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動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007年版―脂質異常症の診断基準―
北海道恵愛会・札幌南三条病院
木島 敏明さん
高脂血症から脂質異常症へ呼名がかわります
I. はじめに
本年4月に日本動脈硬化学会より「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007年版」が発表された。2002年に発表された「動脈硬化性疾患診療ガイドライン2002年版」の改訂版である。その理由はこの5年間の間にわが国において大規模臨床試験、疫学調査研究による新しいエビデンスの蓄積がなされ、これによりわが国においても欧米諸国と同様、高コレステロール血症あるいは高LDLコレステロール(LDL-C)血症と冠動脈疾患や脳梗塞が密接に関係していることや、高LDL-C血症を治療することでこれらの疾患を予防できることが明らかにされてきた。
今回のガイドラインでは、従来から用いられてきた“高脂血症”という記載では重要な脂質異常である低HDLコレステロール血症を含む表現として適切でないこと、および諸外国の記載と統一するために“脂質異常症”に記載が変更された。但し、「高コレステロール血症」「高トリグリセライド血症」を一括して呼ぶ「高脂血症」という呼称も特に一般診療現場や一般的な保健指導などに用いるのは妨げないとしている。
II. 動脈硬化性疾患の概況と重要性
表1 上位5傷病別一般診療費(億円)
傷病分類 推計額 構成割合 循環器系の疾患 53,792 21.5% 悪性新生物 30,535 12.2% 呼吸器系の疾患 21,329 8.5% 尿路性器系の疾患 20,293 8.1% 精神及び行動の障害 18,863 7.6% 現在わが国における三大死因は悪性新生物(癌)、心疾患、脳血管疾患とほぼ順位も固定化している。しかもこの三大死因は脳血管疾患はほぼ横ばいであるが悪性新生物、心疾患は増加の一途をたどっている。平成8年12月厚生省はこれまでの「成人病」対策から「生活習慣病」の対策へと方向転換をし、さまざまの疾患が生活習慣から引き起こされることを強調しその予防に「健康日本21」などの施策が行われている。しかし、これらの疾患の増加には未だ歯止めがかかってはいない。
図1は厚生労働省の平成17年度の人口10万対の死亡率が確定されたものである。この三大死因のうち心疾患、脳血管疾患はいずれも動脈硬化が原因となって生ずる疾患でありまとめて動脈硬化性疾患といえる。そうすると癌による死亡は第一位であるがこれら動脈硬化性疾患もほとんど癌死亡率に匹敵します。
また、表1の如く厚生労働省のまとめた17年度国民医療費の概況によると、傷病分類別一般診療費のうち循環器系の疾患すなわち動脈硬化性疾患が最も多く、悪性新生物よりも多くなっている。このことは循環器系の疾患は長期にわたり治療が必要であり、最も医療費がかかる疾患といえ、国民医療費の大きな割合を占めている。それゆえ現在これら動脈硬化性疾患による心血管系イベントの予防が急務であるといえる。
動脈硬化性疾患は癌の死亡率とほぼ同じ
III.脂質異常症の診断基準
1.脂質異常症の診断基準の設定
LDL-C値、TC値、TG値が高いほど、HDL-C値がひくいほど冠動脈疾患の発生頻度が高いことが欧米のみならずわが国においても疫学調査にて示されている。わが国における絶対頻度は、現時点では欧米に比べるときわめてすくない。しかし、最近の生活習慣の欧米化に伴い日本人のLDL-C値、TC値が上昇している事実より、今後冠動脈疾患の増加が懸念される。そこで、今回出されたガイドラインでは冠動脈疾患発症予防重視の観点から脂質異常症の基準が表2の如く設定された。
しかし、この診断基準は薬物療法の開始基準を表記したものではなく、薬物療法の適応に関しては他の危険因子も勘案して決定されるべきものであると但し書きがある。診断の手順として、まず空腹時TC値、TG値、HDL-C値を測定し、Friedewaldの式(LDL-C = TC − HDL-C − TG/5)よりLDL-C値を算出する。また、LDL-C値の測定による直接法でも良い。ただし、食後やTG値が400mg/dl 以上のときには直接法を用いLDL-C値を測定することとする。
2.高LDLコレステロール血症
Framingham study をはじめ、多くの欧米で行われた疫学調査の結果、TC値(LDL-C値)の上昇に伴い、冠動脈疾患発症率や死亡率が上昇することが示されている。また、わが国においても、NIPPON DATA80、Hirosima/Nagasaki study、厚生省原発性高脂血症調査、全国76事業所を対象とした疫学調査3M study、沖縄コホート研究等の疫学調査においてLDL-C値やTC値が上昇するとともに冠動脈疾患の発症リスクが連続的に上昇することが確かめられている。
NIPPON DATA80ではTC値が160〜179 mg/dlの群に対して200〜219mg/dlの群では冠動脈疾患死亡の相対危険度が1.4倍、220〜239mg/dlでは1.7倍、240〜259mg/dlでは1.8倍、260mg/dl以上の群では3.8倍になることが示されている。このようにTC値の上昇に伴い、冠動脈疾患発症率・死亡率は連続的に上昇し、明確な閾値は認められないので、高TC血症の境界を設定することができない。
表2 脂質異常症の診断基準(空腹時採血)
高LDLコレステロール血症 LDLコレステロール ≧ 140mg/dl 低HDLコレステロール血症 HDLコレステロール < 40mg/dl 高トリグリセライド血症 トリグリセライド ≧ 150mg/dl 一方、生活習慣の改善をはじめとしてコレステロールを低下させる介入試験により冠動脈疾患が有意に抑制されることが欧米において明らかにされた。また、わが国でも最近になり大規模臨床試験の結果が報告され、日本人においても高LDL-C血症の治療による動脈硬化性疾患の予防効果が明らかになった。以上のことから、冠動脈疾患の予防と治療の立場からみた日本人のスクリーニング基準値としてNIPPON DATA80で示された相対危険度がTC値160〜179mg/dlの群に対して、約1.5倍となるTC値220mg/dlを採用し、この値に相当するLDL-C値140mg/dlを高LDL-C血症の基準と決定された。
3.低HDLコレステロール血症
HDL-C値と冠動脈疾患のリスクが逆相関することは欧米のみならず、わが国においても確立した事実である。しかし、冠動脈疾患発症率に対するHDL-C値の閾値はなく、連続的なものであり、低HDL-C血症の境界を設定することは困難である。わが国の疫学調査においてHDL-C値40mg/dl未満で冠動脈疾患の危険性が急に上昇するとの報告がある。また欧米で40mg/dl未満を低HDL-C血症としている。
以上のことから、わが国のガイドラインでは40mg/dl未満を低HDL-C血症とした。低HDL-C血症は冠動脈疾患の危険因子であるが、逆にHDL-C値が高いほど冠動脈疾患の危険因子は減少する。
4.高トリグリセライド(中性脂肪)血症
TG値と冠動脈疾患発症率には正相関がみられることが欧米のみならず、わが国においても多くの報告がある。しかし、関連を否定する報告も多いが、最近わが国の2つの疫学調査でTG値と冠動脈疾患との有意な関連を有することが報告された。わが国の疫学調査で冠動脈疾患の発症がTG値150mg/dl以上で増加するとの報告がある。米国においてもFramingham study より150mg/dl以上を高TG血症としている。
以上のことから、わが国の高TG血症の基準値を150mg/dl以上と決定した。(次号で治療篇)