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動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007年版―脂質異常症・治療法の実際―
北海道恵愛会・札幌南三条病院
木島 敏明さん
T.生活習慣の改善
生活習慣の改善は、一次予防、二次予防を問わず、動脈硬化性疾患の発症・進展阻止を目的とした治療の基本となる。今回のガイドラインでは、血清脂質を中心として、高血圧、耐糖能異常、内臓脂肪蓄積にも配慮した生活習慣の改善法について述べられている。以下に示す4項目が生活習慣を改善する上での柱となり、適切な指導と実践によって動脈硬化の危険因子を是正し、動脈硬化の進展を予防できることが報告されている。
(1)禁煙 (2)食生活の是正 (3)身体活動の増加 (4)適正体重の維持と内臓脂肪の減少
1.禁煙
喫煙は、すべての動脈硬化性疾患に対する独立した危険因子であり、心血管死ならびに総死亡の危険を有意に増加させる。一方、禁煙は冠動脈疾患の既往の有無にかかわらず死亡や心血管リスクの低下をもたらし、その効果は年齢や性別を問わない。また、禁煙の効果は、その開始とともに速やかに現れ、禁煙期間が長くなるほどリスクはさらに低下することが知られている(図1)。したがって、動脈硬化性疾患の予防にあたっては、すべての年齢層で禁煙を実行することが重要であるといえる。しかし、周知のごとく禁煙を継続することは、はなはだ困難である。そこで2006年4月から禁煙外来が認可され、ニコチン依存症に対してのニコチンガム、ニコチンパッチを用いたニコチン置換療法に対して保険適用できるようになった。また、最近ニコチン受容体拮抗薬が開発されニコチンの含まない内服薬が発売されより禁煙が可能になることが予想される。
(図1) 禁煙期間別にみた冠動脈疾患死亡の多変量調整相対危険度 対 象:日本人の男性41,782人、女性55,592人
年 齢:40〜79歳
調査期間:1988〜1990年から1999年まで
2.食生活の是正
動脈硬化性疾患の既往の有無によらず、食生活の是正は、脂質異常症を示す患者にとって生活習慣改善の根幹をなすものであり、これまで多くの研究によりその有用性が示されている。過剰なエネルギーの摂取は肥満の原因となり、脂質異常症や耐糖能障害を初めとするさまざまな代謝性の危険因子の合併を招く。総エネルギー摂取量の制限は、特に肥満者においてインスリン抵抗性の改善、TG値やTC値の低下をもたらし、冠動脈疾患の進展抑制につながる。また、動物性脂肪に多く含まれる飽和脂肪酸摂取量の増加は、TC値ならびに冠動脈疾患発症率を増加させるため、総脂肪だけでなく、飽和脂肪酸の摂取制限が有用である。事実、飽和脂肪酸の摂取量を減らし、逆にオリーブ油などに多く含まれる一価不飽和脂肪酸の摂取量を増やすことによって動脈硬化の進展を予防し、冠動脈疾患の発症リスクを低減できることが示されている。また、魚類などに多く含まれるn-3系多価不飽和脂肪酸の適切な摂取は、血清脂質値の改善に加え、血圧の低下や抗凝固作用、血管内皮機能の改善などをもたらし、冠動脈疾患や脳梗塞の発症抑制効果があるとされ、魚類の消費量と冠動脈疾患による死亡率の間に負の相関がみられることもこれを裏付けている。
さらに、大豆タンパクにはLDL-C値低下、HDL-C値上昇作用があり、動脈硬化性疾患の予防効果が示されている。動脈硬化の発症に酸化ストレスの関与が指摘されており、事実、種々の観察研究で抗酸化ビタミン(ビタミンC、Eなど)の摂取による動脈硬性疾患の発症抑制が示唆されてきた。しかし、近年実施された大規模臨床試験の多くはビタミンCやビタミンEの積極的投与による動脈硬化性疾患抑制効果に否定的であるため、動脈硬化の進展予防を目的に、食事に上乗せして抗酸化ビタミンを摂取する根拠は乏しい。また、高ホモシステイン血症が心血管リスクの上昇と深く関わることから、血中ホモシステイン低下作用をもつ葉酸やビタミンB6,B12の摂取による動脈硬化性疾患抑制効果が期待されてきたが、大規模臨床試験の成績はその結果に否定的である。日本茶や赤ワインに含まれるポリフェノールの摂取量と冠動脈疾患発症率・死亡率の間にも負の相関関係が示されている。しかし、いずれの場合も十分な臨床試験は行われていないため、臨床的有用性の確立には今後の検討が必要である。これらの科学的根拠に基づく食事療法の基本が示されている(表1)。
2段階からなる食事療法が推奨されている。第1段階では、総摂取エネルギー、栄養素配分およびコレステロール摂取量の適正化を図る。肥満者、高齢者、女性、運動量の少ない人では標準体重/kgあたりの摂取エネルギー量を本表より低めに設定する。タンパク源として肉類を少なく、魚や大豆製品を増やすほか、食物繊維の多い食品や、抗酸化物質を多く含む野菜や果物などの摂取を心掛けるようにする。第1段階の食事療法を3ヶ月行っても脂質値が目標に達しない場合には、第2段階の食事療法を考慮する。第2段階では脂質異常症の病型に配慮し、高LDL-C血症、高TG血症、この両者が併存する場合、あるいは高カイロミクロン血症など、その型に応じて、よりきめ細かい食事療法を行う。脂肪の総摂取量を20%以下に制限するとともに、飽和・不飽和脂肪酸の比率を考慮する。また、食事療法にあたっては、その内容だけでなく、食生活パターンの乱れを是正することも大切である。
表1 脂質異常症における食事療法の基本 第1段階(総摂取エネルギー、栄養素配分およびコレステロール摂取量の適正化) 1) 総摂取エネルギーの適正化
適正エネルギー摂取量=標準体重*×25〜30(kcal)
*:標準体重=(身長(m)×身長(m))×222) 栄養素配分の適正化
炭水化物: 60% タンパク: 15〜20%(獣鳥肉より魚肉、大豆タンパクを多くする) 脂 肪: 20〜25%(獣鳥性脂肪を少なくし、植物性・魚肉性脂肪を多くする) コレステロール: 1日300mg以下 食物繊維: 25g以上 アルコール: 25g以下(他の合併症を考慮して指導する) その他: ビタミン(C、E、B6、B12、葉酸など)やポリフェノールの含量が野菜、果物などの食品を多く取る(ただし、果物は単糖類の含量も多いので摂取量は1日80〜100kcal以内が望ましい)
3.身体活動の増加
日常生活の中で身体活動を増やす工夫を行うとともに、個々人に適した運動を生活に取り入れるよう心掛ける。身体活動の増加は、血清脂質値の改善、血圧低下、インスリン抵抗性や耐糖能障害の是正、血管内皮機能の改善や易血栓傾向の軽減をもたらし、冠動脈疾患の一次および二次予防に有効である。運動は有酸素運動を主とし、1日30分以上を週3回以上(できれば毎日)、または週180分以上を目指す。一方、慣れない運動には筋骨格系障害などのリスクがつきものであり、心血管疾患を有する患者の場合は、激しい運動によって突然死や心筋梗塞を生ずる危険もある。この点には十分配慮し、運動療法の実施にあたっては、潜在性の動脈硬化性疾患の合併症を検索しておく必要がある。運動の種類は、速歩、社交ダンス、水泳、サイクリングなどを行うと良いでしょう。なお、厚生労働省より「健康づくりのための運動指針2006」が提唱されている。
4.適正体重の維持と内臓脂肪の減少
適正体重を実現し、かつ、維持することは生活習慣改善の大切な要素である。肥満、特に内臓脂肪の過剰蓄積は心血管疾患の独立した危険因子と考えられ、脂質異常症、耐糖能障害、高血圧などを介して間接的に、あるいはアディポサイトカインの作用などにより直接的に動脈硬化を促進する。適正体重は体格指数(BMI)で評価する。
BMI=体重(Kg)/(身長(m)×身長(m))
わが国では、BMI=22を標準体重、BMI≧25は肥満とみなし、さらに健康障害を合併するか、合併が予想される場合には肥満症と診断される。BMIが正常範囲にあっても内臓脂肪蓄積に注意しなければならない。日常診療では臍の高さにおける腹囲径が男性で85cm以上、女性で90cm以上の場合に内臓脂肪型肥満と診断できる。より正確には腹部CTスキャンによって内臓脂肪面積を測定し、100cu以上を内臓脂肪型肥満と定義される。内臓脂肪を減少させることで、脂質異常症だけでなく高血圧や耐糖能障害についてもその改善が期待できる。内臓脂肪蓄積を標的とした治療では、腹囲径ないし体重の5%減を当面の減量目標とし、その達成の有無について経時的に確認することが重要である。
II.薬物療法
1.一次予防
1) LDL-Cをターゲットとした治療
わが国の大規模臨床試験であるMEGA試験により日本人の一次予防におけるスタチンを用いたLDL-C低下療法の意義が確認された。スタチン投与による18%のLDL-C値低下により33%の冠動脈疾患の抑制効果が示されている。さらに5年次のデータでは、脳卒中発症率および総死亡率の有意な低下も認めている。しかしながら一次予防においては安易な薬物療法は行うべきでなく、個人のリスクを正しく評価し、絶対リスクが高い患者を対象とした薬物療法を行うべきである。
2) LDL-C以外の脂質異常症を
ターゲットとした一次予防
高LDL-C血症を伴わない高TG血症および低HDL-C血症の脂質異常症を有する患者を対象とした大規模臨床試験の結果については、いまだLDL-C低下療法ほどのエビデンスがない。HDL-C増加作用とともに、TG値を最も効果的に低下させるフィブラートは、一次予防ではHelsinki Heart study で心血管イベント予防効果が示された。EPAとスタチンの併用にて5年後の主要冠動脈イベント発症率が19%有意に低かった。
2.二次予防
1) LDL-Cをターゲットとした治療
二次予防すなわち再発予防については種々の大規模臨床試験によりスタチンの投与にて厳格な治療が有効であることが確認され、また最近の大規模臨床試験では急性冠症候群に対してもスタチン投与の安全性と心血管イベント抑制効果が証明されており、発症早期からの厳格な脂質管理の重要性が示されつつある。より積極的なLDL-C低下療法による冠動脈プラーク(粥腫)の進展阻止および退縮効果が示唆されている。また、スタチンとニコチン酸の併用は強力なLDL-C値低下作用とHDL-C値増加作用を示し冠動脈疾患患者のLDL-C値は42%低下、HDL-C値は26%増加し、定量的冠動脈造影上も動脈硬化病変の進展抑制効果が認められている。わが国の臨床試験の結果も欧米のものと同様の成績が出されている。
2) LDL-C以外の脂質異常症を
ターゲットとした二次予防
ベザフィブラートによる二次予防試験ではTG値が200mg/dlを超える対象者ではTG値に応じて治療効果が示されている。またメタボリックシンドロームの患者に対する心筋梗塞の二次予防効果が認められている。リスクの高い二次予防患者ではベザフィブラートの有効性が期待できる。さらに低HDL-C血症を示す冠動脈患者に対する有意な二次予防効果も報告されている。
3)各高脂血症治療薬の特徴と薬剤選択の基準
高脂血症治療薬の薬効による分類は表2の如くである。各薬剤の特徴を以下にのべる。
(1)HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)
LDL-C値をもっとも効果的に低下する薬剤である。スタチンはコレステロールを合成する際のHMG-CoA還元酵素を阻害しコレステロール合成を抑制し、LDLレセプターの合成を促進し、血中のLDL-C値の減少をもたらす。その他、中性脂肪や他の悪玉コレステロールも低下させる。副作用は肝機能障害、CPKの上昇と筋脱力や、横紋筋融解症がきわめて稀ながら報告されている。また、妊娠初期の投与して催奇形性が疑われた症例が報告されている。(2)陰イオン交換樹脂(レジン)
高LDL-C血症に対する第一選択薬はスタチンであるが、腎機能障害や副作用のためスタチンが使えない患者、および妊娠中あるいは妊娠の可能性のある女性において薬物療法が必要な場合にはレジンが第一選択薬となり得る。レジンは、腸管内において胆汁酸を吸着し、胆汁酸の再吸収による腸肝循環を阻害することにより、コレステロールから胆汁酸への異化を促進する。このため体内のステロールプールの減少と肝臓におけるLDLレセプターの合成亢進をもたらし、LDL-C値の低下を引き起こすと考えられている。副作用としては、便秘、腹部膨満感といった消化器症状が主である。また、レジンには、スタチン、ジギタリス、ワーファリン、サイアザイド系薬剤、甲状腺製剤などとの併用にて薬剤の吸着が指摘されているため、これら薬剤の併用時には服用間隔をあけて内服するなどの注意が必要である。(3)プロブコール
高LDL-C血症が適応になる。また、本薬剤は黄色腫の退縮効果が特徴である。しかし、LDL-C値低下作用以外にもHDL-C値低下作用も示すため、低HDL-C血症症例に対する投与は慎重に行う必要がある。プロブコールのLDL-C値低下作用は、LDLの異化亢進、とくに胆汁へのコレステロール排泄促進が考えられている。使用はスタチンに忍容性のない患者やスタチンとの併用などに限られている。副作用は消化器症状や肝機能障害、発疹などがあり、また、心電図異常を認めることもある。(4)ニコチン酸誘導体
高LDL-C血症、高TG血症やレムナントリポ蛋白が増加する高脂血症などが適応となる。本剤の作用機序は、ホルモン感受性リパーゼの活性化を抑制することにより、末梢脂肪組織での脂肪分解を抑制し、遊離脂肪酸の肝臓への流入を減少させる結果、肝臓でのリポ蛋白合成を抑制する。また、HDL-C値上昇作用も示す。副作用は掻痒感、顔面紅潮などがある。また、糖尿病を悪化させる可能性もあり、糖尿病患者では注意が必要である。(5)フィブラート系薬剤
高TG血症に対して最も効果的な薬剤である。また、HDL-C値を増加させる効果も強い。作用機序は細胞の核内受容体に作用し、TG産生抑制、分解亢進、HDL-C値上昇をきたす。主な副作用は腎機能障害例に使用すると横紋筋融解症を起こしやすく、スタチンとの併用により発現頻度が高まる。(6)EPA
TG値が上昇する高脂血症に有効がある。EPAは肝臓でのVLDL合成を抑制し、TG値を低下させる一方、わずかながらHDL-C値の上昇効果も認められる。魚油や多価不飽和脂肪酸の摂取が心血管イベント予防効果を示すことは、疫学調査などで明らかにされている。わが国における大規模臨床試験でもスタチン単独投与群よりスタチンとEPA併用群のほうが冠動脈イベント予防効果が認められることが報告された。また、EPAは抗血小板作用や抗炎症作用による動脈硬化予防も期待される。副作用は、下痢などの消化器症状以外に出血傾向に注意する。(7)エゼティミブ
わが国において最新の高脂血症薬である。本剤は、小腸における食事および胆汁由来のコレステロール吸収を直接阻害し、血清コレステロール低下作用を示す。レジンとは異なり体内に吸収され、腸肝循環を経たのちに約78%が糞便中に排泄される。コレステロール吸収を選択的に阻害するため、ビタミンAやDなどの脂溶性ビタミンの吸収にはまったく影響を与えない。一方、レジン同様、肝臓でのコレステロール合成亢進を伴うためスタチンとの併用が理想的で、海外では合剤が開発されている。スタチンとの併用にてLDL-C値の低下はもとより、HDL-C値上昇、TG値の低下が示されている。副作用は消化器症状や、CPK上昇、筋脱力などが報告されている。
4)併用療法
単独の脂質異常治療薬で管理目標値に達しない場合には、単独の増量か併用療法を考慮する。わが国で血清脂質に対する有効性が公表されている併用療法として、(1)スタチンとレジン、(2)スタチンとフィブラート、(3)スタチンとプロブコール、(4)スタチンとニコチン酸誘導体、(5)プロブコールとニコチン酸誘導体、(6)スタチン、プロブコールおよびレジンなどがある。
5)薬物療法のフォーローアップ
薬物療法開始後は薬剤の効果とともに副作用の検査を行う必要がある。一般には最初の3ヶ月は毎月、その後は少なくとも3ヶ月ごとの検査が望まれる。薬物療法の評価にはTC値、TG値、HDL-C値を測定するが、冠動脈疾患において最も重要なのはLDL-C値であるので原則として、LDL-C値を計算式で出すか、直接LDL-C値を測定し管理しなければならない。