★真っ暗闇

 「あっ、消えた」

 灯りが消えるとともに、一瞬にして、エレベータは停止した。

 NHKの駐在記者、N君と中年のロシア女性を含め、3人で乗ったサヒンツェントルのゴンドラは、2階と3階の中間付近で宙づりとなっていた。

 おばさんは、日本でもロシアでも強い。

 「パマギーチェ、パマギーチェ(助けてよ)」

 何度も大きな声を挙げて、ドアをガンガンとたたく。モスクワのクレムリンにまで届きそうな迫力だ。

 6人も乗れば満杯の狭いゴンドラの中だけに、大声を上げて騒ぐのは、1人で十分だろうと、私とN君はおばさんに全権を委任してただ苦笑していた。

 ほどなく、ビルの管理会社の人間がやってきて、ドアをこじ開け、まずサイレンの役目を果たした功労者のおばさんを3階へと引き上げた。

 次いで我々が後に続き、再びお日様を仰ぐことができた。

 原因は、サハリン名物の停電だ。

 石炭鉱山は、電力会社から代金を支払ってもらえない。鉄道は、石炭鉱山から石炭の輸送料を払ってもらえない。電力会社は、工場や消費者から電気代を払ってもらえない。工場は、製品が売れず、消費者は賃金がもらえなくて電気代が払えない。負の連鎖はぐるぐると回る。

 それで電力会社は、日時、地域を決めて間引き送電する。

 たまったものでない。

 風呂に入っている最中に真っ暗になったこともしょっちゅう。だから入浴時には懐中電灯とかろうそく、ライターは手元に置いておくのが常識の世界。ほの暗いバスルームで、いつ灯るかわかんない電灯を待って、のんびり湯に浸かるのもおつなものだと、そのうちあきらめて思うようになった。

 また、レストランで食事中も、お構いなしに停電になった。

 ウエイトレスがかねて用意のキャンドルを持ってくる。まるでナイトクラブの雰囲気。ただし、料理のメニューまで限定されかねない。電気がなければできない料理も少なくないからだ。

 そう、一番困るのが、調理の時間帯だ。

 ロシアでは、天然ガスの豊富なオハを除いて、都市ガスはない。調理は大抵電気が頼りだ。特に、私のようにホテル住まいともなると、石油コンロの類を使うわけにも行かない。

 そこで電気調理器のたぐいが出番となる。ロシアでは、一般の家庭用電源は220ボルト。

 これに合わせた電気炊飯器、ホットプレート、コーヒーポット、電子レンジ、それから冷蔵庫に冷凍庫を初代特派員が赴任の際に日本から持ち込んでいた。

 電子レンジは、もともと冷凍食品が出回っていない(冷凍状態の食品はあるが)こともあって、出番はあまりなかったが、一番重宝したのが電気炊飯器だった。

 2台ある炊飯器の内、1台は普通の炊飯器として、ご飯を炊くのに使った。もう1台は、スパゲティをゆでたり、そうめんやうどん、果てはラーメンをゆでたり、大活躍してくれた。

 「そんなばかな」と思われる人も多いだろう。

 でも、できるんだなぁこれがぁ。要は、ふたをしないで炊飯のスイッチを入れ、お湯をわかすのだ。

 電圧が高いせいもあって、割と短時間でお湯は沸いてくれた。

 特に、そうめんはこってりした味付けの多いロシア料理に飽きた時など、実にさっぱりして、夏と言わず、冬でも楽しめた。

 残留韓国人で、ユジノのハングル紙「新高麗新聞」元社長、成点模さんをお昼に招いたとき、「これは美味しいですね」と喜んで食べてもらえた。

 成さんは、意外にそうめんは食べたことがなかった。だが、アジアの民は基本的に麺類がスキなのだろうか。

 麺類といえば、ユジノの日本料理店以外でも、ハバロフスクやカムチャツカのペトロパブロフスク・カムチャツキーには、ラーメンを提供するレストランがある。フォークでラーメンをすする姿には違和感を感じたが、それはともかくとして、若干ロシア風にアレンジされている気がした。

 お客の大半がロシア人であることを考えると、それもやむ得ない措置かもしれない。主要なお客さんがロシア人なら、ロシア人向けにアレンジするのは正しい商売のやり方だろう。

 だが、懐かしい味を求めて飛び込む私としては、「インスタントラーメンの方がいいなぁ」と思うこともあった。