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メタボリックシンドロームと特定健診
札幌医科大学 第二内科
斎藤 重幸さん
1. はじめに
日本では年間114万人が亡くなりますが、おおよそ、その1/3が癌、1/3が心臓病・脳卒中です。残りの1/3が肺炎や事故などその他の原因です。寝たきりを防ぎ、早すぎる死を予防するためには、心臓病、脳卒中を起こさないことがどうしても必要です。最近の日本人の心臓病、脳卒中の多くは動脈硬化によって起こるものです。動脈硬化については、この機関誌のこれまでのシリーズの中で詳しく述べられています。興味のある方はバックナンバーを読み直して下さい。
心臓病や脳卒中を防ぎ寝たきりや早死の確率を低くするためには動脈硬化の進展を防止することが一番効率的です。健康のために何かしようと思っている方は動脈硬化の予防を目的とするとよいでしょう。動脈硬化は、高血圧、糖尿病、脂質異常症、たばこなどが原因(危険因子)となって進行することがわかっています。
2. メタボリックシンドロームとは
容姿の問題もありますが、皆さまも直感的に「肥満」は不健康というイメージがあると思います。「肥満」は必要以上に脂肪が体についている状態(体重が重い)と、腹部内臓(胃・腸)の周りに脂肪が必要以上についている状態(お腹がでている肥満:腹部肥満といいます)に分かれます。大抵の場合、体重が重いこととお腹がでていることは一緒の事が多いのですが。
肥満特に「腹部肥満」では高血圧、糖尿病、脂質異常症が合併しやすくなります。そして「腹部肥満」に血圧高値(高血圧あるいは高血圧になるすぐ前の状態)、血糖値高値(糖尿病か糖尿病予備群の状態)、脂質異常症(中性脂肪高値、HDLコレステロール(善玉コレステロール)の低値)が複数合併する状態を「メタボリックシンドローム(メタボ)」と呼ぶことにしました(2005年4月に日本の基準(表1)が発表されました)。具体的には腹囲径で男性85cm以上、女性90cm以上の腹部肥満を必須項目として、血圧130/85mmHg以上、空腹時血糖値(110mg/dl以上)、脂質代謝異常(トリグリセリド150mg/dlあるいはHDLコレステロール40mg未満)のリスクのうち2つ以上認める者となります。
メタボリックシンドロームはマスメディアでも数多く取り上げられ、メタボは国民にもある程度浸透していると思います。そして、医療制度改革の一環としてこれまでの健診・保健指導の見直しが図られ、昨年4月からはこのメタボをもとに特定健診・保健指導が施行されることとなったのです。
3. 特定健診・保健指導とは
日本に住む人は病気の予防と早期発見のために、法律で健診や保健指導を受ける事が決められています。これが、職場健診や、市町村が行う住民健診(札幌では「すこやか健診」)です。この健診の仕組みが、昨年4月からそれまでのものと根本的に変わり、「特定健診・特定保健指導」と呼ぶようになったのです。「特定」とはなにを特定とするのか?それはメタボです。メタボに該当する者やその予備群を健診により選びだして積極的に専門家による保健指導を受けてもらい、実際に腹部肥満を解消し、糖尿病や心臓病の予防を計るというものです。計画倒れにならないように、メタボの罹病率や糖尿病の発症率についての目標値が決められ、それが達成されない場合のペナルティーまで用意され、今、問題となっている後期高齢者医療制度とも関連しています。
4. 特定健診・保健指導とメタボリックシンドローム
約10年前に「健康日本21」という健康目標が設定され、各自治体は、その地方にあった健康施策を計画し、実施することになりました。皆さんは覚えているでしょうか?この「健康日本21」の中間評価が行われ、糖尿病有病者・予備群の増加、肥満者の増加や野菜摂取量の不足、日常生活における歩数の減少など、日本人では健康状態及び生活習慣の改善が見られないかむしろ悪化している現状が明らかとなりました。そこで、これまでの活動成果を踏まえ、新たな視点で生活習慣病対策を充実・強化することが必要となったのです。また国の目標として平成27年には平成20年と比較して糖尿病等の生活習慣病有病者・予備群を25%減少させ、中長期的には医療費の伸びの適正化を図ることが決定されました。これを達成するためには、これまでの健診・保健指導では限界があると考えられたため「特定健診・特定保健指導」がはじまったのです。
メタボは内臓脂肪の蓄積を背景に高血圧、糖尿病、脂質代謝異常などのリスクが集積し、心筋梗塞や脳卒中などの動脈硬化性疾患の危険因子となる病態です。その改善・予防によって死因の上位を占める心血管疾患を減少させて健康寿命を延ばすことにつながり、将来的には医療費の削減を達成できる可能性を考えているのです。
またメタボの上流にある内臓脂肪の蓄積・肥満を改善させることで、高血圧・糖尿病・脂質代謝異常などの種々の代謝異常を一元的に改善・予防できる可能性があることや、内臓脂肪の蓄積が一番の問題であるという考え方が健診参加者にも理解しやすいという利点もあります。さらに、従来は複数の生活習慣病に対する対策を個別に行っていたため、指導する医療関係者サイドとしても焦点が定まりにくいという問題を抱えていたのが、メタボという一つの概念の導入により保健指導を行う側からみても指導対象者の抽出が容易となり、指導目的・方法も明確になるという利点もあげられました。
5. 「特定健診・特定保健指導」の方法
「特定健診」では保健指導を必要とする者を的確に抽出することが目的とされ、従来の健診から健診項目に関する見直しも行われています(表2)。必須項目としては、質問票(服薬歴、喫煙歴等)、身体計測(身長、体重、BMI、腹囲)、身体診察、血圧測定、血液検査(中性脂肪、HDLコレステロール、LDLコレステロール、AST、ALT、γーGTP、空腹胎血糖またはHbA1c)、尿検査(尿糖、尿蛋白)です。医師が必要と認めた場合には詳細な健診項目として心電図検査、眼底検査、貧血検査のいずれかが行われるようになります。血糖に関して、必ずしも空腹時に採血できない場合があることや、空腹時血糖値のみでは糖尿病の疑いのある者を正確に把握することが困難な可能性も踏まえてHbAlcが推奨されています。従来の健診にあった腎機能評価のための血清クレアチニン値や尿酸は必須項目には含まれていません。
健診項目の判定基準も見直されており、指導が必要なレベルと医療機関の受診を勧奨するレベルに分けて基準が設定されています(表2)。注目すべき点は、空腹胎血糖値の基準が100m/dl以上で要保健指導となっている点です。
「特定健診」の具体的な方法を表3に示しました。ステップ1として腹部肥満の有無で層別化され、ステップ2として血糖値、脂質値、血圧値と喫煙の4つのリスクのうち該当する数をカウントされます。ステップ3として、その層別化とリスクの数により、保健指導の受けるレベルが決まります。ここで、治療を受けている人の保健指導はかかりつけの医療機関で行い、基本的には医療保険者の特定保健指導の対象とはならないとされています。また、前期高齢者(65歳以上75歳未満)については、予防効果が多く期待できる65歳までに特定保健指導が既に行われてきていると考えられ、日常生活動作能力、運動機能等を踏まえ、生活の質の低下に配慮した生活習慣の改善が重要であるなどの理由から、積極的支援の対象となった場合でも動機付け支援にとどめられています。LDLコレステロール、AST、ALT、γ−GTP等の階層化に用いられない検査結果についても、保健指導判定価を超えている場合には、特定保健指導の際に、検査結果に応じてその病態、生活習慣を改善する上での注意点をわかりやすく説明されることになっています。以上が、「特定健診」の概要です。
皆さんはすでに平成20年度の特定健診は受診されたでしょうか?