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今井  宏
写真 黎  明
(れい めい)
フリーカメラマン・北京

中国のウルムチを出た国際列車は35時間以上かかってカザフスタンのアルマトイに着いた。買い出しの人々が大きな荷物を抱えて次々と降り立った
 
 「旅の楽しみ? そんなものはないわ。お金を稼ぐため、こうするよりほかにないのよ」。

 和やかな雰囲気が一変した。中国−カザフスタンを結ぶ国際列車「シルクロード鉄道」の寝台車。旅の話をしていたら、金髪のロシア系カザフスタン女性、リューバが突然、唇をとがらせた。

 リューバは他の30数人のカザフスタン人と一緒に約1週間の日程でアルマトイ(カザフスタン共和国)からウルムチ(中国新疆(しんきょう)ウイグル自治区)往復の旅に出て、帰る途中。旅といっても実態は中国製品の買い付けツアーだ。

 300人弱の国際列車の乗客のうち8割以上が、こうしたカザフスタン人の“担ぎ屋”たち。そして主なる貨物は、中国のシルクならぬ衣料品だった。

 「シルクロード鉄道」の名前にひかれて乗ったが、決して快適ではなかった。ウルムチからアルマトイまでの1,370キロの行程を35時間半もかけて走る。国境付近の出入国手続き、幅が異なる線路に合わせるための車輪の交換作業で、列車は何と9時間以上も止まっていた。


 
 国際列車はシルクロード・オアシス路の天山北路、つまり天山山脈の北側をしばらく走り、途中で北に向かって大きくそれる。匈奴(きょうど)や突厥(とっけつ)、モンゴルなど数多くの遊牧騎馬民族が疾駆したステップ路もそう遠くはない。あたり一面、不毛のゴビ灘(たん)(砂れきの大地)が続く。乗ったのは3月中旬。カザフスタンに入ると猛吹雪となった。

 隣のコンパートメントのリューバの話は続く。前に勤めていた会社が倒産して失業し、この商売を始め、4年が過ぎた。月に1度、約1週間の買い付けツアーをする。ウルムチで仕入れた中国製の衣料品などをアルマトイのバザールで売って一家を支えている。「今回の仕入れ値は5,000ドル程度。中国の旧正月明けで品物が少なかったわ。利益は1割程度ね」。月500ドルでは、アルマトイでの生活は楽ではなかろう。

 リューバはまだ30代。国際列車はカザフスタン女性の哀歌を乗せて走り続ける。

 「アルマトイ−東京の航空運賃はいくら?」。突然、リューバが尋ねた。日本に来て買い付けをするつもりだろうか。「われわれと違い、日本では女性は大事にされて家にいるそうね。日本で暮らしたいわ」。同室のカザフスタン女性が一斉に笑った。

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