★プターナ(娼婦)

                    

 「アナァタ オーンナヒツヨーデスカ?」

 いきなりである。「はぁ?」。若い女性からのまったく唐突な電話だった。なにかと思えば、「LOVE FOR SALE(ラブ フォー セール)」キャンペーン。そのものずばり、あまりの直接的表現に言葉を失った。

 おもわず「シトー?(なぁに)」と、聞き返した。すかさず受話器の声の女性は、同じフレーズを繰り返す。わーかったちゅーの!。

 どうもロシア語を直訳したようだが、だれか日本人にそう教えられたのだろうか。でも日本では、こんな直接的な売り込み方をしているのだろうか。映画やドラマではせいぜい「お兄さん遊ばない?」という台詞しか聞いたことがない。それはともかく、彼女は、日本語自体よくわかってはいないようだった。

 こんな電話が、毎日のようにホテルの自室にかかってきた。それこそ日曜の昼間にさえもだ。日本人はよほどのド助平に思われているらしい。いや、俺がそう見られていたということなのか…。

 それらしき女性は、しばしばホテルのロビーに見かける。時には、ホテルのレストランでさえお誘いを掛けてくる。食事の最中に、ロシア語で「ウミニャージェーブチカ」(うちにはオンナの子がいますよ)と、声を掛けられたこともある。まったく商売ご熱心としか言いようがない。

 まったくもって、社会主義の洪水の後には「肉体資本主義か・・・」。

 旧ソ連時代も、プターナ(プロスチツゥッカともいう)といわれる女性たちはいた。取り締まりはあったものの、内務局の取締官に賄賂を贈るなどして、目こぼしをしてもらっていたようだし、プロでなくてもアマチュアもいたようだ。

 いや、そればかりでなく旧KGBの手先となって、西側の要人をスパイに巻き込む手口にも使われていたかもしれない。この辺になると、想像の域をでないけれども。旧KGBの内幕ものの本などではもっとすごいことも書かれているのだが、はたして実態はどうだか。

  

 それにしてもプターナはソ連社会の裏側の一面だったはずだが、社会のタガが外れるとおおっぴらに大手を振って歩き始めたという感がある。

 それは社会の解放という一面のみならず、経済的な混乱と貧富の格差拡大やマフィアの台頭ともつながりが深い。もちろん、彼女たちのバックにはマフィアの影がちらつく。いかにもギャングっぽい男たちが時折彼女たちの周りに取り巻いていた。

 さて、知り合いの駐在員の中には、せっかくのお誘いだから「ナーダ」(必要だね)と、お応えした奴もいたが、俺の場合、こういった女性のお誘いには一切応じたことがない。

 一つには、長期滞在している私の部屋にはさまざまな家電製品などがあり、こうした女性たちの口コミで妙な気を起こすよからぬ人物が出てこないとも限らないし、浮気はしないというより、買春はしないのが私のポリシーだからだ。

 だから、連日のようにいつも断わり続けたのだが、それでもしつこく電話がかかってくる。それも例の妙な日本語でだ。

                     

 さすがに辟易としてこういってみた。

 「ジェーブチカ(お嬢さん)、あなたの日本語はけっして良い日本語ではないよ。こういってごらん。寂しくないですか、かわいい娘を紹介しますよって」

 ホンの冗談のつもりだった。そう言ったうえで、私には必要がないからもう電話を掛けないでくれといっておいたのだが、翌日も電話は鳴った。

 「サミシークナァーイデスカー…」
 いやいや恐れ入った。まさか本当にその通り言うとは思ってなかった。