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第8回日本循環器理学療法学会学術大会
札幌医科大学大学院医学研究科
理学療法士 幅口 亜紀 氏
2024年11月23日、24日に第8回日本循環器理学療法学会学術大会が宮城県仙台市で開催され、周産期心筋症に関する症例報告を行いました。
周産期心筋症は心疾患の既往のない女性が妊娠後半から産褥期に心機能が低下し、心不全を発症する疾患です。国内における発症率は2万分娩に1例と稀な疾患であり、周産期心筋症患者に対する心臓リハビリテーションの進行方法やその効果に関する報告は限られています。今回の発表では、周産期心筋症患者に対して運動療法を行う際のリスク管理とその進行方法、生活指導の方法について経過を報告し、周産期心筋症患者に対する心臓リハビリテーションの効果について考察しました。
症例は30歳代女性で、第2子出産後に周産期心筋症を発症しました。退院後は家事・育児を両立して行う必要がありましたが、自宅では睡眠不足や子を抱いたままの移動など心負荷の高い生活が想定され、心機能や運動耐用能が低下している状態では心不全増悪のリスクが高いと考えられました。そこで理学療法介入では運動耐容能の改善を目的とした有酸素性運動や、家事・育児を想定した動作評価を行い、活動の安全域の設定を行いました。
理学療法は心不全増悪と産褥期の運動禁忌に注意しながら介入を行いました。産後の運動は医学的に安全であり、出血や脱水、疼痛など、産褥期の運動禁忌に該当しなければ産後早期より実施しても問題ないとされています。一方、女性は妊娠をすると子宮を循環する血液量が増えるため、妊娠前より循環血漿量が50%程度増加し、通常より心負荷が高い状態となります。また、分娩後も循環動体が正常化するまでには4-6週間かかるとされています。そのため周産期心筋症患者では、循環血漿量が増加していることに加え、心機能が低下していることから、運動負荷によって心不全増悪をきたしやすい状態であることが想定されました。そこで運動療法実施におけるリスク管理として、体重の増加や血圧低下などの心不全増悪所見がないこと、産後の運動禁忌に該当していないかを確認の上、介入を行いました。
有酸素性運動は、エルゴメーターによる運動を行い、運動強度は心拍数や自覚的疲労感から決定しました。徐々に強度・時間を漸増した結果、退院時には運動耐容能が改善しました。育児動作の評価では子と同じ重さの重錘を抱く動作や持ち運ぶ動作を評価し、心肺運動負荷試験から得られた心拍数を元に、安全に行える動作と控えるべき動作を指導しました。加えて、毎日の血圧・心拍数・体重の測定と記録、心不全増悪の誘因や起座呼吸・浮腫などの心不全増悪徴候について指導し、疾患の知識・管理能力の向上を図りました。その結果、心不全は増悪することなく、自宅での家事・育児の両立が可能となりました。
また、退院時には精神的不安感の軽減や健康関連QOLの改善がみられました。周産期心筋症患者は健常な産後女性と比較して、うつ病や心的外傷後ストレス障害、パニック障害の有病率が高く、QOLが低下しやすい傾向にあります。本症例は、明らかに抑うつではありませんでしたが、エジンバラ産後うつ病質問票にて当てはまる項目が見られました。これに対し、本症例では、退院後の家事・育児復帰で不安に感じていることを具体的に本人に聴取した上で評価を行い、動作指導を行った結果、これらの項目は改善しました。家事や育児に関する具体的な指導により心理状態の改善につながったと考えられます。
以上より、周産期心筋症患者への理学療法は、運動耐容能や心理状態を改善することが示唆されました。
末筆ではありますが、本学会への参加にあたり研究開発調査助成を賜りました一般財団法人北海道心臓協会に厚く御礼申し上げます。
