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嶋田  健
写真 栗本 充則

はるか中国から海のシルクロードを渡り、あるいは砂漠を越えて運ばれてきた青花のコレクション。イスラム風の窓がなければ中国の博物館と勘違いしてしまう。イスラム側の注文を受けて作られたらしいふた付きのつぼもある。収蔵品には日本の古伊万里も少なくない
 
 壁面すべてが「青い花」で埋まっていた。といっても植物ではない。中国からもたらされた染付(そめつけ)の陶磁器、いわゆる青花(せいか)である。

 ここはトルコのイスタンブール。オスマン・トルコ帝国が築いたトプカプ宮殿の巨大な厨房(ちゅうぼう)跡が、いまは世界屈指の東洋陶磁コレクションの展示室として利用されている。1万点を超える膨大な収蔵品の大半は元、明、清代を中心とする中国陶磁が占める。

 トプカプといえば、映画『トプカピ』のなかで、ギリシャの女優メリナ・メルクーリ演じる大泥棒が狙った、大きなエメラルドをちりばめた黄金の短剣が名高い。世界各国から訪れる観光客は、イスラム美術の粋ともいえるこの短剣の華やかさに息をのんだあと、厨房跡に歩を進める。短剣とは対照的な青い単色の中国陶磁を目の当たりにし、人々は異国趣味の意外な交錯に、幻惑・圧倒される。

 宮殿内をにぎやかにおしゃべりしながら参観していた中国系シンガポール人の若者たちが厨房跡に入ったとたん、魔法をかけられたように沈黙してしまった。1人に声をかけると「まさかトルコでこんなに立派な中国陶磁を見るとは思わなかった」とつぶやいた。
 
 西暦1453年、メフメット二世率いるオスマン・トルコは、当時のビザンチン帝国(東ローマ帝国)の都コンスタンチノープル、現在のイスタンブールを攻め落とし、1,000年以上に及ぶ繁栄を誇った帝国の息の根を止めた。

 ローマ人からトルコ人へ、キリスト教からイスラム教へ−。歴史的大変動の舞台になったこのまちの真ん中を幅2キロほどのボスポラス海峡が走る。東はアジア、西はヨーロッパ。二つの大陸にまたがるたぐいまれな都市として、コンスタンチノープル=イスタンブールは東西のあらゆるヒトとモノと情報を受け入れ、伝達して繁栄を続けてきた。

 青花は、中国が西方のイスラム世界から手に入れたコバルト顔料を使って初めて鮮やかな青の発色に成功した。それが西に運ばれ、トルコ皇帝たちを魅了した。「絹の道」ならぬ「陶磁の道」の確かな歴史をトプカプは伝える。

 それにしても、これほどの青花をなぜ…との疑問がわく。実は、青花の器は毒を盛られると変色する、と皇帝たちは信じていたという。陰謀うずまいたであろう後宮や宦官(かんがん)の部屋が残るトプカプを歩いていると、もっともな答えだと思えてきた。

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