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NO.8 |
第2回伊藤記念研究助成を受けた
橋爪裕子さん
旭川医大薬理学・助教授
第2回伊藤記念研究助成の対象となった先生のご研究を説明して下さい。
いま、どのような研究をなさっていますか心筋梗塞は、心臓を養っている血管の一部が完全につまってしまい、血液が流れなくなってしまうので、心臓の一部分が壊死(えし)の状態になってしまうものです。そのため死亡率も高い大変危険な病気です。私の研究の目的は、心筋梗塞でおこるこの壊死をなるべく最小限にとどめるにはどうしたらよいか、を知ることにあります。
賞をいただいた研究は、ラットの心臓を実験的に心筋梗塞の状態にして、薬物の一つであるβ―受容体遮断薬が、心筋梗塞による心臓機能の低下と、エネルギー代謝や脂肪の代謝の変化を抑制できるかどうか検討したものです。
β―受容体というのは交感神経の受容体ですので、これが興奮していると心臓の収縮力や心拍数を増加させたり、代謝が促進されたりします。しかし心筋梗塞のような状態では、組織に血液が十分流れていませんので、交感神経β―受容体があまり興奮しているのは良くないのです。
β―受容体遮断薬は、心臓の機能を抑制し、また代謝活性も抑制して、効果を表すと考えられています。しかし私の研究から、β―受容体遮断薬の本来の作用であるβ―受容体遮断作用のほかに、心筋梗塞の状態で心臓を保護するように働く作用を併せもつものがあることが明かになりました。
最近新しい事実が知られるようになりました。先生の関連研究領域で重要な発見を教えて下さい心筋梗塞の状態で心臓を保護するように作用するものの本態は何かという研究を続けています。心筋梗塞の時には、細胞膜を構成しているリン脂質の代謝の異常が起こって、リゾホスファチジルコリンという物質が心臓の組織内に蓄積されてきます。
リゾホスファチジルコリンは、心臓のエネルギー源であるATPという物質を減少させたり、心臓の細胞内のイオンバランスをくずして、心臓に障害を与えます。また、不整脈も起こしますので、心筋梗塞のような状態においては、このリゾホスファチジルコリンは大変危険な物質ということになります。
さきほど出てきたβ―受容体遮断薬やその他の薬物の中に、リゾホスファチジルコリンの心臓に障害を与える作用を抑制できるものがあることが分かりました。現在、その詳しい作用のメカニズムと、これらの作用を持つ薬物が実際に心筋梗塞の状態で心臓を保護することができるのかどうかについて研究を続けています。
先生のお立場から、心臓・血管疾患を予防する良い方法を教えて下さい死亡率の大変高い心筋梗塞は、なによりも発症を予防することが重要です。心筋梗塞の主な原因は粥(じゅく)状動脈硬化です。動脈硬化の発症のごく初期の段階で、血管の内側を裏打ちしている内皮細胞において、リゾホスファチジルコリンが細胞の増殖を促進する因子を遺伝子レベルで発現させて、動脈血管にある平滑筋の増殖を誘導し、動脈硬化を促進することが分かってきました。
ですからリゾホスファチジルコリンは、心筋梗塞の発症に深く関わっており、また心筋梗塞が発症した後もその障害を増強させる、きわめて毒性の高い物質ということになります。このリゾホスファチジルコリンの作用についてさらに研究を進め、その作用を阻止できる薬物の開発をめざしたいと考えております。
動脈硬化の予防についていえば、やはり食事に気をつけることが第一と考えます。肉やバターなどの動物性脂肪や、北海道でおいしいイクラなどを含む卵類など、コレステロールを多く含む食事に偏ると、高脂血症(血液中の総コレステロールや中性脂肪が基準値よりも高い状態)になります。
コレステロールは血液中では、蛋白質と結合した状態(リポ蛋白)で流れていますが、そのうちのLDLと呼ばれているものは変性しやすく、リゾホスファチジルコリンができやすいことが分かっています。このようなことから、高脂血症は動脈硬化を促進します。そこで、よくいわれることですが、バランスのとれた偏らない食事を心掛けることが重要と思っています。