![]() |
NO.7 |
心肥大、といわれたら
北海道大学大学院医学研究科循環病態内科学 小野塚 久夫さん
(1)心肥大と心拡大
心臓は、身体全体に血液を送り出すポンプの働きをしており、心筋という筋肉でできています。心肥大とはこの心臓の筋肉が肥大し、心筋重量の増加した状態をいいます。
一般に健康診断や病院を受診した際に「心肥大」といわれるのは、胸部レントゲン写真で心臓が大きく見える場合、あるいは、心電図検査により左室肥大の所見が認められた場合がほとんどと考えられます。心臓は、肺以外の身体全体に血液を送る左心室、肺に血液を送る右心室、肺からの血液を受け右心室に血液を送る右心房、肺以外の身体全体からの血液を受け左心室に血液を送る左心房、の4つの部屋から成っており、病気の種類によりこれら4つの部屋のどこに肥大などの変化がおこるかが変わってくることになります。
図1 胸部レントゲン写真 心胸郭比(CTR)はB/Aで求められ、成人では通常50%以上で心拡大と判定されます。図左の健常者では42%ですが、図右の弁膜症患者さんでは、66%で心拡大あり、と判定されます。 胸部レントゲン写真:胸部レントゲン写真は心臓病の診断において極めて基本的な検査ですが、胸部レントゲン写真でわかるのは、「心肥大」ではなく心陰影の拡大、すなわち「心拡大」です。ひとくちに心拡大といっても先にのべた4つの部屋のどこが拡大しているかによって心臓の形が異なってきますので、心臓の専門医(循環器専門医)がみればレントゲン写真だけでもどの部屋が拡大しているのか、どのような病気なのかがある程度推定することができます。一般にレントゲン写真での心拡大の判定法としては、心胸郭比を計測し、これが50%以上の場合に心拡大あり、と判定されます(図1)が、心拡大は本当に心臓自体が大きくなっている場合以外に、レントゲン撮影の際に十分に息を吸わなかった場合や健常者では本来少量しか存在しない心臓周囲の液体(心のう液)が増加した場合などにもみられます。また、病気によっては心臓の内腔が拡大して本当に心臓が大きくなっていても、心筋重量の増大、すなわち心肥大がないことがあります。
心電図:心電図は心臓の電気的な現象を記録する検査で、不整脈の診断には欠かせない検査ですが、その他さまざまな心臓病の診断に威力を発揮します。健康診断などで通常行われる標準12誘導心電図検査では、体表面に電極を装着して得られる波形の振れ幅などを目安に、「左室肥大」、「右室肥大」などを判定しています。この検査でも胸壁の薄いやせ型の人では波形の振れが大きくなりやすく、心肥大がなくとも「肥大の疑い」と判定されがちです。逆に、高度に肥満した人や肺気腫といった肺の病気ある人、心のう液が大量に貯留した人などでは、実際には心肥大があっても検出できずに見逃されることがあります。
以上述べたように胸部レントゲン写真や心電図検査のみで「心肥大がある」といわれても、実際には肥大のない場合もありますので、本当に心肥大があるかどうか、の正確な判定にはさらに詳しい検査が必要となります。
図2 心エコー図 胸部レントゲン写真では漠然と心臓全体の輪郭しかわかりませんが、心エコーでは、内部の構造がわかり、心臓の壁の厚さや左心室、左心房など各部屋の大きさも個別に計測することができます。図左の健常者では1cmほどである左心室の壁(心室中隔)の厚さが、図右の肥大型筋症患者さんでは、3cmほどに肥大していることがわかります。 心エコー:心エコー(心臓超音波)は、外来で受けることのできる極めて手軽で安全な検査で、心臓病の診断や病状の評価に極めて有用な検査法です。心エコーを行えば、心肥大や心拡大の「有無」、「有」の場合には、その程度や心臓のどの部分・どの部屋が肥大・拡大しているのかを正確に診断することができます。心臓の形の異常と同時に動きの良し悪し、血液の流れの様子などもみることができ、どのような原因で心肥大や心拡大がおこっているかを診断することができます。
(2)心肥大、といわれたら
さて、実際に心肥大が認められる場合、生理的な反応として考えられるものにはスポーツマン心臓がありますが、一般に多くみられる病的なものとしては、高血圧に伴う左室肥大、弁膜症に伴う心肥大、遺伝子異常や不明の原因で生じる肥大型心筋症や拡張型心筋症などの心疾患があります。
これらの病気の多くは、適切な診断を受け、日常生活に注意して適切な治療を受けていれば、あまり心配することはありませんが、まれながら、自覚症状が軽く(ときに全くなく)とも、突然死をきたすことのある病気が含まれていることも事実です(血縁のご家族に心筋症と診断されている方や心臓が原因で突然死された方がいらっしゃる場合はより注意が必要です)。心肥大の原因により症状や治療法、予後(病気の経過の見通し)などが異なりますので、まずは正確な診断を受けることが重要となります。一般に心肥大があると、一見心臓の動き(収縮)は良さそうにみえても、血液を心室に引きもどす働き(拡張機能)が低下することになり、とくに運動をしたときに息切れがしやすくなったり、不整脈もおこり易く、また不整脈がでた場合の症状(動悸・息切れ・めまいなど)も重くなりがちです。したがって、「心肥大」といわれたり、上記のような症状が気になる方は、まずはあまり心配せずに一度循環器専門医にかかられるのがよいでしょう。

