「なぁ〜にぃ〜?それはないだろうさぁ?!」
 「いえ、でも関税を払わないと没収するっていうんです」

 「ぬぁにぃ〜そんな馬鹿な話があるかよう?」
 「でも、そうなんですよ・・・」

 ユジノ空港の税関から戻ったスタッフの言葉に思わず耳を疑った。昨日までなんの障害もなかったのに突然、新聞や書籍まで課税するというのだ。

 日本からは毎週、新聞や書籍が送られてくる。特に新聞は切り抜き用として、そして国内、道内の動きを知る貴重な情報源として必要欠くべからざるものだ。カレンダーすら関税のかかるロシアだが、幸いにして新聞、書籍は日ロ間の協定で非課税となっている。

 いや、なっているはずだった。少なくとも俺は協定について確認していた。非課税に間違いはないのだ。その協定が破棄されたという話も全然聞いていない。にもかかわらず、ロシアでは突然にしてこうなってしまう。

 さぁ、税関との闘争が始まった。

 とにかく、何はともあれ、新聞を確保しないとならない。日本の動きがわからないし、いっきにどんとたまってしまったら、それこそ読み切るのが大変だ。読む気がしなくなって、ただの古新聞の山となってしまうかもしれない。

 まずは通関手続きを済ませないとならない。現場の担当と対峙しなければならないが、ロシアの官僚は日本以上にテコでも動かない奴ばかりだから、議論しても始まらない。本質論議を、こんなところでしても始まらない。

 「関税を払って荷物を引き取ればいいんだろう。そうやって不当に税金をふんだくっていたらいいさ。今にみてな・・・」。こちらはもう、爆発寸前。

 しかし、事はそう簡単ではなかった。

                     

 「法律が変わった」。ユジノの税関事務所へ出向いて、所長に直談判したら、事も無げにそう言い放った。オイオイ、あんたらいつでもそうだ。ころころ法律を変えて、告知もろくにしない。「それじゃあ公報をみせろ」と言っても、「自分で探せ」ときた。

 「ちょっと待ってくれ」。まったく冗談ではない。同じ新聞が届いているモスクワ支局やハバロフスク支局では書籍や新聞に関税など掛けられていない。そもそも日ロの協定が変更されたというが、日本ではまったくそんな話は聞いていない。

 しかし、税関の所長は「モスクワやハバロフスクの税関が間違っているんだ。我々の処置の方がた・だ・し・い!」と言って聞かない。

 「だけど、なんだかんだ言っても、関税さえ払えばいいんだろう?」

 いぶかるこちらに対して、税関職員は「代書屋を通じて必要な書類を全部だせ」と言う。わが道新の会社概要や登記簿、売上、法人所得、預金口座・・・などなどあれやこれやが必要だというのだ。

 ロシア外務省のお墨付きが支局にはある。国内の各行政機関に対して、便宜を計らうように一筆書いてくれた物だ。権威主義のロシアでは、こういう「御印」がものをいう。しかし、それも税関職員の前ではなんの効果も無かった。

 さあて、困った。こちらはモスクワ支局のブランチでしかないとか、ロシアで営業行為はしていないから、売上も何もないこと、経済が混乱している中、送金が無事に届くか不安でロシアの銀行に預金口座は設けてないなどあれこれ文書にして、それを代書屋経由で提出。そうしてやっとお許しがでた。

 さて、驚きと怒りは、これでとどまらなかった。

 代書屋の請求書を見て愕然とした。なんと、40ドル。4000円強の計算になる。1週間分の新聞に本が一、二冊だったか、それくらいのものなのにだ。平均給与が100ドルと言われるサハリンで、関税込みとはいえどうしてそんな額になるのか!

 「ええい、新聞はもういらん!」と、言えないのが辛いところ。サハリンでは、NHKの衛星放送を受信できるものの、それだけでは北海道の情報が不足する。地元の事情を知らないで、地元向けのニュースを発掘するということにはならない。

 あほらしいと、思いつつ言い値で支払った。

 そして、「お墨付き」をもらって、ユジノ空港の保税倉庫へと向かった。保税倉庫は、空港や港などで国際貨物を保管する倉庫。課税前に、国内に出回らないよう留め置く役割を担っている。

 軟石づくりの薄暗い倉庫の中には、まばらに荷物が置かれていた。木樽からどろっとした液体が漏れていた。中身は塩漬けのイクラだという。なんともワイルドというか、あまり衛生的な感じはしない。

 さて、目当ての段ボール箱にたどり着いた。

 「中身はなに?」

 税関の女性職員は既にフタを開けて中身を見ているはずなのに、尋ねてきた。形式的に質問することを義務づけられているのだろうか。しかし、厳しい表情は、とても形式的にという感じではなかった。

 「トリコ、ガジィエータ イ クニーガ(新聞と本だけさ)」。ぶっきらぼうに答えると、畳みかけるように詰問された。「ニェット?(麻薬はないか)」

 オイオイオイのオイだ。人を見て物を言えよって感じだ。
 
 「ヤー、サームイ ハローシィ ジュルナリスト!!!!(俺は最も優れたジャーナリストだぞ)」。ついつい、頭に来て大見得を切ってしまった。

 だけど、泣く子も黙るロシア税関が、そんな言葉に怯むわけがない。まして、どこの国でも中年の女性は力強く、逞しいのだ。すかさず、反論が帰ってきた。

 「オイ、エータプラウダ?クトーズナーユ?(へぇそうかい、本当だかどうだか、だれが知っているっちゅうのさ)」

 はい、はい、はい、言ったあっしが馬鹿でした。
 
                      
 ★税関