★苦い酒
 「酒が苦いぞ。甘くしてくれ」   
 
 だれかが突然叫んだ。

 「そうだ。そうだ」

 すかさずほかのものが合いの手を入れた。

 「にーがぁーい!にーがぁーい!」

 今度は大合唱だ。そのホールに居合わせた数百人が口をそろえて連呼し始めた。

 別のリポートで紹介した李さんにある日、知人の結婚披露宴へ招待されたときのひとコマだ。

 「ロシアの披露宴ってどんな風かなぁ」。

 ちょっと興味をひかれた。日本の場合も北海道では、会費制が一般的で、本州以南はもっぱら招待制。

 地域、地域によってやり方が色々違うのだから、はたしてロシアンウエディングはどうやるのだろうと興味津々だった。

 さて、会費制かどうか、李さんに前もって聞いたところ「会費なんてものはいりませんよ」。

 それでは招待制ということだが、「見ず知らずの私が押しかけて行っていいのですか」と聞けば、「ナルマーリナ(なんでもない)ですよ」という心強い返事。

 どうやら社会主義国家だったからというわけでもないだろうけど、集会制披露宴というところだろうか。

 祝いたい者が集まって祝う−そこは義理とは無縁の、最初から楽しんでやるぞという意気込みが感じられる。それで私も「せめてお祝いの足しになれば」と、シャンパンスコエを手に出かけた。

 披露宴会場は、なんとユジノの専門学校の講堂。ここではコート類は、ちゃんと預かる体制が整っていてホテルのクローク並みだった。

 学生たちも日常、コートを預けているようだ。そういえば州政府の庁舎などでも、コートはクロークに預けないと中へは入れない。基本的にこういうシステムが整っている社会は、なかなか便利だ。

 日本では、ホテルでしか見られないが、ロシアでは大抵のレストランにクロークがあった。日本のレストランでは、いすがコートを占領している。むしろ日本の方が遅れている気さえする。

 会場内は、ベンチ型のいすが並び、細いテーブルを挟むように座る。ざっと見渡すと400−500人はいるだろう。

 「すんげぇマンモス披露宴だ」。

 網走支局勤務時代、友人の披露宴で250人が詰め掛け、びっくりしたことがあるが、札幌あたりでは100人かせいぜい150人というのが、一般的だと思う。

 はて、どこに座ったらよいのかと思ったら、どこでも良いのだそうだ。あとで分かったのだが、実は入れ替わり立ち代わり、お客さんはやってくる。

 前半は年配の人たちが多く、若い友人などは後半にやってきてそれから延々とお祝いが続く。

 だから日本のように名札を置くことはもちろんないし、全部自由席という次第だ。トータルで何人になるか、まったく想像が付かない。

 さて、料理は講堂の脇の調理室で新郎新婦の親戚、友人らが張り切って包丁を振り回していた。

 次々と料理が運ばれてくる。懐かしい、昔の日本風カレーライスまであった。もちろん酒もふんだんにある。あちこちで勝手に騒ぎ、飲んでいるという感じだ。

 もう知り合いも親戚も関係ない。両隣や周辺の人と好き勝手にお話し下さい状態。

 「これこそ無礼講だぁ。偉い人のやたら意味もなく長い演説に突き合わされないだけじゃないくて、ほんとに楽しめる宴会ってこういうことかなぁ」と、妙に感心した。

 新郎新婦は、当然会場の一番奥。ひな壇というほど段差があるわけではないが、中央に並んで座っている。白いウエディングドレスに包まれた新婦の表情がすごく明るくていかにもうれしそうだ。

            

 そこへ突然、冒頭の大合唱が起きた。

 酒が苦い。だから甘くしろ−。というのは、新郎新婦に「キスをしてみせてくれ」という催促なのだ。

 いやはや、日本でこんなことやったら花嫁の父親は卒倒もんだ。かわいい娘をとられて寂しいと、内心は思っているところで堂々、ブッチューと見せつけられたのでは居たたまれないはず。

 でも、そこは文化の違い。いやむしろサハリンでは全然違和感がなく、私も調子に乗って拍手で催促したひとり。

 新郎新婦も、慣れたもんだ。たっぷりとお熱いシーンを披露してくれる。そこですかさず拍手、拍手。「よーくできました」という次第。

 キスの催促は、間が開いたと思ったら何度も繰り返しリクエストがあったが、余興も盛り上がった。

 こちらではカラオケならぬナマオケ。四人編成のバンドが演奏するというサービスだ。残留韓国人の方が会場に多かったせいか、日本の歌がけっこう多かった。

 皆さん、お酒が入っているから至って調子が良い。「しらーかばーあおーぞーらー」などと「北国の春」が響き渡ると、ここは日本かと思えるほど。みんな乗りが良い。

 会場では手拍子もそろい、もうマイクを握った韓国人のオムニは気分も絶好調。身を震わせて、思い入れたっぷりにうたい込んでいた。

 そうなると、スラブ人も負けてはいない。なにやら知らないロシアの歌を、ちょっと調子外れながら絶叫。会場は爆笑に包まれた。

 みんなで楽しむということに関して、ロシアは他国に引けはとらない。それだけは間違いないと思った。