回族は中国55の少数民族の中で人口が3番目に多く、861万人(1990年の統計)。西北地区の寧夏回族自治区、甘粛省、新疆ウイグル自治区や西南地区の雲南省などに多い。

  外国人記者の取材を初めて受け入れた蘭州市街のイスラム寺院では、甘粛省イスラム教協会常任委員の馬永真さん(56)ら教団幹部の人たちが、2日間にわたる濃密なスケジュールを組んで待ち受けていた。回族のことを少しでも多く知ってもらいたい、という意気込みだ。

  幹部の一人が1日5度の礼拝前に必ず行う沐浴(もくよく)を実演してくれた。広い浴室でお湯を使い、まず腕(右、左の順)から耳を洗い、口、鼻をすすぎ、顔、頭、足と進む。全身沐浴は週に1度、とくに重要なジュマー(金曜日)の礼拝時にシャワーで。

  礼拝には大広間に200人近くが集まった。最前列に並んだ僧たちが独特の韻律でコーランを読み上げるのに従って、信者たちは正座し、額、鼻、両手を床につけて拝礼を繰り返す。

  寺には学僧の寄宿生が50人いた。甘粛、青海、新疆の各地から集まっている。6人部屋に寝泊まりして午前4時半起床、お祈り、勉強、炊事や掃除に励む。回族の宗教的生活を管理指導する宗務者をアホン(教長)といい、勉強もみる。教室で二列に向かい合った若者たちを、海学真アホン(74)が壁に切った窓から身を乗り出すようにして教えている姿がほほえましい。

  コーランの読み上げ、うたい上げの練習風景にもぶつかった。言葉を明確に理解させるため発音法が厳しく規定されている一方で、砂嵐を突き抜けるような旋律が空気を震わし、イスラム音楽の一端に触れる思いがした。仏教の声楽、声明(しょうみょう)がかつてライブコンサートの役割を果たし、信徒を極楽浄土の世界に誘っていたことと考え合わせると面白い。

  郊外にある寺院も見学した。こちらは明代の華麗な様式の建物がいくつもある。100頭の乳牛をはじめ羊、鶏を飼育、野菜、果物も栽培する自給自足ぶりはカトリックの修道院と同じだ。かっぷくのいい汪(おう)守天アホン(77)は「他の貧しい少数民族に寄付をしています。進学の便宜も図る。少数民族の生活水準を上げるには教育が大切なのです」と話した。

  回族の一般家庭の暮らしを見たいと思った。平均的なところを見たかったが、連れて行ってくれたのは、相当に裕福な家庭だった。酪農家の馬金仁さん(53)の一家。20畳ほどの息子夫婦の部屋には新婚さんらしい飾り付けのあるダブルベッドにテレビ、CDのステレオデッキがあった。

  馬さんは普通の農民だったが、80年に一念発起してトラック運転手などをしながらお金をため、酪農業に乗り出した。いまでは、乳牛飼育頭数87頭、従業員14人の、個人経営としては蘭州一の酪農家に成長した。「それはもう、18年間一生懸命はたらきましたよ」。無口な夫に代わって奥さんの馬永梅さん(53)が誇らしげに話す。年収は18万元だという。中国で長者を意味する“万元戸”の上をいく“十万元戸”だ。

  馬さんのお宅で大変なごちそうに預かった。羊の焼き肉、大きな魚のから揚げ、インゲン、ニラの芽、キュウリ、面片(めんのかたまりを包丁でシュッシュッと小片に削ったうどん)…。

 イスラム教の食に関する禁忌(ハラーム)は、豚肉がよく知られているが、ほかに自然死した鳥獣魚、貝・エビなどの甲殻類、血など、現代もかなり厳しく守られている。

蘭州の街の中を流れる黄河沿いに建つイスラム寺院

蘭州一の回族の酪農家・馬金仁さん一家。室内の調度品に豊かな暮らしぶりがうかがわれる

回族特有のお茶・三泡台。茶、ナツメ、竜眼の実が入っている。ふたをしたまますきまから飲む
蘭州市街の回族のイスラム教団の指導者たち。祖先は西アジアから来たが、顔つきも話す言葉も、漢族と同じ。真ん中の小柄な人がアホンの海学真さん