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高血圧のガイドライン2009
糖尿病・メタボリックシンドロームを伴った高血圧の治療
手稲渓仁会病院 総合内科部長
浦 信行さん
はじめに
わが国の糖尿病は年々増加してほぼ900万人となり、予備軍を併せると2,200万人といわれ、一方、高血圧は4,000万人と推定される。両者は動脈硬化の危険因子であり、動脈硬化を発症・進展させ、脳・心・腎に臓器合併症を発症する。国民衛生の動向では脳血管疾患、心疾患、腎不全による死亡は全死亡の約30%と、悪性新生物と同程度であることから、糖尿病合併高血圧はことさら厳密な管理を必要とする。現実には高血圧と糖尿病は合併しやすく、腹部肥満とインスリン抵抗性(IR)/高インスリン血症を背景としたメタボリックシンドローム(MetS)は、各々のリスクが正常高値血圧や軽度耐糖能異常と言う軽度の異常の範囲であっても、これらの合併は相加的・相乗的に動脈硬化を進展させる。MetS合併高血圧に対する治療介入試験の成績は未だに報告されていないが、糖尿病に関して厳格な降圧は血糖強化療法に勝るとも劣らない効果を示すことが報告されている。本稿では糖尿病・MetSに合併した高血圧の治療を概説する。
糖尿病に合併した高血圧の降圧薬治療開始基準、降圧目標値
日本高血圧学会の高血圧治療ガイドライン(JSH2009)は、糖尿病合併高血圧は血圧値のいかんにかかわらずハイリスク群とし、薬物療法開始時期を生活習慣の修正・血糖管理と同時に140/90mmHg以上とし、130-139/80-89mmHgの正常血圧例でも3ヶ月を超えない範囲での生活習慣の修正・血糖管理の後に効果不十分であれば薬物療法を開始するとし、至適降圧目標値を130/80mmHg未満とした。これには、端野・壮瞥町学研究の成績が一つの論拠となっている。すなわち、各血圧値階層別に比較すると耐糖能異常例の方が正常例に比較して心血管死亡の相対危険度が高く、血圧がより低値から心血管死亡の相対危険度が有意に増大し、130/80mmHgですでに有意に大であることが明らかとなっている。治療介入試験では、UKPDS試験が、血圧を厳格にコントロールし、治療後の血圧が144/82mmHgであった群では、血圧を緩やかにコントロールして154/87mmHgであった群に比べて脳血管障害が44%有意に減少、心筋梗塞も21%の減少を認めたのみならず、糖尿病性合併症までもが有意に減少し、降圧によるリスクの低減は血糖値の厳格なコントロールに優るとも劣らない効果をもたらすと報告された。UKPDS試験では厳格とは言っても降圧レベルは不十分である。HOT試験では、80mmHg未満を降圧目標とした糖尿病合併患者の心血管疾患の発症率が85-90mmHgの群に比して有意に、約50%低下したと報告している。従って、糖尿病合併高血圧では十分な降圧は極めて重要であり、130/80mmHg未満を降圧目標とするが、蛋白尿が1g/day以上の糖尿病性腎症を合併している場合は、MDRD試験の結果から更に厳格な125/75mmHg未満での血圧管理を目標とする。
糖尿病に合併した高血圧の降圧薬の選択
SHEP試験では糖尿病の有無で対比した結果を発表した。これは少量利尿薬群の心・血管系事故発症をプラセボ群と対比しており、糖尿病の有無にかかわらず危険度は有意に減少するが、危険度の低下率は糖尿病群で2倍高く、糖尿病合併例で有効性が高いことを示した。また、図1のようにUKPDS試験では糖尿病合併高血圧の心・血管合併症に対するカプトプリルの有効性が利尿薬やβ遮断薬と差が無く、結局は十分な降圧が重要であるとしている。この成績は薬剤の種類によらず確実な降圧が有効であることを示唆している。しかし、用いられたアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬は短時間作用型で1日3回投与型のカプトプリルを1日2回投与で行われた成績で、ACE阻害薬の効果を過小評価した可能性は否定できない。CAPPP試験は糖尿病を合併する患者群ではACE阻害薬の一次予防効果は従来法より有意に大で、ACE阻害薬の有用性が高いと報告された。また、LIFE試験ではアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)がβ遮断薬より心血管疾患発症を有意に抑制したと報告している。
糖尿病合併高血圧ではCa拮抗薬(CCB)の有用性も報告されているが、この両者の効果を対比した成績も報告されている。糖尿病合併高血圧に関して図1のようにABCD試験(次頁文献1)ではACE阻害薬群がCCB群に比べて致死的及び非致死的心筋梗塞の発症率が有意に少なかったことからACE阻害薬の優位性を述べ、FACET試験(文献2)でも同様の成績を報告している。JSH2004では ACE阻害薬、ARB、CCB拮抗薬を第一次薬としていたが、JSH2009ではこれらの成績を踏まえてACE阻害薬とARBを第一次薬とし、CCBは少量の利尿薬と並んで第二次薬とした。なお、併用薬としては、降圧の点からはCCBも利尿薬もRA系抑制薬との相乗効果があり、同等な著明な降圧効果が得られる。両者の比較に関しては昨年興味ある報告がなされた。ACCOMPLISH試験は糖尿病合併例60%を含む高リスク群高血圧が対象で、ACE阻害薬に少量利尿薬併用群とCCB併用群とで心血管イベントの発症を比較したものである。両群の降圧度に差はなかったが、心血管死、心筋梗塞、脳卒中入院を必要とする狭心症などの複合一次エンドポイントは図2の様にCCB併用群の方が優れると報告された(文献3)。わが国ではARBのオルメサルタンとCCBもしくは利尿薬の併用の2群比較試験が行われており、その結果が待たれる。
MetSとIR
MetSの背景因子としてIRが存在し、IR/代償性高インスリン血症は各種の機序を介して各々の疾病の発症、進展を惹起するが、RA系は様々な段階でIR、MetSに関与している。従ってJSH2009ではIRを考慮し、IR改善効果を有するRA系抑制薬の使用を推奨している。また、薬物療法の対象は血圧値が高血圧であれば140/90mmHg以上で、耐糖能が糖尿病であれば130/80mmHg以上である。また、MetSの4因子が総て陽性で、耐糖能が境界型且つ血圧値が正常高値であり、生活習慣の修正を行っても降圧を見なければ、薬物療法を考慮としている。しかし、厳密な意味でMetSの心血管疾患発症予防を評価したRA系抑制薬の大規模臨床試験は報告されていない。一方、MetSは新規糖尿病発症の高リスク群でもあり、糖尿病発症で心血管疾患発症のリスクは数倍高値となることが多くの報告で明らかにされており、これに対するRA系抑制薬の効果が注目されている。
MetSの動脈硬化性疾患発症に対するRA系抑制薬の意義
MetSを対象としRA系抑制薬の動脈硬化性疾患発症・進展に対する治療効果を検討した大規模臨床試験は報告を見ない。直接MetSを対象としてはいないが、わが国で行われたCASE-J試験のサブ解析の結果は十分参考となる。CASE-J試験はARBとCCBの比較試験であるが、1次エンドポイントの心血管イベントには両群で差がなかった。また、副次評価項目である致死的心血管イベントや全死亡も両群に差は無かったが、BMIで評価した層別解析では図3に示すようにBMI27.5以上では全死亡がARB群で有意に少ないと言う成績であった(文献4)。MetSでの成績ではないが参考となる成績である。Fogariらは肥満高血圧を対象に興味ある成績を報告している。BMI30を超える肥満高血圧ではバルサルタン治療群はIRを改善するのみならず、血漿レプチン濃度や血漿ノルエピネフリン濃度を低下させたが、CCBのフェロジピンは血漿NE濃度をむしろ増加させ両群間に有意差を見たと報告した。彼らは更に、同様の検討をバルサルタンとアムロジピン群で行ったが(文献5)、バルサルタンはIRの改善、血漿レプチン濃度の低下と血漿レジスチン濃度の低下に加えて、血漿アディポネクチン濃度の増加をもたらした。一方、アムロジピンはこれらにはいずれも有意な変化を見なかった。最終的な心血管発症や増悪は評価していないが、肥満高血圧ひいてはMetSの動脈硬化性病変の発症・進展の観点からはRA系抑制薬の優位性を窺わせる成績である。
おわりに
以上の様に、高血圧には糖尿病が合併しやすく、相加的・相乗的に大血管障害を進展させ、生命予後を脅かす。従って、血圧値の定期的な評価、厳密な降圧、薬物の選択は重要である。一方、MetSを対象とした大規模臨床試験は未だに成績が報告されてはいないが、肥満を対象としたCASE-Jのサブ解析の結果を合わせ考えると、MetSの高血圧治療にはRA系抑制薬が極めて有用である可能性が推測される。
文献
1. Estacio RO, Jeffers BW, Hiatt WR, et al:The effects of nisoldipine as compared with enalapril on cardiovascular outcomes in patients with non-insulin-dependent diabetes and hypertension. N Engl J Med 338:645-652,1998.
2. Tatti P, Pahor M, Byington RP, et al:Outcome results of the Fosinpril versus Amlodipine Cardiovascular Events Randomized Trial (FACET) in patients with hypertension and NIDDM. Diabetes Care 21:597-603,1998.
3. Jamerson K, Weber MA, Bakris GL, et al:Benazepril plus amlodipine or hydrochlorothiazide for hypertension in high-risk patients. N Engl J Med. 2008 Dec 4;359(23):2417-28.
4. Ogihara T, Nakao K, Fukui T, et al:Effects of Candesartan Compared With Amlodipine in Hypertensive Patients With High Cardiovascular Risks:Candesartan Antihypertensive Survival Evaluation in Japan Trial Hypertention 51:393-398, 2008.
5. Fogari R, et al:Effect of valsartan on adiponectine, leptin and resistine in hypertensive obese patients. Am J Hypertens 18:196A-197A, 2005.