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嶋田  健
写真 栗本 充則

コザ・ハンの2階の回廊には地元産のネクタイ、スカーフなどの絹製品を扱う店が並び、そのボリュームに圧倒される。安いネクタイは1,000円もしない。「ipek」はトルコ語で絹のことをさす
 
 トルコのイスタンブールを車でたった私たちは、南に広がるマルマラ海の穏やかな入り江をフェリーで渡り、約4時間かけてブルサの街に入った。

 市街地の一角に大きな中庭を囲んで立つ城塞(じょうさい)のような石造りの建物があった。中国から西へ西へと旅を続けてきた私たちは、その造りをひとめ見て、かつてキャラバン・サライ(隊商宿)だったことがわかった。

 しかし、いまは宿ではない。入り口の上に「コザ・ハン」と書かれている。トルコ語でコザとは繭(まゆ)、ハンは館を意味する。現役の繭(まゆ)・絹製品の市場である。

 500年の歴史を誇るコザ・ハンの2階の回廊に上ると、絹製品のしゃれた店が何十軒も並ぶ。卸が主体のようだが、小売りもする。声高な呼び込みはない。店頭に顔を出した店主が静かにほほ笑みかけてくる。

 中庭を見下ろす回廊には店ごとに椅子(いす)を置き、ここで商談をする。主と客のなかだちをするのは紅茶だ。一階に紅茶屋があり、注文すればすぐ出前をしてくれる。トルコの飲み物といえばどろっとした濃厚なコーヒーが有名だが、トルコ人は頻繁に紅茶も飲むのだ。

 

 絹の生地専門店をのぞくと年配女性が盛んに品定めをしていた。イスタンブールからわざわざやってきたという。「それはあなた、絹といえばブルサですから」と朗らかに笑い、店主を喜ばせた。

 ブルサは標高2,443メートルのウル山の中腹に広がる。緑豊かな山麓(さんろく)の街並みを見下ろすレストランで、ウル山輸出連合のメスット・イエットキルさんらと昼食をとった。メニューは名物のイスカンダル・ケバブ。パンの上に焼いた羊肉とヨーグルトをかけた迫力ある料理だ。

 勘定は4人がたらふく食べ、かつ飲んで1,000万トルコリラ。「万」は誤植ではない。日本円1円が約2,500トルコリラだから4,000円ですんだ計算になる。支払いの数字の大きさが、億万長者になったような気分にしてくれる。

 店の外に出るとイエットキルさんがウル山を指した。「ブルサは工業都市ですが、温泉もあるリゾートなんです。山にはスキー場もあります。次はぜひ冬に来てください」。シルクロードの旅でスキーに誘われるとは、なんとも愉快だった。


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