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第38回日本小児循環器学会報告
(1−1)
北海道大学大学院 病態制御学・生殖発達医学講座 上野 倫彦
【背景・目的】大動脈弁狭窄症(AS)は、左室の出口の大動脈弁の形態が異常だったり、弁の開きが悪いために左室に負荷がかかる病気で、増強する圧負荷に対しはじめは左室の筋肉が厚くなって代償しますが、進行すると突然死をおこしたり、心筋の代償機構が破綻すると重篤な心不全に陥ります。現在、ASの治療については、左室-大動脈の圧較差(50mmHg以上で手術を考慮)や大動脈弁口面積(0.8cm2/m2以下で手術を考慮し、0.5cm2/m2以下では早期に手術を行う)、臨床症状(胸痛、失神のある場合手術適応)などから基準が示されていますが、小児の場合、体格や成長に伴う問題もあり一概には決定できないのが現状です。
ヒトナトリウム利尿ペプチド(HANP)やBタイプナトリウム利尿ペプチド(BNP)は心臓から分泌される神経体液性因子(ホルモンの一種)であり、心臓に対する負荷が増すと産生が増加し心臓に対して保護的に働くことが知られています。臨床において、それらの血中濃度は心不全の程度の評価や予後規定因子として有用であると報告されております。また、ASにおける血中HANP,BNP値は、狭窄の程度や左室の壁応力(単位心筋に対する負荷)と相関することが成人例で報告され、重症度評価の一つとして有用性が示されています。
今回私達は、AS症例において血中HANP,BNP値と心エコー、心臓カテーテル検査などから得た指標を検討し、これらが小児において手術適応を決定する因子となりうるか考察しました。
【対象・結果】(表)対象は当科で1999年以降に心臓カテーテル検査を施行した8例で、新生児期ASと中等度以上の大動脈弁逆流のある症例は除きました。血中HANP値(当院における基準値:43.0 pg/ml以下)は一例を除きほぼ正常範囲内、BNP値(同:18.4 pg/ml以下)も著明に上昇している例はありませんでした。左室―大動脈の圧較差は4例で50mmHg以上で、うち3例は大動脈弁口面積が0.5cm2/m2以下であり、いずれも運動負荷心電図で有意な虚血性変化がみられました。
HANP,BNP値とカテーテル検査で測定した左室収縮期圧、左室―大動脈圧較差、大動脈弁口面積、左室拡張末期容積、心エコーより算出した左室筋肉量、左室収縮末期壁応力などの各指標とは有意な相関はありませんでした。左室筋肉量と左室収縮期圧、左室―大動脈圧較差は有意な正の相関があり、左室に対する圧負荷に対し心筋が厚くなっていると考えられました。
【考察・まとめ】ASにおける血中HANP,BNP値は、左室心筋に対するストレスが増すと増加すると考えられますが、今回の症例では著明な高値を示した例はなく、まだ心筋の肥大により代償できている段階であることが示唆されました。しかし、左室―大動脈の圧較差が大きく大動脈弁口面積が小さい例では運動時心電図変化もあり、一般に手術適応といわれる症例でした。血中HANP,BNP値が上昇している症例は、すでに左室の代償機構が破綻している可能性があり、上昇してくる以前に治療する方がよいと考えられます。よって、小児期のASにおいては血中HANP,BNP濃度だけでは手術適応は決められない(正常範囲だからといって、手術適応でないとはいえない)と思われました。