と裁量権のバランスを確保する
職場における社会的支援を増やす危険因子 高血圧 若年者、中年者、糖尿病患者では130/85mmHg未満に 高齢者では140〜160/90mmHg未満が望ましい 高脂血症 総コレステロール220mg/dL未満
LDLコレステロール140mg/dL未満高脂血症以外の危険因子を有する場合
総コレステロール200mg/dL未満、LDLコレステロール120mg/dL未満が理想トリグリセライド150mg/dL未満 レムナント、small dense LDL、Lp(a)に留意 HDLコレステロール40mg/dL以上 糖尿病 空腹時血糖120mg/dL未満、HbAlc 6.5%未満 総コレステロールを180mg/dL未満
LDLコレステロールを100mg/dL未満治療 ホルモン補充療法*
個々に効果とリスクを勘案して、施行を考慮 効果が期待されるもの:更年期障害、骨粗鬆症、高Lp(a)血症等の高脂血症、アルツハイマー病の予防
リスク:乳癌の既往と家族歴、血栓症の既往アスピリン 危険因子を多数有する患者で投与を考慮 糖尿病患者では他の危険因子を合わせ持つ場合、投与を考慮 *ホルモン補充療法は新たなエビデンスが出るまで、記述が留保(凍結)されることとなった
LDLと中性脂肪を下げてHDLを増やす脂質低下薬わが国では冠動脈疾患よりも脳梗塞の発症が多いという欧米人とは異なった動脈硬化性疾患の発症パターンを示します。従って、欧米のガイドラインで定められた危険因子は、わが国においても冠動脈疾患を増加させると考えられますが、わが国固有の特徴もあると思われます。それでは、危険因子の中ではどれが一番重要なのでしょうか。たとえば、脂質には総コレステロール、LDLコレステロール(いわゆる悪玉コレステロール)、HDL-C(善玉コレステロール)、さらに中性脂肪(トリグリセライド)があります。それらには、それぞれ正常値が定められており、それらを超えたり、それより少なかった場合には危険因子となります(表2)。
表2.日本循環器学会「虚血性心疾患の一次予防ガイドライン」による虚血性心疾患の危険因子 1. 加齢(男性45歳以上、女性55歳) 2. 冠動脈疾患の家族歴 3. 喫煙習慣 4. 高血圧(収縮期血圧140mmHg以上、あるいは拡張期血圧90mmHg以上) 5. 肥満(BMI 25以上かつウエスト周囲径が男性で85 cm、女性で90 cm以上) 6. 耐糖能異常(境界型および糖尿病型) 7. 高コレステロール血症(総コレステロール220 mg/dL以上、あるいはLDLコレステロール140 mg/dL以上) 8. 高トリグリセライド血症(150 mg/dL以上) 9. 低HDL コレステロール血症(40 mg/dL未満) 10.精神的、肉体的ストレス
表3.北海道において心筋梗塞発症に重要だった危険因子 危険因子 オッズ比 有意性 男性 低HDL-C血症
高血圧症
糖尿病
喫煙
高LDL-C血症6.16
2.73
1.82
1.51
0.98p<0.001
p<0.001
p<0.001
p<0.001
n.s.女性 高血圧症
低HDL-C血症
糖尿病
高中性脂肪血症
高LDL-C血症5.77
3.43
2.42
2.30
1.37p<0.001
p<0.01
p<0.05
p<0.05
n.s.
HDL-C:HDLコレステロール、LDL-C:LDLコレステロール、n.s.:有意性なし われわれが北海道内で、心筋梗塞を発症した患者さんが持っていた危険因子と、健康診断を受診した健常者が持っていた危険因子を比較したところ(表3)、心筋梗塞を発症した患者さんでは、危険因子として、男性では善玉コレステロールが低いこと(低HDL-C血症)、高血圧、糖尿病、喫煙が、女性では高血圧、低HDL-C血症、糖尿病、高中性脂肪血症が重要であることが分かりました。一方、悪玉コレステロールが多い状態、すなわち高LDL-C血症は有意とはなりませんでした。さらに、総コレステロール値が高い、高コレステロール血症は重要とはならないことが分かりました。
これは、総コレステロールや悪玉コレステロールが多い患者さんでは心筋梗塞を起こす確率はもちろんやや高くなりますが、コレステロールがそう高くない患者さんや、やや低めの患者さんも心筋梗塞を発症し、むしろ後2者の総数が多いことを意味します。また、コレステロールのなかで特に注意すべきなのは善玉コレステロール(HDL-C)が少ない状態(低HDL-C血症)であるということが分かります。
低HDL-C血症は中性脂肪が高い状態(高中性脂肪血症)で起こりやすく、この状態に高血圧症、糖尿病、さらに肥満(リンゴ型の中心性肥満)が加わると、「死の四重奏」と呼ばれる非常に冠動脈疾が増える状態となります。この「死の四重奏」状態では、超悪玉の小粒子化LDLやレムナントという粒子が増えることが知られています。これにさらに高LDL-C血症が加わると、最悪の状態となるのです。従って、脂質については、総コレステロールではなく、その中身(質)が重要なのです。
■脂質治療で重要なこと
冠動脈疾患にならないためには、喫煙、運動、栄養、肥満、精神衛生に留意し、生活を改善することがまず大切です。喫煙は完全な禁煙が必要ですし、他人のタバコの煙を吸う受動喫煙も避けるべきです。運動では中等度の運動を週3〜4回、1回30分以上行うことが奨められます。栄養に関しては、脂肪の摂り過ぎとカロリーオーバーを防ぐことが重要となります。肥満に関しては、標準体重以内に体重を整え、さらに男性ではウエスト(正確には臍周囲径)を85cm未満に、女性では90cm未満とするようにします。精神衛生では、長時間労働を避け、休日・休息をきちんと取ること、さらに職場の労務管理の徹底により仕事の要求度と裁量権のバランスを確保し、社会的支援を増やすことを提言した。また、いらいらしないことも重要と考えられます。
これらのことに留意すれば、「死の四重奏」状態に陥らず、脂質の質も良いものとなってきます。しかし、生活改善だけで良くならない場合は、お薬で脂質とその質を是正しなければなりません。その場合、総コレステロールやLDL-Cを低下させるだけではなく、HDL-Cや中性脂肪に留意し、是正することが重要です。最近、LDL-Cを強力に低下するのみならず、HDL-Cを大幅に増やし、中性脂肪を低下させる脂質低下薬(スタチン)が利用できるようになりましたので、「死の四重奏」状態の患者さんには朗報といえます。特に、すでに冠動脈疾患を有している患者さんでは、このような強力な脂質低下薬を使って脂質の質も是正する必要がある場合が多いと考えられます。
一方、高コレステロールだけで他に危険因子のない患者さんは、わが国ではほとんど冠動脈疾患にはなりません。従って、そのような患者さんでは、強い脂質低下薬を使う必要がないことも分かってきています。脂質低下薬を服用する場合には、必要性に応じて、種々のお薬がありますので、適切なものを主治医の先生からいただくようにして下さい。