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動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007年版―脂質異常症の治療方針―
北海道恵愛会・札幌南三条病院
木島 敏明さん
はじめに
脂質異常症が発見されれば即薬物療法が必要というわけではない。脂質異常のみならず、喫煙、高血圧、糖尿病などの介入すべき危険因子をみつけ、それらに対する総合的な管理が重要である。高血圧、糖尿病についてはそれぞれの専門学会のガイドラインがあり、その管理目標に従って治療管理されなければならない。そこで今回の動脈硬化性疾患予防ガイドラインでは脂質異常と診断された患者さんに対しての管理基準として、動脈硬化の危険度に従ったカテゴリーが定められ、それにしたがって治療管理の目標、方針が一般医家にとってより容易に行えるものになっている。
I.脂質異常症の管理目標
1.危険因子によるカテゴリー分類
脂質異常と診断された患者さんを表1のごとくカテゴリー別に管理目標が設定されている。まず対象者を、冠動脈疾患をいまだ 発症していない場合(一次予防対象者)であるか、冠動脈疾患をすでに起こしてしまった場合(二次予防対象者)であるかに分別する必要がある。すでに冠動脈疾患を起こしている場合は動脈硬化症の治療が必要と考えられるため、一次予防とは完全に別個に扱われる。二次予防においては、LDL-C値の管理目標値も低く設定され(LDL-C値100mg/dl未満)、生活習慣の改善と同時に早急な薬物療法が必要である。
国内外の大規模臨床試験でLDL-C値を低下させることにより、冠動脈疾患はもとより総死亡の抑制効果を示し、二次予防においてはLDL-C値の低下は必須であることを示し、さらに平均的なLDL-C値でも低下させることにより再発予防や総死亡さらには脳卒中の抑制に有効であることが示された。一方、将来の冠動脈疾患の発症を予防することが管理目標となる一次予防では、LDL-C値以外の危険因子の重複度合により患者カテゴリーを低リスク、中リスク、高リスクの三群に分類する(カテゴリーT、U、V)。危険因子の重複が冠動脈疾患発症に大きくかかわっていることは米国のフラミンガム研究で明らかにされている。わが国の大規模臨床試験でも同様な事実が確認されており、危険因子を意識して診療することの重要性がしめされている。
現在までに確定されたLDL-C値以外の主要危険因子は、男性・加齢、高血圧、糖尿病(境界域も含む)、喫煙、冠動脈疾患の家族歴、低HDL-C血症である。糖尿病については、2型糖尿病患者が急増しておりさらに糖尿病患者の冠動脈疾患発症は予後が悪いこと、2型糖尿病患者では冠動脈疾患の合併頻度が脳梗塞の頻度と同等もしくはそれ以上に認められ、その危険因子の代表がLDL-C値であることが示されたことなどより他の危険因子より重みをつけ高リスク群(カテゴリーV)に分類された。また、脳梗塞や閉塞性動脈硬化症患者は、すでに冠動脈以外の血管に動脈硬化性疾患を発症しているため高リスク群(カテゴリーV)に分類された。
表1 危険因子によるカテゴリー分類
治療方針の原則 カテゴリー 脂質管理目標値(mg/dL) LDL-C以外の
主要危険因子*LDL-C HDL-C TG 一次予防
まず生活習慣の改善を 行った後、薬物治療の 適応を考慮するT
(低リスク群)0 <160 ≧40 <150 U
(中リスク群)1〜2 <140 V
(高リスク群)3以上 <120 二次予防
生活習慣の改善とともに 薬物治療を考慮する冠動脈疾患の既往 <100 脂質管理と同時に他の危険因子(喫煙、高血圧や糖尿病の治療など)を是正する必要がある。
*LDL-C値以外の主要危険因子
加齢(男性≧45歳、女性≧55歳)、高血圧、糖尿病(耐糖能異常を含む)、喫煙、冠動脈疾患
の家族歴、低HDL-C血症(<40mg/dL)
・糖尿病、脳梗塞、閉塞性動脈硬化症の合併はカテゴリーVとする。
2.脂質異常症の管理目標値
一次予防では原則として一定期間生活習慣の改善に努力しその効果を評価した後に薬物療法の適応を検討することとする。薬物療法の導入に際しては、個々の患者さんの動脈硬化の危険因子を充分に検討してから適応を決定する必要があり、危険因子の少ない低リスク群では薬物療法の必要性はかなり低くなることを強調する(図1)。管理目標として、主要危険因子がない場合{カテゴリーT(低リスク群)}はLDL-C値160mg/dl未満、主要危険因子が1または2個の場合{カテゴリーU(中リスク群)}は140mg/dl未満、3個以上の場合{カテゴリーV(高リスク群)}は120mg/dl未満とした。この値はあくまでも到達努力目標値であり、ここに到達しなくてはならないという数字ではない。
(図1)脂質異常症の管理目標 * 血清脂質測定:原則として12時間以上の絶食後採血とする。表2参照
** 脂質管理目標値:表3参照
注)糖尿病、脳梗塞、閉塞性動脈硬化症があれば他に危険因子がなくてもVとする家族性高コレステロール血症のLDL-C値をどのレベルにコントロールすべきかに関してはまだ明らかな実証はないが、幼児期から長期にわたる脂質異常症を有しており非常に冠動脈疾患の高い病態であることを考慮し、二次予防同様にLDL-C値100mg/d l未満を管理目標と推奨されている。しかし、家族性高コレステロール血症患者さんの治療には難渋することが多く、将来の動脈硬化性疾患合併の危険因子もきわめて高いため、専門家を受診することも勧めている。
本ガイドラインは、65歳未満の成人に適応されることを前提として作成されたものであるが、65歳以上75歳未満までの前期高齢者にたいしても同様の指針が適応できるとされている。また、女性における冠動脈疾患の発症率は低いことより、女性の高LDL-C血症は男性以上に他の危険因子の存在を考慮して管理することが必要であるとしている。
HDL-C値については、主として生活習慣の改善により40mg/dl以上を目標として管理すべきであるとしている。一方、中性脂肪値については、背景因子を充分考慮して管理すべきである。とくに低HDL-C血症を伴う場合は厳格に管理し、150mg/dl未満を管理目標とすべきであるとしている。
II.危険因子について
本ガイドラインのカテゴリー分類、管理目標の設定には危険因子の決定が重要な指標になっている。欧米やわが国における長年にわたり、疫学調査、大規模臨床試験などで明らかにされた冠動脈疾患の危険因子である。(表2)
(表2)LDLコレステロール以外の主要な危険因子
・低HDLコレステロール血症 ・加齢(男性≧45歳、女性≧55歳) ・糖尿病(耐糖能異常を含む) ・高血圧 ・喫煙 ・冠動脈疾患の家族歴 高トリグリセライド血症も考慮する。
1)高血圧
高血圧は脳出血などの強い危険因子であるが、粥状硬化性動脈硬化においても明らかな危険因子である。欧米では冠動脈疾患においても高血圧が危険因子であることが示され、わが国においても血圧の上昇に伴い循環器疾患死亡の危険率が上昇し、血圧140/90mmHg以上で脳梗塞が有意に上昇すること、また、高血圧患者は非高血圧患者にくらべ一次予防対象者における冠動脈疾患発症の相対危険度は女性2.5倍、男性2.3倍となることなどの証明がある。
2)喫煙
喫煙は呼吸器疾患の主要な危険因子として有名であるが、冠動脈疾患および脳卒中の危険因子であることが米国のフラミンガム研究をはじめ数多くの報告がなされてきた。わが国でも久山町研究において証明されている。また、日本DATA80という研究にても、脳卒中死亡および冠動脈疾患死亡のいずれにおいても喫煙習慣は危険因子であり、脳卒中死で喫煙者は非喫煙者に対して、そのリスクが男性では毎日20本以下で1.60倍、1本以上で2.17倍、同じく脳梗塞では、それぞれ2.97倍、3.26倍であった。女性でも男性と同様に、20本以内で1.42倍、21本以上で3.91倍であった。同じく女性の脳梗塞では、それぞれ1.75倍、2.31倍であった。
男性の冠動脈疾患死亡は、非喫煙者に対して1日20本以内のものは1.56倍、21本以上は4.25倍に達している。また、厚生労働省研究でも、喫煙は脳卒中発症の危険因子であり、クモ膜下出血では4倍のリスクであることも示されている。また、冠動脈疾患の発症危険度は、非喫に対して喫煙者男性約4倍、女性約3倍である。さらに、禁煙は循環器疾患死亡のリスクを2年以内に非喫煙者の水準まで、その危険度を速やかに低下させることが観察されている。禁煙は冠動脈疾患の二次予防にも有効であることが証明されている。心筋梗塞後の禁煙は死亡率を30〜60%まで減少させることができるといわれている。また、わが国の男性で心筋梗塞後、喫煙を続けた患者さんは、禁煙した患者さんに比べ再発症の危険度が3.1倍と有意に高率になる。さらに、喫煙は閉塞性動脈硬化症の危険因子としてよく知られている。
3)糖尿病
糖尿病が動脈硬化性疾患の危険因子になることは国内外の多くの研究で証明されている。欧米では、糖尿病患者は非糖尿病患者に対して冠動脈疾患のリスクが2〜6倍になることが報告され、日本DATA80研究にても、同様の2倍程度のリスクであった。久山町研究によると、糖尿病患者は初発の冠動脈疾患の発症率が非糖尿病者に比較して約2.6倍になることが示されている。また、糖尿病ではLDL-C値が120mg/dl以上になると動脈硬化性疾患の発症リスクが有意に高くなると報告している。
わが国において高コレステロール血症患者を治療した大規模臨床試験では、糖尿病患者は一次予防対象者における冠動脈疾患の相対危険度が非糖尿病患者に比べ女性で約3倍、男性で1.7倍であった。また、3M研究では、男性で空腹時血糖110mg/dl以上の者は、未満の者に比べ冠動脈疾患発症危険度が3.5倍となるとしている。しかし、糖尿病の危険度を他の危険因子より高く評価すべきか否かについては議論がわかれているが、T-1危険因子によるカテゴリー分類のところで述べられたごとく高リスク群(カテゴリーV)に分類された。
4)加齢
加齢が動脈硬化性疾患の強い危険因子であることは欧米でもわが国でも同様であり、冠動脈疾患に関しては男性は45歳から、女性は55歳から死亡率や発症率が上昇してくることが明らかにされている。女性は閉経後がリスク増加点と考えられるが、正確な閉経時期が捉えにくいことがあり、わが国の女性がほぼ閉経している年齢に近い55歳以上が危険因子とされた。
5)冠動脈疾患の家族歴
欧米では1970年代より、冠動脈疾患の家族歴は本疾患発症の危険因子になることが示されてきた。冠動脈疾患の家族歴、特に第1親等近親者の家族歴、また、早発性冠動脈疾患(男性45歳未満、女性55歳未満)の家族歴は、冠動脈疾患の強い危険因子となる。
米国のフラミンガム研究では両親の少なくとも1人に冠動脈疾患がある場合は、冠動脈疾患危険因子の危険度は年齢調整で男性2.6倍、女性2.3倍、多変量解析で男性2.0倍、女性1.7倍と高値であると報告されている。わが国の研究でも家族歴の存在は、冠動脈疾患発症の相対危険度を約3倍にすることが知られている。家族歴に関するほとんどの研究が、冠動脈疾患の家族歴は冠動脈疾患の独立した危険因子であると結論づけており、特に早発性(発症年齢:男性55歳未満、女性65歳未満)冠動脈疾患の家族歴は高リスクと認識し管理にあたる必要がある。
6)低HDL-C血症
HDL-C値の低下は動脈硬化性疾患の危険因子となり、逆に高いほどリスクが減少する。最近のわが国の研究にて、HDL-C値が全死亡と有意に逆相関していることが示され、また、HDL-C値40〜49mg/dlの群に比べて40mg/dl未満は一次予防対象者で相対危険度が1.30倍、二次予防対象者で1.60倍となることから40mg/dl未満を危険因子とされた。一方、わが国の高HDL-C血症の中に一部コレステリルエステル転送蛋白欠損症の人が含まれ、HDL-C値100mg/dl以上の場合は本疾患を考える。本疾患による高HDL-C血症はリスクの減少とならない場合もある。また、健診などで高コレステロール血症の中には高HDL-C血症によるものが含まれており、LDL-C値が高くなければコレステロールの治療の対象とはならない。
7)高トリグリセライド血症
中性脂肪値(トリグリセライド:TG)と冠動脈疾患発症率には正相関があることが欧米のみならず、わが国においても多くの報告がある。一方、その関連を否定する報告も多い。最近、わが国の疫学調査でTG値が150mg/dl以上になると冠動脈疾患の発症が有意に増加するとの報告がなされた。TG値の増加には、レムナントリポ蛋白の増加、small dense LDLの増加、低HDL-C血症などを伴うことが多く、TG値上昇に伴う他の因子を十分考慮されるべきである。